↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初恋は隣の席から  作者: 水無月菜乃花
山口編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/54

第7話:隣の演奏会

ロビーの隅。


ゴエモンの試合を見たばかりで、胸の奥がまだざわついていた。

シュートを決めた瞬間の笑顔。コートに立つ背中。その全部が、頭の中でぐるぐる回っている。


「……なんか、吹っ切れたかも」


私がそう言うと、ひよりちゃんが顔を向ける。


「吹っ切れた?」


「うん。アヤカちゃんや一年生にどう思われようと、もういいやって。私は、自分が楽しむために演奏する。それだけで、十分だなって思った」


言葉にしてみると、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


ひよりちゃんは、少しだけ笑って言った。


「どう思われようと、ね」


その言い方が、どこか含みを持っていて、何かを続けようとしていた――そのとき。


「ゴエモン、試合出れていいなー」


その言葉に、私は思わず顔を上げる。

ひよりちゃんも、同時にそちらに目を向けた。


ロビーの反対側で、バスケ部の一年生たちが話している。

その会話の中に、ゴエモンの名前が混ざっていた。


「なんか、大荷物持って張り切ってるの先生が見て、“やる気あるんなら”って出してくれたらしいよ」


「結局、2年だからでしょ? 始めたの俺たちと一緒で、練習も一緒だったのに、2年ってだけで試合出れるんだよ」


その言葉に、胸がきゅっと痛んだ。


でも、次の言葉がその痛みをかき消すように響いた。


「でも、ゴエモン上手かったよ。2年だからじゃなくて、ちゃんと実力で出たんだと思う」


「……佐伯がゴエモン褒めるなんて珍しいじゃん」


「いや、ほんとに。動きキレてたし、声も出てたし。練習でも、そういうとこ先生ちゃんと見てたんだろ。だから、試合に出たんだと思う」


「まあ、言われてみればそうかな……」


本気で妬んでたわけじゃないらしい。

その空気が少しだけ落ち着いたところで、次の声が続いた。


「でもこれから、ゴエモン2年の方に練習行っちゃうかもね」


「……それはちょっと、さみしいかも」


佐伯って子がそう言った瞬間、会話がふっと静かになった。

そのまま、3人は言葉を交わさずにロビーを通り過ぎていった。


「ゴエモンって、一年生に慕われてるんだね」


私がそう言うと、ひよりちゃんが少しだけ首をかしげた。


「そう聞こえた?」


「え?」


「さっきの子達、ゴエモンのこと慕ってるように見えた?」


私は、少しだけ考えてから答えた。


「……そりゃそうだよ。佐伯って子なんて特に。最後、ちゃんと庇ってたし。“実力で出たんだと思う”って、あれ、すごく素直だった」


ひよりちゃんは、私の顔をじっと見て、少しだけ間を置いて言った。


「……アヤカちゃんも、同じだよ」


その言葉に、胸の奥がふっと鳴った。


「え……?」


「マミは、“どう思われてもいい”って言ってたけど、アヤカちゃんも、さっきの子たちと同じで――マミのこと、ちゃんと見てるよ。尊敬してるし、慕ってるって思う」


私は、言葉が出なかった。


「その気持ちは、わかるよね?あの子、悔しいって言いながら、“実力だ”って言ってたんだよ? それって、めっちゃちゃんとしてるじゃん」


ひよりちゃんの声は、いつもより静かで、でも強かった。


私は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。


嫌われてるって、勝手に思い込んでた。

だから、「どう思われてもいい」なんて言って、自分を守った。

でも、それはただの逃げだった。


アヤカちゃんの本当の気持ちに、気づこうとしてなかった。


私は、少しだけうなずいた。 


「……うん。そうだよね」


その言葉に、ひよりちゃんがにこっと笑った。


「そうそう。マミは、そういうとこ、ちゃんとしてるから」


ロビーの空気が、少しだけ柔らかくなった気がした。


演奏会まで、あと少し。

でも、もう迷ってはいなかった。


私は、自分の音を――自分のために、ちゃんと響かせたいと思った。


※※※


ステージ裏。

