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初恋は隣の席から  作者: 水無月菜乃花
ゴエモン編

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第15話:隣の協力者

「じゃあ、キッチン片付けてくるね〜」


姉ちゃんが袋を持って立ち上がると、山口もすっと立ち上がった。


「手伝います。演奏会の時とか、裏方やってたんで慣れてますから」


「え〜いいよいいよ、座ってて」


「いえ、やります。お姉さん、買い出ししてくれたし」


姉ちゃんが「助かる〜」と笑い、二人は並んで部屋を出ていった。


残されたのは、俺、高橋、酒井さん。


部屋の空気が、少しだけ静かになった。


酒井さんが俺の方を見て、ふっと笑った。


「……ありがとうね、ゴエモン。高橋くんがちゃんと話せたの、あなたのおかげだと思う」


俺は一瞬、言葉に詰まった。


「いや、俺は……姉ちゃんが言ってただけで」


「でも、説得したのはゴエモンでしょ?」


酒井さんの声は柔らかくて、でも芯があった。


「……まあ、LINEのやらかしは、俺も昔やりそうだったし」


その言葉に、酒井さんがくすりと笑った。


「ふーん。昔ね」


高橋が何気なく口を開く。


「……さっきの『いないこともないけど』って、誰のこと?」


俺は視線をそらしたまま、答えなかった。


高橋が俺の顔をじっと覗き込む。


「……山口だろ?」


一瞬、呼吸が止まった。


「いや、違うし」


「その『違うし』の言い方、完全に図星の時のやつじゃん」


「違うって言ってんだろ」


「じゃあ、山口じゃないって言ってみろよ」


「……」


高橋がにやっと笑った。


「はい、バレました〜。ゴエモン、隠すの下手すぎ」


酒井さんも笑いながら、静かに言った。


「ふふ。わかりやすいね」


高橋が俺の方をちらっと見て続ける。


「……最近さ、酒井さんみたいな可愛い子と普通に話せてるよな、お前」


「は?」


「前はさ、女子と話すだけで変な間ができてたのに。今は普通に喋ってるじゃん。なんか、落ち着いてるっていうか」


俺は少しだけ言葉に詰まった。


「いや、それは……慣れただけっていうか」


高橋はにやっと笑う。


「慣れたっていうか、ちゃんと好きな人ができたからじゃね?」


言い返そうとして――でも、なんとなく言葉が出なかった。


……そうかもしれない、と思ってしまったからだ。


「……でも、いいと思うけどな。山口、いい子だし」


俺は何も言えず、ただ黙っていた。


高橋が少しだけ姿勢を崩して、肩越しに言った。


「俺、協力するよ。空気作るのとか、話振るのとか、得意だから」


そして、笑いながら続けた。


「その代わり、お前も俺に協力しろよ。酒井さんと、いい感じになれるように」


俺は高橋の顔を見て、真顔で返した。


「本人目の前にして何言ってんだよ。もう俺が口出せる段階じゃないだろ」


酒井さんが、笑いをこらえるように口元を押さえた。


高橋は「それ言うなよ〜」と苦笑いしながら、背もたれに体を預けた。


「でさ、酒井さんもさ、山口にそれとなく聞いてみてよ。ゴエモンのこと、どう思ってるかとか」


酒井さんは少しだけ笑って、首をかしげた。


「私は……あくまでマミの味方だから」


俺は一瞬、意味がわからなかった。


「……え? どういう意味?」


高橋も「え、マミって山口のこと?」と聞き返す。


酒井さんは少しだけいたずらっぽく笑って言った。


「さあ、どうでしょう」


俺が何かを言いかけたその瞬間――。


キッチンの方から足音がして、山口が戻ってきた。


「なんの話ー?」


その声が部屋に届いた途端、空気がすっと変わった。


俺は反射的に座り直し、さっき整えた座布団の位置をもう一度確認した。


高橋は「いや、別に……雑談?」と目を泳がせ、

酒井さんは何も言わず、ただ笑っていた。


その笑顔が全部わかっているようで、少しだけ怖かった。


山口は手に何かを持っていた。

挿絵(By みてみん)

「ゴエモン、誕生日おめでとう」


そう言って、テーブルにホットケーキをそっと置いた。


俺は一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「……え? 誰の誕生日?」


山口は少しだけ首をかしげながら答えた。


「ゴエモンでしょ? 今日誕生日って、お姉さんから聞いたよ」


俺は固まったまま、ゆっくりと言った。


「……俺の誕生日、6月なんだけど」


高橋が「えっ、じゃあ何このホットケーキ」と笑い、

酒井さんも目を丸くしている。


俺はキッチンの方を振り返って、声を張った。


「姉ちゃん! 何、山口騙してんだよ!」


姉ちゃんは買い物袋を片付けながら、悪びれもせず言った。


「ごめんごめん。ちょっとからかったら、あまりに本気で作るもんだから言い出せなくなっちゃって」


俺は呆れながらホットケーキを見つめた。


「せっかくなんだし、いただきなさいよ。ちなみにマミちゃんの誕生日は11月みたいだから。ちゃんとお礼しなさいよ」


山口は少し照れながら笑って、俺の方を見た。


俺は何も言えず、ただ「……ありがとう」とだけつぶやいた。


ホットケーキの甘い香りが広がって、部屋の空気が少しだけ柔らかくなった。


※※※


帰り道。


高橋が酒井さんを、俺が山口を送っていくことになった。


さっきまでの賑やかな空気が、少しだけ落ち着いている。

夜風が静かに肌を撫でていった。


ホットケーキを食べたあと、みんなで宿題を広げた。


正直、最初は山口に見せてもらって丸写しすればいいやと思っていた。


でも、そうじゃなかった。


「教えてあげる」と言われて、ちゃんと自分で考えて、わからないところだけ聞いて。


結局、思ったよりも時間はかかったけれど、全部終わらせた。


なんだかんだで、楽しかった。


並んで歩いていると、山口がふと口を開いた。


「今日はありがとう」


「……何が?」


「高橋くんのこと。相談したら、その日に解決しててびっくりしちゃった」


俺は肩をすくめるように笑った。


「いやいや、俺はちょっと話しただけだし。姉ちゃんの圧がすごかったからさ」


山口は笑いながら言った。


「でも、ゴエモンが言ってくれたからだと思うよ。高橋くん、ちゃんと反省してたし」


俺は少しだけ前を向いて歩いた。


山口が何か言いかけた――その瞬間だった。


路地の向こうから、突然犬の鳴き声が響いた。


「わんっ!」


山口がびくっとして立ち止まる。


俺は反射的に、彼女の前に一歩踏み出して立ちはだかった。


犬はリードを引かれながらこちらに向かって吠えていたが、

すぐに飼い主が駆け寄ってきて、慌てて頭を下げる。


「すみません! びっくりさせちゃって……」


そう言って、犬を抱きかかえるようにして連れて行った。


その背中を見送りながら、ふと記憶がよみがえった。


――そういえば、昔もこんなことがあった。


犬に吠えられて泣きそうになった俺の前に、姉ちゃんが立ってくれた。


「この子に吠えないでくれる?」って、真っ直ぐに言ってくれた。


あの時の背中を、今、急に思い出した。


高橋が言っていた“伝説”は、ちゃんと俺の中に残っていた出来事だったんだ。


俺はそっと後ろを振り返る。


山口は少し驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑ってうなずいた。


今は、俺が守る側になれているだろうか。


あの時の姉ちゃんみたいに、誰かの前に立てるような――そんな存在に。


夜風が、静かに吹いていた。


その音が、少しだけ背中を押してくれる気がした。


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