第23話:隣の手紙
山口に告白する。
そうカッコよく決意したのはいいが、結局「どうやって?」という壁にぶち当たり、何もできないまま一週間が過ぎてしまった。
もちろん、この一週間ただ手をこまねいていたわけではない。参考にするべく、人気のドラマや映画の告白シーンを浴びるほど見て研究した。
だが、「後ろから抱きついて『俺じゃダメか?』」はイケメン限定の技だろうし、「一生かけてでも恩を返すよ」は中学生には重すぎる。
ましてや「トラックの前に飛び込んで『僕は死にません、あなたが好きだから』」なんて――間違いなく死ぬ。
結局、映像作品はどれも参考にならなかった。ならば、身近な成功例に聞くしかない。
そう、高橋だ。
※※※
「……でさ、そのときひよりが『寒いね』って言って袖を掴んできたんだけど、あれ絶対甘えてるよな?」
高橋を呼び出したのは、告白の極意を聞くためだった。だというのに、奴はうちに来てからずっと惚気話ばかり。気づけば、もう三十分が経っている。
「それで帰り道に『今日、楽しかったね』って言われたんだけど、それがまた――」
「それ、さっきも聞いた!」
俺は思わず声を上げた。
「付き合い始めてまだ数日だろ! そんなに語れるほどエピソードないはずなのに、言い回しを変えて何回同じ話するんだよ!」
高橋が一瞬固まる。俺はため息をついて背もたれに沈んだ。
「そういう話じゃなくて、どうやって告白したかを聞きたいんだよ。惚気じゃなくて、実戦の話」
高橋は少し考えてから、あっさりと言った。
「どうやってって……普通に電話で呼び出して、『好きです』って言っただけだけど?」
「……それだけ?」
思わず声が裏返った。
「さっきまで袖を掴まれた話とか『甘えてるよな』とか、どうでもいい話をあんなに長々と語ってたのに?」
高橋がむっとした顔で言い返す。
「どうでもいいってなんだよ。俺にとっては大事な話だし、告白なんてそんなもんだろ。気持ちを伝えるだけなんだから」
俺は少し黙ってから、頷いた。
「……まあ、そうだよな」
理屈はわかる。確かに告白とはそういうものかもしれない。だが、参考にはならない。
高橋は空き缶を机に置きながら言った。
「……山口に告白するなら、ひよりにも協力してもらえば? 演出とか雰囲気作りとか得意だぞ」
俺は少しだけ首を振った。
「いや……それはやめとく」
高橋が不思議そうに顔を上げる。
「なんでだよ? その方が成功率上がるだろ」
俺は視線を落として答えた。
「なんかさ……周りから固めていくのって、ずるい気がするんだ。こっちが勝手に準備して、雰囲気を作って、逃げ道をなくして――それって、ちゃんと向き合ってるって言えるのかなって」
高橋は少し黙ってから言った。
「……まあ、そういう考え方もあるか」
俺は少しだけ笑った。
「それにさ、前に酒井さんが言ってたんだ。『自分は山口の味方だ』って」
「……ああ、言ってたな」
「だから頼めないよ。もし、仮にだけど、山口に他に好きな人がいたら、酒井さんはそっちを応援するだろ? それなのに俺が協力を頼んだら、彼女を板挟みにさせることになる」
高橋は缶を指で弾きながら、少し笑った。
「……ひよりのため、か。そういうところ、お前らしいな。馬鹿正直っていうか、誠実すぎるっていうか」
俺はむっとして言い返す。
「うるさいな。それよりお前、『ひより』って本人の前でも呼んでるのか?」
高橋は少しだけ目をそらし、ぼそっと答えた。
「……いや、酒井さん」
俺は缶を机に置き、じっと高橋を見た。
「逆だろ、普通。俺の前では『酒井さん』で、本人の前こそ『ひより』じゃないのか?」
高橋は頭をかきながら苦笑した。
「……なんか照れくさくてさ。本人の前だと、まだ呼べないんだよ」
俺は少しだけ笑った。
「彼氏面するくせに、そこだけ妙に奥手なんだな」
「うるせーよ。俺だって、ちょっとずつ頑張ってるんだよ」
その言葉に、俺は少しだけ頷いた。
「……まあ、そういうのも、ちょっとは参考になるかもな」