本番直前の空気が張りつめていて、みんな静かに準備をしていた。

楽器を持って、譜面を確認して、深呼吸をして――音は出さずに、ただ気持ちを整えている。


私も、アルトサックスのリードをそっと指でなぞりながら、胸の奥がざわついていた。


代表として吹くこと。

それよりも――アヤカちゃんのことが、頭から離れなかった。


ずっと誤解してた。気づこうとしてなかった。

でも、今ならちゃんと向き合える気がする。


ふと、視線を上げると、アヤカちゃんと目が合った。

彼女も、楽器を持ったまま、こちらを見ていた。


お互い何かを言おうとして、口が少しだけ動いた――その瞬間。


ステージから、サックスの音が響いてきた。

地元の社会人楽団の演奏。その中で、ひときわ跳ねるソロ。


音が、空気を変えた。柔らかくて、力強くて、まっすぐで。


私は、思わずステージ脇へと歩き出していた。


音に引かれるように、そっと覗き込む。

サックスの人は、目を閉じて吹いていた。


誰かに見せるためじゃなくて、ただ音を楽しんでいるように見えた。


その姿に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


横を見ると、アヤカちゃんも同じようにステージを見ていた。

目がまっすぐ音に向いていて、少しだけ口元がゆるんでいた。


音に引き込まれてるのが、見てすぐにわかった。


私と同じだ――そう思った瞬間、目が合った。


彼女は、少しだけ笑っていた。

私も、自然に笑い返す。


「……今日は、楽しもうね」


そう言うと、アヤカちゃんが少しだけうなずいて、静かに答えた。


「はい。全力で」


その声は、音よりも静かだった。

でも、その言葉は、ちゃんと私の胸に届いていた。


※※※


ステージに出て、譜面台の前に立つ。

照明が少しまぶしくて、客席の空気が遠くに感じる。


深呼吸をひとつ。胸の奥が、静かに鳴っている。


ふと、視線を客席に向ける。


前列の中央――まっすぐ目が届く場所に、ゴエモンの姿があった。


一瞬、息が止まった。


本当に来てくれた。

それだけで、体の力が抜けていくのがわかった。


私は、自然に口元がゆるんだ。


彼は、じっとこちらを見ていた。

目が合った気がした。その瞬間、ほんの少しだけ笑ったように見えた。


先生の合図。演奏が始まる。


音が跳ねる。流れる。重なる。


その中に、自分の“楽しさ”を込めた。

誰かに見せるためじゃなくて、誰かに届けるためでもなくて、

ただ、自分が楽しいと思える音を。


それが、ちゃんと響いている気がした。


曲の中盤。代表パートの入りが近づく。


先生の合図で、前に出る。

譜面台の位置が少し変わって、空気が張りつめる。


ひとりで立つ。

でも、怖くはなかった。


音を出す。柔らかくて、力強くて、まっすぐで。


今の私が、今の気持ちで吹いている音。


最後の音が終わった瞬間、拍手が響いた。

その音が、空気を揺らす。


たくさんの手の音が重なって、ホール全体が少しだけ跳ねた。


私は、譜面台を見つめたまま、深呼吸をひとつ。

音が、ちゃんと出せたことだけを確かめていた。


客席の方は、まだ見られなかった。

誰かの顔を探すよりも、今は自分の音の余韻に浸っていたかった。


※※※


演奏会が終わって、少し時間が経っていた。

ホールの熱は落ち着いて、空気が静かに戻ってきていた。


私は、ロビーの隅で水を飲みながら、さっきの音を、胸の奥でゆっくり反芻していた。


ちゃんと吹けた。

代表としての責任も、音の流れも、全部が自分の中で繋がっていた。


誰かに見せるためじゃなくて、誰かに届けるためでもなくて、

ただ、自分が楽しいと思える音を。


それが、ちゃんと響いていた気がする。


拍手の音も、客席の空気も、全部が“届いていた”って教えてくれた。


今なら、胸を張って言える。

私は、自分の音を――自分のために、ちゃんと響かせた。


ふと視線を上げる。

その先に、ゴエモンの姿が見えた。


一瞬、胸の奥がふっと鳴った。

自分でも驚くくらい、嬉しかった。


気づいたら、彼の方へ歩き出していた。


「ゴエモン、来てくれたんだ。ありがとう」


その言葉が、思ったより静かに口からこぼれた。

でも、ちゃんと届いていた。


彼は、少しだけ視線を逸らしながら言った。


「……来れたから、来た」


