第13話:隣の文字
「ちょっと相談したいことがあって」
朝方、ゴエモンに送ったLINE。
いつもなら、ただ話したくて送るのに、今回はちょっと違った。
話しにくい内容だけれど――ひよりちゃんのために、ちゃんと伝えたかった。
※※※
きっかけは、昨日の夜。
うちに泊まりに来ていたひよりちゃんが、布団に入ってからぽつりと話してくれたこと。
内容は、高橋くんのことだった。
「LINEがしつこくてさー」
布団に入ってすぐ、ひよりちゃんがスマホを見ながらぼそっと言った。
「こないだ交換した時は、すごく喜んでたじゃん」
「そうなんだけど……それから暇さえあれば“今何してる?”って送ってくるんだよね」
そう言いながら、ひよりちゃんが画面を見せてくれた。
確かに、メッセージの並びはほぼ全部「今何してる?」で始まっていて、数も多い。
ちょっと多いな……と思ったけれど、ひよりちゃんはそれ以上に困っているみたいだった。
目についたのは、深夜二時の「寝てる?」。
いや、寝てるよ、普通に。
そのあと「起きた?」と来ているけれど、起こしておいて何言ってんの。
さらに「どうした?」「怒ってる?」「なんで返事くれないの?」の連続。
これを見ていたら、昔のことを思い出してちょっと胸が痛くなった。
返事をしないだけで「既読無視?」と連投されて、逆に返しづらくなったことがある。
高橋くん、悪気はないんだろうけれど、ちょっと空回っている感じ。
ひよりちゃんが困るのも、無理ないと思う。
「ゴエモンに相談してみようか?」
私が言うと、ひよりちゃんは少しだけ顔をしかめた。
「でもさ、友達のこと悪く言うみたいで、ちょっと嫌じゃない?」
「ううん。ひよりちゃんが困ってるんだから、聞いてみてもいいと思う。ゴエモンなら、ちゃんとわかってくれるよ」
ひよりちゃんはしばらく黙っていたけれど、やがて小さく「……そっか」と言って、スマホを枕元に戻した。
その夜、私はゴエモンになんて送るかずっと考えていた。
そして朝になって、あのLINEを送った。
「ちょっと相談したいことがあって」
***
スマホを枕元に戻したタイミングで、ひよりちゃんがもぞもぞと起き上がった。
「……起きてたんだ」
「うん。ゴエモンにLINEしたよ。高橋くんと話してくれるって」
ひよりちゃんは少し目をこすってから、ぽそっと言った。
「ごめんね。ありがと」
「いいよ。ひよりちゃんが困ってるなら、私にできることならやってみる」
そのあと、二人で並んでゴロゴロしながら、なんとなく話を続けていた。
外はすっかり朝になっていて、カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
午前中は、ゆっくりと静かに過ぎていった。
「それにしても珍しいね。いつものひよりちゃんなら、直接“もうLINEしてこないで”って言って終わるのに」
「……まあね。でも今回はちょっと違った。向こうも悪気がないのはわかってるし。男子って、好きな子にそういうことするらしいよ」
「そうなの?」
「うん。いとこのお姉ちゃんが言ってた。それはそれで嬉しいんだけど、実際にやられると……ちょっとしんどいよね」
「……そっか」
私はスマホを手に取って、ぼんやりとゴエモンとのトーク画面を眺めた。
それから、ぽつりと口にした。
「ゴエモンから、そういうLINE来たことないな。“寝てる?”とか、“今何してる?”とか。……なんか、そういうのされないってことは、私ってそういう対象じゃないのかなーって」
ひよりちゃんが私の顔をちらっと見て、少し笑った。
「え、そこ? ……でも、ゴエモンってマミのこと、ちゃんと気にかけてると思うよ。そういうLINE送るかどうかって、性格もあるし。あの子、そういうの苦手そうじゃん?」
「……まあ、そうだけど。ちょっとくらいあってもよくない?」
「うん、わかる。ちょっとくらいはね」
二人で笑い合ったそのとき、ひよりちゃんのスマホが震えた。
画面には「高橋くん」の名前。
「……電話だ」
ひよりちゃんが一瞬固まる。
私はスマホを見つめたまま、ひよりちゃんの顔をちらっと見た。
「出る?」
「……うん。出る」
ひよりちゃんがスマホを耳に当てた。
私は隣で黙っていたけれど、心の中では少しだけ緊張していた。
高橋くんの声は聞こえない。
だから、ひよりちゃんの声と表情だけが、私にとってのすべてだった。
「……うん……大丈夫。どうしたの?」
最初の声は少し硬かった。
でも、相手の言葉を聞いた瞬間、ひよりちゃんの肩がふっと緩んだ気がした。
「……うん、ちょっとびっくりしたけど……謝ってくれて、ありがと」
その言葉を聞いたとき、私はそっと息をついた。
ひよりちゃんの声が、少しだけ優しくなっていた。
ちゃんと届いたんだ、高橋くんの気持ち。
「……うん。そうしてくれたら、嬉しい」
その“嬉しい”は、まっすぐだった。
そのあとも、ひよりちゃんはしばらく話していた。
高橋くんの声は聞こえないけれど、彼女の表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「……え、そうだったの? ゴエモンと、お姉さんが? ……今、ゴエモンの家にいるの?」
ひよりちゃんが目を丸くして、驚いたように言った。
そのあと、ふっと笑って「そっか……ありがたいね」とつぶやいた。
私は隣で静かに聞いていた。
ひよりちゃんの声が、さっきよりもずっと軽くなっているのがわかる。
そして、次の瞬間――
「じゃあ、今からそっち行っていい? お姉さんにお礼言いたいし、マミも会いたいって言ってるから」
「えっ?」
思わず声が出た。
え? 今からゴエモンの家!?
なんでいきなりそんなことになるの?
私の知らないところで、何かが動き始めていた。




