第10話:隣の相棒
ひよりちゃんとは、家が近所で、小さい頃からずっと一緒だった。
昔からしっかり者で、どんな相手に対しても自分を曲げずに真っ直ぐ向き合う人だった。
男子でも女子でも大人でも、決してひるむことなく立ち向かい、いつも私を守ってくれた。
逆に、私が間違っている時はきちんと叱ってくれる、そんな存在だった。
行動力も抜群で、小学三年生の時。ミニバスでゴエモンを見つけた私に、吹奏楽の見学を口実に「一緒に見に行こう」と提案して、ちゃんと付き合ってくれた。
本当に吹奏楽を始めたいと言った時も、彼女は私の気持ちに応えて一緒に始めてくれた。
それでも決して手を抜くことなく、真面目に取り組んで上達していった。
そんな、大好きな私の親友。
※※※
「昨日は無茶言ってごめんね」
私が言うと、ひよりちゃんは肩をすくめて笑った。
「マミの無茶は慣れてるから。昔、ゴエモン見たさに男子のバスケクラブ入るって言いだしたこともあったし」
「……あったね。あの時、ひよりちゃんが吹奏楽の見学を提案してくれて助かった」
「まあ、私もそのおかげでこの相棒に出会えたしね」
ひよりちゃんがフルートケースを軽く叩く。
私もサックスのリードを指でなぞりながら、少しだけ笑った。
「チケット、大丈夫だったの?」
「うん。ゴエモンのお姉さんが用意してくれたって」
「それにしても、あの人がゴエモンのお姉さんだったなんてね」
「ね。あのソロ、ほんとすごかった。……私、あの人を目標にする」
「え?」
ひよりちゃんが私の顔をのぞき込む。
「音が気持ちを運んでるって、あの人の演奏で初めてわかった気がする。……あんなふうに吹けるようになりたい」
「……いいじゃん。がんばれ、マミ」
その言葉に、胸の奥がふっと鳴った。
風がまた吹いて、ひよりちゃんの髪がふわりと揺れる。
そこへ、後ろから声が飛んできた。
「ねえ、それってこの前の演奏会のサックスの人? あのソロ、マジでやばかったよね!」
振り返ると、タケルくんがジャージ姿で近づいてきた。
どうやら近くで休憩していたらしく、ちょうど通りかかったみたいだ。
「……タケルくん、どこから湧いたの」
「いやいや、水飲みに来たら聞こえてさ。で、あの人誰? 名前知らない? プロ? 社会人? てか、あの音さ――なんか、愛ってこういうことかもって思ったんだよね。勝手に心撃ち抜かれたわ」
「……ああ、わかるかも」
「でさ、愛といえばさ。こないだのチューリップの花束、あれ誰にもらったの?」
「……は?」
「チューリップって“愛の告白”って意味あるんだよ? マミが持ってたやつ、俺見てたからね。あれ、絶対意味あるやつでしょ?」
「ちょ、ちょっと……」
「マミが誰かに告白されるとか、兄としては見過ごせないんだけど。誰? ちゃんと教えて?」
「……もううるさい! 兄って何よ、従兄弟でしょ。しかも同い年だし!」
思わず声が出た。
ひよりちゃんが吹き出す。
タケルくんは「えー、なんでー」とか言いながら、まだ食いついてくる。
そのとき、教室の方から声がした。
「先輩、先生が呼んでますよー!」
アヤカちゃんだった。
小走りで近づいてきて、私たちを見て――
そして、タケルくんに気づいた瞬間、ぴたっと足が止まった。
「……渡辺先輩……」
声が小さくなる。
顔もほんのり赤い。
タケルくんは一瞬きょとんとしたあと、軽く笑った。
「おつかれ。暑い中、呼びに来てくれてありがとね」
その言い方が、なんか妙に爽やかで、優しくて。
アヤカちゃんはさらに赤くなって、うなずくのがやっとだった。
「じゃ、俺は戻るわ。サッカー部もそろそろ再開だし」
そう言って、タケルくんは手をひらひら振って去っていった。
背中まで、なんかキラキラしているのが腹立つ。
