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初恋は隣の席から  作者: 水無月菜乃花
山口編

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第14話:隣の部屋

「急に決めちゃうんだから」


町民ホールの前で、私は息を整えながら言った。 ひよりちゃんはスマホを見ながらにやっと笑う。


「そんなこと言って、しっかりおしゃれしてきたくせに」


「してないし。普通だし」


「いやいや、髪ちゃんと巻いてるし、靴も昨日と違うじゃん。 もしかして、ゴエモンの家って聞いてちょっと気合い入れた?」


「ちがうってば。たまたま、たまたま!」


「ふーん。たまたまね〜。 でもさ、マミだって、お姉さんに会いたかったでしょ? 昔助けてくれたお礼、できるチャンスじゃん」


「……まあ、それはそうなんだけど」


この前、高橋くんから聞いた話。 昔キャンプで犬に吠えられて、私が動けなくなってた時―― 助けてくれたのが、ゴエモンのお姉さんだったって。


その時は誰かもわからなくて、ただ「優しい人だったな」って思ってた。 でも、あれがゴエモンのお姉さんだったって知ってから、 ちゃんとお礼言いたいなって思ってた。


「……でも、いきなり行くのはちょっと緊張するよ」


「大丈夫だって。ゴエモンも高橋くんもいるし。 それに、マミが一緒なら私も心強いし」


ひよりちゃんがそう言って、私の腕を軽く引いた。 その瞬間、町民ホールの前に高橋くんが現れた。


「お、いたいた。ごめん、待った?」


ひよりちゃんが手を振って、高橋くんが小走りで近づいてくる。


「宿題持ってきたよー」


「ありがとう、助かる。ゴエモンもそれ言ったら、すぐ“来てください”って言ってたわ」


「……即答だったんだ」


「うん。たぶん、部屋片付けながら待ってると思う」


ひよりちゃんが「見られたくないもの隠してんじゃない?」と笑って、 私もつられて笑った。


高橋くんが「じゃ、行こうか」と言って、私たちは町民ホールをあとにした。


道の途中、高橋くんがふと立ち止まって、ひよりちゃんの方を向いた。


「……さっき電話でも言ったけど、改めて。ごめん」


ひよりちゃんは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「え、また? もういいってば。さっきの電話で済んだでしょ」


