第4話:隣の教科書
席替えで、ゴエモンの隣になった。
それだけで、モノクロだった世界に少しだけ色が着いた気がした。
それから数日。授業中も休み時間も、つい隣に目が向いてしまう。
ゴエモンが消しゴムを落とした時も、シャーペンの芯を切らした時も、教科書の読む場所がわからなくなった時も――。
私はすぐに気づいて、そっと助けてあげることができた。
でも、彼の反応はいつも少しだけ淡々としていた。
「ありがとう」とは言ってくれる。でも、目は合わないし、声も小さい。
……嫌われてるわけじゃないと思いたい。
隣になったからって、ドラマみたいな展開なんてきっと起きない。
それでも、私は彼の隣に座っている。それだけで少しだけ嬉しくて、少しだけ苦しい。
※※※
次の授業。国語の時間。
教科書を開こうとして、私は手を止めた。
――ない。
カバンの中をもう一度探す。プリント、ノート、筆箱。
でも、教科書だけがどうしても見当たらない。
「……あれ、教科書、ない? ……もしかして、忘れた?」
思わず独り言が漏れた。声は小さかったけれど、隣のゴエモンには届いていたらしい。
彼が、顔をこちらに向けて言った。
「俺の教科書……一緒に見る?」
その声は相変わらずそっけなかったけれど、なんだかすごく嬉しかった。
「え、いいの?」
「もちろん」
その言葉に、私はすぐに頷いて、椅子を少し引いて彼の方へ寄った。
机を動かそうとしたけれど、うまく動かない。
力を入れてもガタガタと音が鳴るだけで、うまくくっつけられない。
その様子を見て、ゴエモンが何も言わずに自分の机を動かしてくれた。
そのさりげなさに、胸の奥が温かく揺れた。
こういう時、彼はいつも黙って助けてくれる。キャンプの時、私の隣で踏ん張ってくれたあの子のまま。
「ありがとう」
言葉が自然に出た。でも、心の中は言葉にできないくらいの嬉しさでいっぱいだった。
ふと彼の方を見た瞬間、彼もこっちを向きそうになって、顔が急に近づいた。
慌てて目を逸らし、教科書に視線を落とす。
「次、どこから読むんだっけ?」
私がそう言うと、ゴエモンが静かにページをめくった。
そのとき、視界の端に何かが飛び込んできた。
――作者の顔写真。その上に、大胆な落書き。
丸メガネに、ヒゲ。
余白には「燃えよ」の文字。
思わず、クスクスと笑いが漏れてしまった。
「ねえ、これ何〜?」
指を差して聞くと、ゴエモンが一瞬で固まった。
「え、あ、うん……暇でつい……」
顔がみるみる真っ赤になっていくのが、横顔からでもわかった。
耳まで真っ赤にして俯く姿が、ちょっと、……いえ、かなり可愛かった。
私は、自然に笑って言った。
「センスあるね」
その言葉に、彼が少しだけこちらを向いた。
目が合いそうになって、私は慌てて教科書に視線を戻す。
隣にゴエモンがいる。
それだけで、今の私には十分すぎるくらい幸せだった。
※※※
次の時間。英語の授業。
先生の「教科書開いてー」という声に合わせて、私はいつものページをめくった。
ふと隣を見る。
ゴエモンは、さっきの動揺を隠すように静かに自分の教科書を開いていた。
自分の教科書に目を戻す。「I like sushi」の例文のすぐ隣。
そこには――私が以前描いた、秘密の落書きがあった。
『I like Goemon』
アニメの石川五右衛門の似顔絵まで添えてある。
先生に「自分の好きなものを書いてみましょう」と言われた時に書いたものだ。
それを見た友達には「本当に五右衛門が好きだね」と笑われたけれど、本当は違う。
私が書きたかったのは、隣にいる「ゴエモン」のこと。
ふと隣を見ると、ゴエモンが何かを隠すように慌てて教科書を閉じていた。
少しだけ焦っているような、必死な仕草。
それがさっきの国語の時間と重なって――また、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
もう一度、自分の教科書に目を落とす。
私は “I like Goemon” の “like” に、誰にも見えないようにそっと斜線を引いた。
そして、その下に、自分にしか見えないような小さな文字で書き足した。
“love”




