第18話:隣のライバル
渡辺タケル。
国寺中学2年1組
出席番号32番。(山口と同じだ!)
席は……隣のクラスだし、どうでもいい。
生徒会役員。
サッカー部(なのにスポーツ全般得意)。
成績は常に学年トップ。
身長180オーバー。
顔は後輩の間でも噂になるほどの男前。
家は町で一番大きな病院。
そして、山口の幼馴染。
これが、俺が渡辺について調べた情報の“ほんの一部”だ。
これだけ揃っていれば、性格くらいは傲慢で嫌味な奴であってほしい。
なのに、町内中の施設にボランティアで顔を出すようなやつで、うちの母ちゃんですら、
「渡辺くんは本当に立派な子ね」
と言っていた。
俺には「早く部屋を片付けなさい」しか言わないくせに。
去年、山口たちと同じクラスだったらしく、高橋や酒井さんに聞けば、出るわ出るわ。
「渡辺って、マジで完璧だよね」
「マミとはよく話してたよ。幼馴染だし、気も合うみたい」
「生徒会の挨拶、声までかっこいいって女子が言ってた」
……情報が出てくるたびに、俺のHPが削られていく。
しかも二人とも、俺に話す時の顔がさ――
「ああ、この話、聞かせちゃっていいのかな」という、憐れみと優しさが混ざった、なんとも言えない空気なのだ。
話し終わったあと、酒井さんが小さく言った。
「……ドンマイ」
高橋も、静かにうなずいた。
その一言が、すべてを物語っていた。
……とはいえ、同じ中学2年生だ。
俺にだって何かしら、勝てる要素があるはずだ。
顔でも、身長でも、成績でも、運でも、幼馴染歴でもない。
でも、何か――何かひとつくらい、上回るものがあっていいはずだ。
しばらく考えて、考えて、考えて……ようやく見つけた。
出席番号だ!
俺は、思わず声に出した。
「出席番号なら勝てる!!」
『石川』だから、一桁なのはもちろん、生まれてこのかた常に5番以内。
出席確認の時、俺の名前はいつも最初の方に呼ばれる。
渡辺は32番。つまり――俺の方が、圧倒的に早い!
「俺の方が、先に呼ばれる……!!」
……って、何言ってんだ俺。
呼ばれる順番で勝負してどうする。
山口が「ゴエモンの方が呼ばれるのが早いから好き」なんてなるわけないだろ。
俺はそっと顔を伏せた。
もう少し、まともな勝ち筋を探そう。
ていうか、そもそも戦う理由なんてない。
俺は俺、渡辺は渡辺だ。
勝ち負けなんて関係ない。
俺は俺のペースで、俺のやり方でやっていけばいい――そう思っていた。
でも、渡辺との“直接対決”は、意外な形でやってきた。
※※※
1・2組合同の体育で、バスケをやることになった。
隣のコートでは女子がバレー。
男子はクラス対抗で、1対1の勝負。負けたら交代、3連勝したら強制交代というシステムだ。
授業は、ほとんど渡辺の独壇場だった。
サッカー部なのに、ドリブルもシュートも無駄がなく、スピードもある。
バスケ部の俺としては、正直かなり悔しい。
おまけに体育教師はバスケ部の顧問だ。
渡辺が勝つたびに、地味に俺を煽ってくる。
「おい石川〜、サッカー部に負けっぱなしでいいのか?」
「渡辺、バスケ部の面目を保ってくれよ〜」
……いや、俺が保つ側なんだけど。
そんな中、キャプテンの高橋は、エースのくせに時々わざと負けていた。
……あいつ、俺が渡辺と当たれるように順番を調整してやがる。
気を遣っているのか、面白がっているのか。
そのおかげで、俺は何度も渡辺と対峙することになった。
渡辺と向かい合って、ボールを奪いに行く。
でも、何回やっても勝てない。抜けない。止められない。
渡辺は、笑うわけでも煽るわけでもなく、ただ淡々とプレイしている。
それが、余計に悔しかった。
※※※
授業が終わったあと、高橋が俺に声をかけてきた。
「さっきの渡辺との勝負、見てたよ」
「……まあ、勝てなかったけどね」
高橋は少し笑って、でも真面目な顔で言った。
「あいつ、俺でも手を抜いたら負けることがある。今のゴエモンじゃ勝てなくても仕方ないって」
「……それ、慰めか?」
「いや、事実。渡辺はマジで強い」
その言い方は淡々としていた。
でもなぜか悔しくて、俺は何も言えなかった。
高橋は俺の顔をちらっと見て、少しだけ声を落とした。
「でも、お前が挑むの、俺は好きだけどな」
その言葉が、静かに胸に残った。
※※※
それから体育のたびに、俺は渡辺と当たるようになった。
回を重ねるごとに、俺たちの対戦は“因縁のカード”みたいになっていった。
「また石川と渡辺だ」
「今度こそ勝てるか?」
女子のほとんどは渡辺の応援。「がんばれー!」という声に応え、彼は静かに勝ち続ける。
男子はそれに嫉妬して、俺にわずかな望みを託してくる。
「石川、バスケ部の意地を見せてくれ」
俺は何度も挑んで、何度も崩された。
それでも、次の授業が来ればまたコートに立った。
※※※
何度目かの体育が終わったあと、俺は机に突っ伏していた。
……なんで俺、こんなにムキになってるんだろ。
勝てないってわかっているのに。
毎回負けて、毎回悔しくて。
その時、隣から声がした。
「ゴエモン、おつかれー。タケルくんとの対戦、話題になってるね」
顔を上げると、山口が立っていた。
いつも通りの笑顔、でもどこか気遣うような目だ。
「……まあ、勝てないけどね」
俺が苦笑いすると、山口は少し身を乗り出した。
「タケルくん、昔からなんでも器用にこなすから。運動も勉強も、全部そつなくて」
その言葉が、静かに刺さった。
俺は少し目を伏せて言った。
「……もういいよ。どうせ勝てないし。俺なんかバスケ部って言っても、アニメの影響で始めたばっかのミーハー部員だしさ。あんなパーフェクト超人に勝てるわけないって」
やけになって言う俺の言葉を聞いて、山口は、少しだけ間を置いて――静かに言った。
「違うでしょ」
俺は顔を上げる。
「……え?」
山口は、まっすぐ俺を見て言った。
「ゴエモンがバスケを始めたの、アニメの影響じゃないじゃん」
俺は、言葉を失ったまま山口の顔を見つめる。
「……それ、どういう……」
山口はさらに続けた。
「だって、ゴエモン、小学生の頃からバスケやってたじゃん」
思いがけないその一言が、胸の奥にしまっていた記憶を、静かに揺らした。