「でも、ちゃんと顔見て言いたかったんだよ。 ゴエモンの姉ちゃんに言われたんだ。“文字より声、声より顔”って」


「なにそれ、名言すぎる」


私が思わず口にすると、高橋くんが「でしょ?」と笑った。


「お姉さん、すごいね……なんか説得力ある」


「ゴエモンにもさ、“LINEするときは隣で話してるような気持ちで”って言われて、 追撃とかするなって注意されたんだけど……それも姉ちゃんの受け売りだった」


その言葉に、ひよりちゃんと私は顔を見合わせて、同時に「……あー」と小さくうなずいた。


「なるほどね〜。ゴエモンのLINEが妙に紳士的なの、お姉さんの影響だったのか」


「え、なにそれ。俺、そんな話聞いてないんだけど」


高橋くんが首をかしげてる間に、私たちはゴエモンの家の前に着いていた。


インターホンを鳴らして玄関の前で少しだけ緊張しながら立っていると、 中から足音がして、ドアがゆっくり開いた。 ゴエモンが顔を出す。


「いきなり来ちゃってごめんねー」


私がそう言うと、ゴエモンは軽く笑って答えた。


「いや、ちょうどよかった。宿題終わらなくて困ってたし」


ひよりちゃんが玄関の奥をのぞき込むようにして言った。


「お姉さんは?」


「買い出しに行っちゃって。ポテチしかなかったから」


高橋くんが「ポテチはあるんだな」と小声でつぶやいて、 ひよりちゃんが笑う。 私もつられて笑ってしまった。 なんだか、空気が少しだけ柔らかくなった気がした。


ゴエモンが玄関を開けたまま、少しだけ身を引いて言った。


「とりあえず、部屋で待ってて。すぐ戻ると思う」


「お邪魔します」


ひよりちゃんと並んで家に入る。 靴を脱ぎながら、私はちらっとゴエモンの顔を見た。


その後ろで、高橋くんが何か小声で言ったけど、私は聞き取れなかった。 ゴエモンは何も言わず、静かに部屋へと案内してくれた。


「わ、けっこう片付いてるねー」


部屋に入った瞬間、思わず声が出た。 もっとこう、教科書とプリントが散乱してて、洗濯物とかも放りっぱなしで―― そんな“男子の部屋”を想像してたから、ちょっと拍子抜けした。


座布団はきちんと並べられていて、漫画も背表紙が揃ってる。 壁際には木刀が立てかけられていて、それだけが少し異質だけど、 それすらもこの部屋の“らしさ”に見えてくる。


「いつもこんな感じだよ」


ゴエモンが何気なく答える。 でも、その声がほんの少しだけ誇らしげに聞こえたのは、気のせいじゃないと思う。


その直後、後ろから高橋くんの声が飛んできた。


「いやいや、さっきまでプリント散乱してたろ。だいぶ頑張ったな、お前」


私は思わず笑ってしまった。 やっぱり、そういうことか。


ゴエモンは振り返らずに「うるさい」とだけ返したけど、 耳までほんのり赤くなってるのが見えて、なんだかちょっとだけ、嬉しくなった。


ふと、ベッドの端に置かれた漫画に気づいて、思わず声が出た。


「あ、『パリコレ』だー。これ読みたかったんだよね」


ずっと気になってたやつ。しかも、最新巻まで揃ってる。 ゴエモンの部屋にあるってことは――もしかして、借りられるかも。


そんな期待がふくらんだ、その瞬間だった。


「あ、それ私、全巻持ってるよ。家にある」


ひよりちゃんの声が、横から割り込んできた。


……え?


一瞬、頭の中が真っ白になる。思わず、ゴエモンの方を見た。 彼は何か言いかけたように見えたけど、口を閉じた。


私は、仕方なく笑顔を作って振り返る。


「えっ、ほんと? 貸してー!」


ひよりちゃんが笑いながら答える。


「いいよ、また今度持ってくるね」

挿絵(By みてみん)

その瞬間、私は彼女をじっと睨みつけた。 “今じゃないでしょ”って、目で訴える。


ひよりちゃんは一拍遅れて私の意図に気づいたらしく、 「あっ……ごめん」と、気まずそうに目をそらした。


ゴエモンがそっと漫画に伸ばしかけた手を引っ込めるのが見えた。 何事もなかったかのように、淡々と漫画の位置を整えている。


――ゴエモンから借りたかったな。ちょっと、残念。


ひよりちゃんが壁際を指さして言った。


「これ……何?」


ああ、木刀。部屋に入ったときにちらっと見たやつだ。 そのときは「なんかあるな」くらいにしか思わなかったけど、 改めて見ると、やっぱりちょっと異質だ。


ゴエモンが少し照れたように言う。


「石川五右衛門といえばやっぱりこれでしょ」


その名前を聞いた瞬間、反射的に言葉が出た。


「五右衛門の斬鉄剣って、木刀じゃないんだよ。特殊な合金でできてて、名前も“斬鉄合金Z”とか言われてるの。 で、何でも斬れるって設定なんだけど――実は、こんにゃくだけは斬れないの」


「え?」


ゴエモンが聞き返す間もなく、私は続けた。


「こんにゃくって、柔らかすぎて刃が通らないんだって。 だから、五右衛門が“斬れぬものなど、ほとんどない”って言う時、 その“ほとんど”にこんにゃくが入ってるのが、めっちゃ味わい深いの」


