第2話:隣の校舎
石川洋平。
あだ名はゴエモン。
国寺中学2年2組。
出席番号1番。
席は右から二列目の1番前。
文化祭委員。
バスケットボール部。
そして――小学生の頃、ミニバスをやっていたこと。
これが、私の知っているゴエモンのすべて。
※※※
私がゴエモンと“再会”したのは、小学3年生の時だった。
町民体育館に遊びに行った日。ロビーのベンチでジュースを飲んでいると、隣にミニバスのユニフォームを着た男の子が座った。
その子が「ゴエモン」と呼ばれているのを聞いた瞬間、思わず顔を向けた。
見た途端、胸の奥がふっと鳴った。あのキャンプの時の男の子だって、すぐにわかった。
それから、彼に会いたくて体育館に通うようになった。でも、「ミニバスを見に行く」なんて恥ずかしくて言えなかったから、隣の練習室でやっていた吹奏楽の見学に通うことにした。
バスケットをしているゴエモンは、いつも楽しそうで、本当にかっこよくて。見ているうちに、私の心はどんどん彼でいっぱいになっていった。
吹奏楽は最初は見学だけのつもりだった。けれど、いつの間にか練習に参加するようになり、気づけば正式に入部していた。
楽器に夢中になるにつれ、ミニバスの練習を見に行く時間はだんだん減っていった。
小学6年生の頃には、練習の忙しさで体育館に行ってもミニバスの方を覗く余裕がなくなってしまって……。
そして、気づいた時には、ゴエモンはミニバスを辞めていた。
※※※
放課後の音楽室。
アルトサックスのリードを整えながら、窓の外に目をやる。
昨日と同じ場所――体育館横のミニコート。
今日はたくさんのバスケ部員が練習していた。ジャージの色からして、ほとんどが1年生みたいだ。
その中に、ゴエモンの姿があった。
今まで気づかなかったのは、彼が1年生の中に紛れていたからかもしれない。昨日はひとりだったからすぐに目に入ったけれど、今日は大きな群れの中にいた。
中学に上がってから彼と同じ学校になったけれど、彼はバスケ部には入っていなかった。
だから昨日、たったひとりでボールを追いかけていた姿を見たとき、すごく嬉しかった。
また始めたんだ、って。
でも、昼休みに彼はこう言った。
「うん。2年になってから入ったんだ。今流行ってるアニメ見て、やりたくなってさ。ミーハーでしょ?」
「だから、まだ始めたばっかのにわかバスケ部だよ」
笑ってはいたけれど、その横顔はどこか寂しげだった。
その言葉が、ずっと胸に刺さっている。
窓の向こうで、ゴエモンが急に激しく動き始めた。
腕を大きく振って、声を張っているようにも見える。群れの中で、ひときわピョンピョンと跳ねていた。
その姿が、ミニバスをしていた頃の――ボールを無邪気に追いかけて、全力で走っていたあの頃の彼と重なって見えた。
気づいたら、指先が勝手に動いていた。
サックスから漏れたのは、運動部の応援で使う定番のフレーズ。
「山口さん、それ今やる曲じゃないでしょ」
顧問の先生の声が飛んできて、私は慌てて姿勢を正した。
「すみません……」
譜面台に目を戻す。指先に残る振動が心地よかった。
応援したかったわけじゃない。ただ、彼を見ていたら、音が勝手にあふれ出してしまった。
もう一度だけ、窓の外を盗み見る。
ミニコートには、1年生に置いていかれたらしいゴエモンだけが、ぽつんと残されていた。
彼は、こっちを見て――笑っていた。
私は、さっきの応援曲のことを思い出して、顔がカッと熱くなる。
もしかして、聞こえてた……?
でも、笑ってくれたなら。
隣の校舎からの、不器用な応援が届いたのなら、それでいい。
恋は、窓越しの笑顔に加速した。