「ほんと外面いいよね、あいつ」
ひよりちゃんがぼそっと言う。
私は思わず笑ってしまった。
「二人とも、いつも渡辺先輩と仲良いですよね。ずるいです」
アヤカちゃんがぽつんと言う。
「いとこだからね。昔からずっと一緒だし、慣れてるだけだよ」
言いながら、なんとなく胸の奥がくすぐったくなる。
タケルくんがさっきまでいた場所を見ながら、アヤカちゃんが目を細める。
「渡辺先輩って、やっぱりかっこいいですよね……」
「え、あれのどこが……」
私が言いかけた瞬間、ひよりちゃんが私の腕を軽くつついて、笑いながら言った。
「ね、アヤカちゃん。演奏、最近すごく頑張ってるよね」
「えっ……あ、はい!」
「うん。あいつ、マミの演奏は絶対に聞きに来るから。アヤカちゃんも頑張ってたら、きっと聞いてもらえるよ」
「ほんとですか?」
「ほんと。あいつ、そういうとこはちゃんとしてるから」
アヤカちゃんの目がぱっと明るくなる。
「じゃあ……私、頑張ります!」
そう言って、アヤカちゃんはくるりと振り返り、軽く手を振って教室の方へ走っていった。
その背中を見ながら、私はちょっとだけ苦笑いした。
「……あれ? ひよりちゃんって、いつもタケルくんのこと一番雑に扱ってるのに、どうしたの?」
私が横目で言うと、ひよりちゃんはふっと笑って、私の方を見ずに答えた。
「好きなものを否定されるのって、けっこうしんどいじゃん。そういうの、マミはしないでしょ?」
言われてみれば、そうかもしれない。
でも、なんか悔しいから、私は口を閉じた。
少しだけ沈黙があって、私はぽつりと言った。
「……アヤカちゃん、わかりやすいよね。ああいうの、ちょっと羨ましいかも」
ひよりちゃんは、風に髪を揺らしながら笑った。
「まっすぐだよね。見てて気持ちいい」
「……ひよりちゃんは? 高橋くんのこと、どうなの?」
私がそう言うと、ひよりちゃんは一瞬「えっ」と目を丸くして、すぐに視線をそらした。
「な、なにそれ。別に、そういうんじゃ……」
耳がほんのり赤くなっている。
「……まあ、ずっと見てきたからね。なんか、気づいたら気になる存在になってたっていうか」
ひよりちゃんが少しだけ照れたように笑った。
その横顔を見ながら、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
私がゴエモンを見てきた時間と同じだけ、ひよりちゃんは高橋くんを見てきたんだと思う。
だから、その気持ちはよくわかる。
ずっと見てきたからこそ、気づいたら大事になってる。
そういうの、私も知ってる。
隣にいる私が――ひよりちゃんの力になりたい。
だって、私はひよりちゃんが好きだから。
※※※
家に帰って、ジャージのままベッドに倒れ込んだ。
ひよりちゃんと高橋くんのこと――どうすれば力になれるんだろうって、ぼんやり考えていた。
スマホをいじりながら、何かヒントでも落ちてないかな、なんて思っていたら、ゴエモンからLINEが来た。
『コンサート、バスケ部の高橋ってやつが一緒でもいい? 酒井さんのこと知ってるって言ってたけど…』
……え?
どうしたらいいかって悩んでたところに、まさかの展開。
都合良すぎて、笑うしかなかった。
すぐに返信する。
『高橋君なら、私もひよりちゃんも去年同じクラスだったから知ってるよー』
送ったあと、何かが動き出しそうな予感がして、その勢いで、ついもう一通送ってしまった。
『ひよりちゃんも喜ぶと思うよ』
……って、これ言ってよかったかな。
ひよりちゃんの気持ち、勝手にゴエモンにバラしたみたいになってない?
ちょっとだけ、胸の奥がざわついた。
でも、そういうのも含めて――
当日が、さらに楽しみになってきた。




