第17話 隣の勝負
文化祭は、無事に終わった。
掲示物も出し物も、それなりに形になって、拍手ももらえた。 賑やかで、笑いもあって、準備も本番も、ちゃんと楽しかった。
でも――やっぱり一番よかったのは、 誰も来なかった準備初日、山口と2人きりで作業してた時間だった。
色画用紙を切って、並べて、ちょっとだけふざけて、笑って。 あの空気が、文化祭のどの瞬間よりも、俺にとっては特別だった。
もうすぐ11月。 山口の誕生日が近づいている。
夏休みに、何気なく聞いた誕生日の話。 あの時、ホットケーキを作ってくれた山口に、 “お礼”って言えば、自然な形でプレゼントを渡せる気がした。
……もしかして、姉ちゃんはそれを見越して、 あんなふうに山口を騙したのか? 俺に“渡す理由”を作るために?
考えすぎだろ、と思いながらも、頭の片隅に残ったまま、 とにかくプレゼントを何にするか考え始めた。
“女子中学生 誕生日プレゼント” スマホで検索してみると、出てくるのはアクセサリー、コスメ、文房具、ぬいぐるみ――
どれもそれっぽいけど、どれも“山口っぽい”かと言われると、微妙だった。
「……うーん、どれがいいんだ?」
画面を見ながら悩んでいると、後ろから声が飛んできた。
「女子中学生が全員同じもの欲しいと思ってんの?」
振り返ると、姉ちゃんが腕を組んで立っていた。 その顔は、ちょっと呆れてて、ちょっと怒ってた。
「プレゼントって、“その人にとっての特別”でしょ? 検索して出てくる“人気ランキング”なんかじゃ、気持ちは伝わらないよ」
俺はスマホを伏せながら、そっとため息をついた。
……そう言われると、何も言い返せなかった。
「姉ちゃんなら、何もらったら嬉しい?」
俺がそう聞くと、姉ちゃんは一瞬だけ考えて――すぐに笑った。
「私が欲しいものあげてどうすんの。渡すのは私じゃないでしょ?」
その言い方は、ちょっと呆れてて、でもちゃんと優しかった。
「プレゼントって、“渡す相手のこと”を考えて決めるものでしょ。
“自分のために考えてくれた”って思えるのが、一番嬉しいんだから」
俺は少し黙ってから、ぽつりと聞いた。
「じゃあさ……一生懸命考えて決めたものなら、なんでも喜んでくれる?」
姉ちゃんは、すぐに首を振った。
「そんなわけないでしょ。気持ちだけで伝わるなら、誰も悩まないよ」
俺は言葉に詰まった。
「……じゃあ、どうすれば……」
姉ちゃんは、少しだけ笑って言った。
「大いに悩みなさい。 何が好きかくらい、あんたなら知ってるでしょ?」
そう言って、姉ちゃんは部屋を出ていった。 その背中が、なんだか少しだけ頼もしく見えた。
※※※
山口の好きなもの――やっぱり、五右衛門だよな。
コンビニに向かいながら考える。
木刀を見たときのあの語り、今でも鮮明に思い出せる。 “斬鉄合金Z”とか、“こんにゃくだけは斬れない”とか、 あの熱量は、ただの“好き”ってレベルじゃなかった。 本気で、心から大事にしてる感じが伝わってきた。
そんなことを思ってるうちにコンビニについて、 ジュースでも買って帰ろうかと入った瞬間、目に飛び込んできたのは――
『ルパン三世 一番くじ開催中!』
ポスターの中央に、C賞:石川五右衛門フィギュア。
俺は、思わず立ち止まった。
……これだ。 これなら、“お礼”って言いながら渡せる。 山口が好きなキャラで、俺のあだ名でもある。 しかも、くじなら「たまたま当たったから」って言い訳もできる。 照れずに渡せる、ちょうどいい距離感。
偶然見つけたくじだけど、なんだか“運命”っぽく感じた。
一番くじ、1回700円。
「……2回までだな」
中学生の財布には、これが限界だった。
回数を決めると、俺は少しだけ見守ることにした。
すぐに引くんじゃなくて、タイミングを見極める。
C賞が残ってるか、他の賞がどれだけ出てるか―― それを見ながら、引く瞬間を探す。
それから数日間、俺はコンビニに通った。
ジュースを買うふりをして、くじ台の前を通る。 ポスターの下に並ぶ景品の棚を、ちらっと確認する。
C賞の五右衛門フィギュアは、まだある。 でも、A賞もB賞も、まだ残ってる。
「……まだ、早いか」
そうつぶやいて、店を出る。 誰にも気づかれないように、何気ない顔で。
次の日も、またその次の日も、
くじ台の前を通るたびに、景品の数を数えた。
「C賞、まだある。あと何枚残ってる……?」
頭の中で、確率を計算する。
誰かが引いてる様子を見ると、少しだけ緊張する。
「今、C賞出たらどうしよう」
でも、出ない。まだ、残ってる。