気づけば、部屋が静かになっていた。 ゴエモンも、高橋くんも、ひよりちゃんも、ぽかんとしている。


その視線に気づいた瞬間、私はハッとした。


――あ、やっちゃった。


五右衛門のことになると、つい語りすぎちゃうんだよね。 自分でも止められないというか、気づいたら口が動いてるというか。


木刀をそっと戻しながら、少しだけ照れくさそうに笑った。


「……まあ、好きなんだよね。五右衛門」


言いながら、ちょっとだけ視線をそらす。 顔が熱い。たぶん、耳まで赤くなってる。


空気が少し落ち着いたところで、高橋くんが棚の隅に置かれたアルバムを見つけて声を上げた。


「お、アルバムじゃん。見てみよーぜ」


ゴエモンが何か言いかけたように見えたけど

、高橋くんはそのままページをめくった。 私とひよりちゃんも、なんとなく覗き込む。


「これ、ゴエモンの小学校の時?」


ページには、運動会や遠足らしき写真が並んでいた。 笑ってる顔、ふざけてる顔、真剣な顔――いろんなゴエモンがいる。


「……なんか、ところどころ抜けてない?」


ひよりちゃんが言い、私もページを指さす。


「ほんとだ。ここ、空いてるね」


写真が貼られていたであろうスペースが、何枚かぽっかりと空いている。 剥がした跡なのか、最初からなかったのかはわからないけど、 その空白が、妙に目についた。


――もしかして、ミニバスの頃の写真だったのかな。


そう思った瞬間、胸の奥が少しざわついた。 ゴエモンがミニバスをやってたことは知ってる。 それをゴエモンが隠してることも。


高橋くんがページをめくる手を少しだけ緩めて、視線を落とした。 何も言わないけど、空気が少しだけ静かになる。


私は、ゴエモンの横顔をちらっと見た。 何か言いかけたけど、言葉が出てこなかった。 “聞いていいこと”と“聞かない方がいいこと”の境目が、急にわからなくなった。


その時、玄関の方から声がした。


「わっ、賑やかだね〜。なんか楽しそうじゃん」


買い物袋をぶら下げたゴエモンのお姉さんが、笑いながら部屋に入ってくる。


「ポテチと炭酸、ちゃんと補充してきたよ。あと、アイスもあるからね〜」


「えっ、アイス!?」


ひよりちゃんが反応して、空気が一気に切り替わる。 ゴエモンがそっとアルバムのページを閉じて、棚の隅に戻すのが見えた。


その仕草を見て、私は思った。


――やっぱり、ミニバスで何かあったんだ。でも、今はまだ聞かないでおこう。 いつか話してくれる時が来たら、その時はちゃんと聞きたい。 力になれたらいいなって思う。


ひよりちゃんが、ポテチの袋をテーブルに置いたお姉さんに向かって言った。


「今日はありがとうございました。おかげで、ちゃんと話せました」


お姉さんは笑いながら首を振った。


「私は“謝りなさい”って言っただけよ。説得したのは、うちの弟だから」


ゴエモンが少しだけ照れたようにテーブルの端を整えて言った。


「まあ……俺も、LINE追撃したくなる気持ちはわかるし」


その言葉に、私は思わず首をかしげてゴエモンを見た。


「……誰に?」


ゴエモンが一瞬固まって、視線をそらした。


「いや、あの……一般論というか……」


ひよりちゃんがふっと笑って、楽しそうに言う。


「ふーん。一般論ね」


高橋くんが何気なく言った。


「ゴエモンも、仲良くなりたい相手がいんの?」


その言葉に、私は少しだけ息を止めた。 ゴエモンがどう答えるのか、気になって仕方なかった。


ゴエモンは視線を落として、ぽつりと言った。


「……いや、まあ……いないこともないけど」


その言い方が、なんだかずるい。でも、ちょっとだけ、嬉しかった。


私は、何気ないふりをしてゴエモンを見た。 視線をそらしたまま、テーブルの端を指でなぞるその仕草が、 少しだけ照れてるようにも見えた。


――いないこともない、って。 それって、私のことだったらいいな。


そう思った瞬間、胸の奥がふわっとあたたかくなった。


ひよりちゃんが、私の顔をちらっと見て、 「ふふ」と小さく笑った。

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