第22話:隣の相談
リビングの空気は、妙に静まりかえっていた。
テーブルを囲んで、俺、高橋、そして姉ちゃんが座っている。
姉ちゃんはスマホを横に置き、腕を組んだまま高橋をじっと見ている。
高橋はソファに深く沈み込み、何度も言いかけては口を閉ざすのを繰り返していた。
「……相談ってのは、酒井さんのことなんだけど」
ようやく口を開いた高橋に、俺はため息混じりに返した。
「だろうな」
姉ちゃんが少し身を乗り出した。
「酒井さんって、あの子でしょ? この間のLINEの子」
姉ちゃんは声を低くして、高橋を問い詰める。
「……また何かやらかしたの?」
高橋が一瞬固まり、慌てて手を振った。
「いや、違う違う! 今回は俺のせいじゃないっていうか……たぶん」
「たぶん?」
「いや、俺が何かしたわけじゃなくて……酒井さんが、他の男子と仲良くしすぎなんだよ。肩を叩いたり、距離が近かったり、笑いすぎたりしてさ」
「それ、ただの嫉妬じゃん」
「違うって! いや、ちょっとはあるけど……。でもさ、酒井さんって可愛いし、男子ってすぐ勘違いするんだよ。『俺に気があるんじゃね?』みたいな顔するやつ、マジでいるから」
俺は思わず笑いそうになるのをこらえた。
「で、それを本人に言ったのか?」
「……ケンカになった。『そんなつもりないし、気にしすぎ』って言われて。でも、俺からしたら『つもりがない』じゃ済まないんだよ。男子って単純なんだから」
姉ちゃんが口を開きかけた瞬間、俺が先に核心を突いた。
「……てか、いつの間に付き合ってたんだよ?」
「え?」
高橋が、きょとんとした顔で聞き返す。
「だってさ、『男子に勘違いさせるな』って怒ってケンカしたんだろ? それってもう……付き合ってる前提の動きじゃん。いつの間にそんな感じになったんだ?」
高橋は少しだけ視線をそらし、照れくさそうに白状した。
「こないだの授業の試合を見て、『カッコよかった』って言ってくれたし」
(うん、それは嬉しいよな)
「ガチャで当てたキーホルダーを渡したら、『これ好きなんだー』って喜んでくれて」
(ん? なんか聞いたことあるような……)
「同じのをつけてたら、『お揃いだね』って言ってくれたし」
(それ、俺と全く一緒じゃん!)
高橋は、少し得意げに締めくくった。
「――もう、付き合ってるようなもんだろ」
俺は、思わず頷きかけた。……まあ、今の流れなら高橋が正しい、気がする。
その瞬間、姉ちゃんが割って入った。
「はい、ストップ。あんた、どこまで都合よく解釈してんのよ」
「え?」
高橋が固まり、俺も顔を上げた。二人して「違うの?」と同じ顔をしていたと思う。
姉ちゃんは指を折りながら、現実を突きつけてきた。
「『カッコよかった』はただの感想。『これ好き』は物に対する反応。『お揃いだね』と言われて期待するのはわかるけど――それだけで『付き合ってる』と思うのは、さすがに飛躍しすぎ。どれも『好意っぽい』だけで、『付き合ってる』のとは違うから」
高橋が目に見えてへこみ、俺も連鎖するようにへこんだ。
姉ちゃんはため息をついて追い打ちをかける。
「『男子が勘違いする』なんて言ってるけどさ――一番勘違いしてるの、あんたでしょ」
高橋が戸惑いながら言った。
「……じゃあ、俺って好かれてないの? 嫌われてるのか?」
「人の気持ちなんてわかんないよ。でも、『付き合ってるかどうか』くらいは確認できるでしょ。『付き合ってください』と言って、『いいよ』と返ってきたかどうか。それがないなら、ただの思い込みだよ」
高橋は言葉を失ったまま、俺をちらっと見た。
俺も何も言えなかった。その言葉が、痛いほど自分にも刺さったから。
「彼氏面したかったら、まずちゃんと告白してからにしなさい」
姉ちゃんの言葉の後、高橋はしばらく黙っていた。
しかし次の瞬間、彼はスマホを取り出し、酒井さんの名前をタップした。
「え、今?」
俺が声を上げるのとほぼ同時に、電話がつながった。
『……もしもし?』
「ごめん、酒井さん。俺、ちょっと言いすぎた。今、話せる?」
『え、うん……今なら』
「じゃあ、ちょっとだけ会えないか? すぐ行くから」
通話を切った高橋は、勢いよく立ち上がった。
「今から告白してくる」
「は? 今から? 直接? ……電話で言えばよかったんじゃ……」
高橋は靴を履きながら振り返った。
「……文字より声、声より顔、だろ?」
姉ちゃんが、少しだけ目を細めて呟く。
「……よく覚えてたじゃない」
高橋はニヤッと笑い、「行ってくる!」と玄関を飛び出していった。
俺と姉ちゃんは、しばらくその後ろ姿を見送っていた。
「……あの子、本当に勢いだけはあるわね」
姉ちゃんの言葉に、俺は少しだけ笑った。
「……でも、なんか、カッコよかったな」
※※※
その夜。
部屋の明かりを落とし、スマホの画面だけがぼんやりと光っていた。
「男子ってすぐ勘違いするんだよ」
高橋の言葉が、なぜかずっと頭に残っていた。
……確かに、俺もそうだった。
ちょっと話しかけられただけで勝手に舞い上がり、「脈ありかも」と思って失敗して勝手に落ち込んで。
そんなことを、何度も繰り返してきた。
惚れやすいのは、昔からだった。
「カッコよかったよ」
「こっちの方が好きかな」
「じゃあ、お揃いだね」
山口の言葉に浮かれて、「もう付き合ってるようなもん」だと思い込んでいた。
……でも結局、それもいつもの勘違いだったんだ。
姉ちゃんの言葉が、痛いくらいに刺さる。
「好意っぽい」だけで、「付き合ってる」のとは違う。
じゃあ、山口の本当の気持ちは?
俺のこと、どう思ってるんだろう。
……わからない。
もしかしたら、俺のことなんて何とも思っていないのかもしれない。
それでも――俺は、山口が好きだ。
これは勘違いなんかじゃない。絶対に、本物だ。
だから、伝える。
付き合いたいという下心じゃなく、この気持ちをちゃんと届けたい。
俺はスマホの画面を見返した。
高橋からメッセージが届いていた。
『酒井さん、OKしてくれた! 付き合うことになった!』
その文面には、いつもの軽さと、隠しきれない本気の嬉しさが混ざっていた。
……そうだ。高橋はちゃんと伝えたんだ。
自分の気持ちを言葉にして、相手に届けた。
次は、俺の番だ。
山口に、告白しよう。