その言い方が、ちょっと照れ隠しみたいで。


でも、それがなんだか可愛く思えて、私は言った。


「なにそれー。ゴエモンって、そういう言い方するんだ」


思わず出たその言葉に、ふっと笑ってしまった。


少しだけ沈黙があって――


その時、初めて気づいた。

ゴエモンの隣に、誰かが立っている。


「……あれ?その人」


その瞬間、記憶がよみがえる。

サックスケース。肩のストラップ。さっきの演奏。目を閉じて吹いていた、あの人。


ゴエモンが言う。


「うちの、姉ちゃん」


その言葉で、全部が繋がった。


「えっ……ええ!?ゴエ…石川くんのお姉さん!?」


思わず声が跳ねた。


「さっきの楽団の人ですよね!? サックス、すっごくかっこよかったです! 音がすごく伸びてて、ソロのところとか鳥肌立ちました!」


彼女は少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。


「ありがと。あんたも吹奏楽部なんだっけ?」


「はい!同じサックスです! あんなふうに吹けたらいいなって、ほんと憧れます!」


「そっか〜。じゃあ、これからも頑張ってね。音って、気持ちが乗ると全然違うから」


「はいっ!」


彼女はゴエモンの顔をちらっと見て、ニヤリと笑った。


「……じゃ、私は先に帰るね」


そう言って、彼の肩をぽんと叩く。

彼女は、何も言わずに歩き出した。

数歩進んだところで、振り返らずに片手をひらひらと振る。


私とゴエモン、二人だけが残っていた。


彼の手元に、何かが見えた。


花束だった。

包み紙の色が柔らかくて、リボンが少しだけ揺れていた。


「それ……花束?」


「……うん。姉ちゃんに騙されてさ。演奏会って花束持ってくのがマナーだって言われて……」


「えっ、そうなの?」


「いや、それは嘘だったんだけど…でも……」


彼は少しだけ視線を落として、何かを考えているようだった。


「さっきの演奏、ほんとに良かった。音が、なんていうか……山口の“楽しい”が全部詰まってる感じで。聴いてて、胸が熱くなった」


一瞬、息が止まった気がした。


それはまさに、今いちばん欲しかった言葉だった。


音が伝わっていた。

そのことが、信じられないくらい嬉しくて――


「……ありがとう。そんなふうに言ってもらえるの、すごく嬉しい」


彼が、そっと花束を差し出す。


私は、少し驚きながらも、丁寧に受け取った。

挿絵(By みてみん)

「こんなのもらったの初めて。大事にするね」


その瞬間、彼が少しだけ照れたように笑った。

その笑顔に、胸の奥がふっと鳴った。


今なら言えるかもしれない――そう思って、スマホを取り出した。


「ねえ、LINEやってる?」


声が、少しだけ震えていた。


「……うん」


「よかったら、交換しよ?」


彼がうなずいて、スマホを取り出す。


自分のスマホに、ゴエモンの名前が並んだ瞬間――

さっきの勇気が、ちゃんと報われた気がした。


※※※


夜、自宅。


リビングに入ると、従兄弟のタケルくんがソファに座っていた。


「マミ、おかえり。演奏、良かったよ。代表パート、ちゃんと響いてた」


「……ありがと」


「社会人楽団の人達もすごかったね。特にあのサックスの……」


そう言いかけたところで、タケルくんの声が止まった。


「……え、それ、花束?」


私は、手に持っていた包みをそっと持ち直す。


「チューリップって……え、誰にもらったの?演奏会で?男子?知ってる人?」


「……うん、まあ、ちょっとね」


「ちょっとって何?誰?え、まさか……」


「タケルくん、うるさい」


慌てて部屋に入って、扉を閉めた。


机に花束を置いて、スマホを手に取る。


――チューリップって、そんなに驚く花だったっけ?


気づいたら、検索窓に指が動いていた。


「チューリップ 花束 意味」


画面にはチューリップの花言葉が並んでいた。


「思いやり」「誠実な愛」「愛の告白」


その瞬間、胸の奥がふっと鳴った。


ゴエモンが、そんな意味まで考えてくれたとは思ってない。


でも、もし――ほんの少しでも、そんな気持ちが込められてたなら。


そう思ってしまうくらいには、嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。