第2話:隣の校舎
山口マミ。
国寺中学2年2組。
出席番号32番。
席は右から三列目の後ろから2番目。
美化委員。
吹奏楽部。
これが、俺の知っている山口マミのすべてだ。
「それだけかよ」って? そりゃ仕方ない。ストーカーじゃないんだし、恥ずかしくて周りに聞き回れるわけもない。最低限の情報しか入ってこないのは当然だ。
でも、俺は山口が好きだ。
「すごく上手だったよ、ゴエモン」
好きになるには、あの言葉だけで十分すぎた。
何も知らないのに一瞬で惚れるのは、俺の得意分野なのだ。
あ、でも吹奏楽部ではサックスってのを吹いているらしい。サックスがどんな楽器なのか詳しくは知らないが、「山口がサックスを吹いている」という響きだけで、なんだか妙な気分になる。
サックスも山口も悪くない。ただその“組み合わせ”が、俺の妄想を勝手に暴走させるんだ。
まったく、俺の心は思春期すぎる。
「ゴエモン、さっきからニヤけすぎだろ」
1年の佐伯の声で、現実に引き戻された。
そういえば、今は部活中だった。
場所は昨日と同じ、体育館横のミニコート。
今日は1年生たちが揃っていて、辺りは賑やかだ。
俺は1年と同じメニューをこなしながら、自然と彼らの輪の中に溶け込んでいた。冗談を飛ばし、笑いながら一緒に体を動かす。誰も俺を“先輩”だなんて意識していない。ただの同期のように、その場に馴染んでいた。
「ゴエモン、昨日なにやってたん?」
「あー、一年いないのに一人でやってたっぽくね?」
「サボりじゃね? バレないと思ってさ」
「でも今日の動き、ちょっとキレてたよな」
「昨日なんかやってたんじゃね?」
「いや逆に、休んだから元気だっただけじゃね?」
全部タメ口。
俺のことを先輩として見ていないのは、全員同じだ。
ただ同じ目線で話してくる奴もいれば、
少しナメた調子で接してくる奴もいる。
まあ、俺自身が自分のことを“先輩”だと思っていないから、こういう空気になるのも自然っちゃ自然だ。
俺はその全部に、いつも通りに返事をしていた。
「まあな」「なんだよそれ」と、笑いながら。
ふと、隣の校舎の2階に目をやる。
窓の向こうに、山口が立っているのが見えた。
吹奏楽部のジャージ姿。部活の練習中なんだろう。
窓際で楽器を持って立っている。あれがサックスってやつか。その単語で、また妄想が暴走しそうになる。
「昨日も、あそこから見てたのかな……」
今朝の山口の言葉が、再び脳裏をよぎる。
『すごく格好良かったよ』
いつの間にか、脳内で「上手だった」が「格好良かった」に変換されていた。
よし、今日も格好いいところを見せてやる。
俺は急に先輩風を吹かせて、バスケ部の空気を仕切り始めた。
「おい1年! もっと腕振って! 声出せよ!」
突然テンションを上げて張り切り出した俺に、1年たちは驚きながらも容赦ないツッコミを浴びせてくる。
「え、ゴエモンどした?」
「なんかめっちゃ仕切ってんだけど」
「いつもそんな感じじゃないじゃん」
「誰か見てんの? てか、見せたい人いた?」
「その先輩感、どこで拾ってきたの?」
誰も乗ってこない。
俺だけが、完全に空回りしていた。
そのまま1年生たちは呆れた様子で、走り込みに行ってしまった。
ミニコートの中が静かになり、ふと窓の方に目を向ける。
山口はまだそこに立っていて――笑っていた。
格好いいところを見せたくて仕掛けたのに、結局、笑われて終わった。
でも、笑ってくれたなら。あの笑顔が見れたのなら、まあいいや。




