第1話:隣の空席
「あれ? ゴエモン、放課後の実習行かないの?」
放課後の校舎で、1年の佐伯が俺に声をかけてきた。
“ゴエモン”なんて呼ばれているのは、名字が「石川」だから。ただそれだけの理由だ。
「いや、ゴエモンは2年だから行かないだろ」
別の1年がニヤニヤしながら横から口を挟む。
そう、俺は2年生だ。
なのに、流行りのアニメに影響されてこの春からバスケ部に入ったせいで、練習メニューは1年と同じ。おかげで後輩からも、こんな風にタメ口で気軽に話しかけられる。
俺自身、上下関係にうるさい方じゃないから気にしていないが……中には少しナメてる奴もいる。まあ、それも愛嬌だ。
「じゃあ、1人で練習頑張れよー!」
佐伯が適当なエールを投げながら去っていき、俺はそこで初めて気がついた。
「……そうか。1年がいないってことは、今日の練習、俺ひとりか?」
おい、誰か先に教えといてくれよ。
いや、悪気はないんだろうな。ずっと1年の練習に混じっているから、あいつらの中で俺が「2年生」だという認識は、もう消えかかっているのかもしれない。
2年の練習の方に混ざるか……? いや、今さら馴染める気がしない。
空気もメニューも違うし、なんて声をかければいいのかも分からない。
……待てよ。
1人ってことは、サボっても誰にもバレないんじゃないか?
練習着のポケットに手を突っ込み、思わずニヤける。
よし…今日くらい、楽してもいいだろう。
※※※
翌日、昼休みの教室。
結局、サボったのがバレて怒られるのが怖くて、誰も見ていないのに真面目に練習してしまった。
しかも1人だと加減が分からず、いつも以上に力が入って全身バキバキの筋肉痛だ。
今はただ、机に突っ伏して肩と太ももの痛みに耐えている。
そんな俺の背後から、教室の喧騒とは違うテンポの足音が近づいてきた。
「ゴエモン、何やってんの?」
顔を上げると、同じクラスの山口マミが立っていた。
俺のようなパッとしない奴に、柔らかな微笑みを向けてくれる彼女は、どこか異世界の住人のように見える。
「……体中が痛くて」
女子と話すだけで心臓が跳ねる俺は、それを隠すようにぶっきらぼうに返した。
山口は、俺の隣にある空席に、すっと自然に腰を下ろした。
あまりに淀みのない動きに、一瞬だけ呼吸を忘れる。
机と机の間にある、俺が築き上げた緊張の壁を、
彼女の声が軽々と越えて届く。
「そりゃそうだよ。昨日、あんなに1人で練習してたんだもん」
「えっ……見てたの?」
心臓が跳ね上がる。動揺を悟られないよう、必死に言い訳を並べた。
「いや、まあ……下手だから。ちょっと自主練でもしようかなって」
だが、俺の心はもうお祭り騒ぎだ。
落とした消しゴムを拾ってくれただけで「好きだ」と思い込んでしまう単純な俺に、彼女が放った次の言葉は、あまりにも衝撃的だった。
「えー? そんな風に見えなかったけどな。すごく上手だったよ、ゴエモン」
見てくれていた。その上、褒めてくれた。
それだけで、俺の心はふわふわと宙に浮いた。
恋は、隣の席から始まった。