俺は、くじ台の前で立ち止まることはなかった。 ただ、通り過ぎるだけ。
でも、心の中では、ずっと見守っていた。
“その瞬間”が来るまで。
※※※
くじ台の前を通るのも、もう4日目。 C賞の五右衛門フィギュアは、まだ残ってる。 でも、B賞の次元が――今日見たら、棚から消えていた。
「……B賞、出たか」
俺は、くじ台の前で立ち止まった。 これは、引くタイミングかもしれない。 B賞が減って、C賞が残ってるなら―― 確率的には、今が一番“狙える”瞬間だ。
財布の中身を確認する。 2回分、ギリギリ残ってる。
「……よし、今日こそ」
そう思って、くじ台に向かって歩き出した――その瞬間。
「あ、ゴエモンじゃん。何やってんの」
振り向くと、バスケ部の後輩の佐伯がいた。 相変わらずのタメ口で話しかけてくる。
「いや、くじでも引こうかと」
俺がそう答えると、佐伯はポスターを見て目を輝かせた。
「へぇ、ルパンか。俺も引いてみよっかな。先にいい?」
……今、俺が引こうとしてたんだけど。
でも、佐伯はもう店員に声をかけていた。
「一番くじ、1回お願いします!」
店員がくじ箱を差し出す。 佐伯が勢いよく1枚引いて、開ける。
「よっしゃ、当たりー!」
その声に、俺は心臓が跳ねた。
……まさか。
「A賞ですねー。ルパンのフィギュアです」
店員の声に、俺はそっと息を吐いた。
……よかった。C賞じゃない。
佐伯はルパンのフィギュアを受け取って、満足げに言った。
「いやー、やっぱ俺、持ってるわ」
俺は、財布を握りしめた。 佐伯の「当たりー!」の声がまだ耳に残ってる。 でも、C賞はまだ残ってる。 今度こそ、俺の番だ。
「一番くじ、2回お願いします」
店員がくじ箱を差し出す。
俺は深呼吸して、2枚を引いた。
心臓が跳ねる。鼓動が耳に響く。
“このフィギュア、山口に渡したい”―― その気持ちが、奇跡を起こす気がした。
この瞬間に、全部が乗ってる。
……よし、勝負だ。
手の中の紙をそっと開く。
※※※
2枚とも、E賞だった。
景品はアクリルキーホルダー。 棚には、ルパン、次元、不二子、銭形――そして、五右衛門。
俺は、迷わず五右衛門を2個選んだ。
佐伯が横から言う。
「2個とも五右衛門? 違うのにしたら?」
俺は、なんでもない風を装って答えた。
「いや、まあ……俺のあだ名だし、ちょうどいいかなって」
佐伯は「ふーん」と言って、ルパンのフィギュアを眺めている。
俺は、キーホルダーをポケットにしまいながら、そっと思った。
――2つあれば、山口とお揃いに出来る。
一応満足して帰ろうとした、その時だった。
「C賞、出ましたー!」
店員の声が響いて、俺は反射的に振り返った。
くじ台の前に立っていたのは――どこかで見たことのある顔だった。 制服の感じからして、同じ中学の生徒っぽい。 でも、名前までは思い出せない。
「……誰だっけ、あれ」
俺がつぶやくと、隣の佐伯が言った。
「あー、渡辺先輩じゃん。知らないの?」
「渡辺……? 知ってんの?」
「うん、うちの中学の2年。ゴエモンと同じ学年だよ。 女子の間でめっちゃ人気あるらしい。 すげーカッコいい先輩がいるって、ちょっと前に騒いでた」
俺はもう一度、渡辺の方を見た。
確かに、顔は整ってる。 しかも、C賞を一発で引き当てる運まで持ってる。
佐伯がぼそっと言った。
「顔も良くて、背も高くて、運もいいとか……ずるくね?」
そう言って、佐伯はルパンのフィギュアを抱えたまま、店を出ていった。
俺は、ポケットの中の五右衛門キーホルダーを握りしめながら、 棚の空いたC賞のスペースを、しばらく見つめていた。
※※※
休日の午後。
俺は、ポケットの中のキーホルダーを指でなぞりながら、ゆっくり歩いていた。
どう渡そうか。 「お礼」って言えば自然か? 「たまたま当たったから」って言えば照れずに済むか? でも、E賞だしな……とか、そんなことを考えながら。
その時だった。
前方の角から、誰かが出てきた。
渡辺だった。 そのすぐ後ろに、山口がいた。
俺は、反射的に物陰に身を引いた。 ふたりは、何気ない様子で並んで歩いている。
「……ありがとね、五右衛門。こんなのもらえると思ってなかった」
山口の声だった。
渡辺は、少しだけ笑って答えた。
「前に好きって言ってたの、覚えてたから。 ちょうどC賞が残ってて、運が良かった。 来月誕生日だし、ちょうどいいかなって」
俺は、ポケットの中のキーホルダーを握りしめた。
そのまま、何も言わずにその場を離れた。
歩きながら、キーホルダーをそっと握り直す。
2つある。 でも、渡す理由が、もう見つからない。