高橋が急に思い出したように言った。
「そういえばテレビで見たんだけど、今ってLINEばかりだろ? だからこそ、手書きの手紙って逆に刺さるらしいぞ。『気持ちが伝わるのは、やっぱり手書き』ってやつ」
俺は缶を指で回しながら首を振った。
「いや、でも『文字より声、声より顔』だろ。直接言う方が絶対に伝わるって」
高橋はニヤッと笑った。
「だからだよ。心のこもった手紙で呼び出して、そこで直接告白するんだ。『読んでくれたからこそ、ちゃんと伝えられる』ってやつ。雰囲気も作れるし、逃げずに向き合えるしな」
俺は少しの間、沈黙してから頷いた。
「……なるほど。手紙は呼び水か」
高橋は缶を持ち上げて言った。
「そう。告白の前に、ちゃんと気持ちを届ける準備。俺みたいに勢いだけで突っ込むより、よっぽど誠実だと思うぜ」
俺は天井を見つめながら、静かに思った。
……それなら、俺にもできるかもしれない。ちゃんと向き合うための一歩として。
※※※
その夜。
手紙を書こうと決めて机に向かうと、自然と勇気が湧いてきた。
明日は終業式。授業は午前で終わるし、部活もない。放課後、誰もいない体育館横のミニコートなら、静かに話せるはずだ。
……そこに呼び出そう。山口を。
決めた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。迷いはある。でも、それ以上に伝えたい気持ちがあった。
ペンを握る。何を書けばいいかなんて決まっていない。だが、山口のことを思い浮かべるだけで、言葉が溢れてきそうだった。
彼女が笑った時の顔。体育の後に「カッコよかったよ」と言ってくれた声。隣の席で、何気なく話しかけてくれた瞬間。
その一つ一つが胸の奥を温めて、ペン先を滑らせた。書こうとしなくても、ただ浮かんできた言葉が紙に落ちていく。
これが「伝えたい」という気持ちなのかもしれない。山口のことを考えるだけで、筆が止まらなかった。
書き終えた瞬間、胸の奥にじんわりとした温かさが残った。便箋を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。
「……よし」
満足感と高揚感に包まれてベッドに倒れ込む。スマホも電気もそのまま。気づけばまぶたが重くなり、俺はそのまま眠りに落ちていた。
※※※
朝。
まぶしい光で目が覚めた。スマホは充電切れ、部屋の電気はつけっぱなし。そして机の上には、昨夜の便箋がそのまま置かれていた。
俺は身を起こし、それを見つめた。昨夜の自分が書いたもの。少し緊張しながら読み返してみる。
♦︎♦︎♦︎
山口さんへ
君の声は、春の風みたいに心地よくて、聞くたびに胸がふわっとします。
隣の席になってから、毎日が少しだけ特別になりました。
体育の試合、見てくれてありがとう。あの「カッコよかったよ」が、今でも頭に残ってます。
君が笑ってくれると、それだけで一日頑張れる気がします。
もしよかったら、今日の放課後、体育館横のミニコートに来てください。伝えたいことがあります。
君の隣に座れてよかった。君のことが、好きです。
♦︎♦︎♦︎
「……無理。これは無理だ」
夜のテンションで書くもんじゃない。
「春の風みたいに心地よくて」って何だ? 「胸がふわっとします」って……。
俺、そんなキャラじゃないだろ。
「君の隣に座れてよかった」なんて、これじゃ卒業式だ。
それに「伝えたいことがあります」の直後に「好きです」って、もう全部言っちゃってるじゃないか。
顔から火が出そうだった。便箋を破りかけて――思いとどまった。
全部は消せない。でも、これだけなら渡せるかもしれない。
♦︎♦︎♦︎
今日の放課後、体育館横のミニコートに来てください。
♦︎♦︎♦︎
それだけを、別の紙に書き直した。
これなら渡せる。これなら、ちゃんと向き合える。
その手紙を、そっと筆箱にしまった。
今日の放課後、俺の気持ちは――ちゃんと届くかもしれない。




