第13話:隣の文字
「ちょっと相談したいことがあって。」
朝方、スマホに届いた山口からのLINE。
“ちょっと”という言葉に、なんとなく気になる響きがあった。
「高橋くんのLINE、しつこくて……ひよりちゃん、困ってるみたい」
……え、もうそんなことになってんのか?
コンサートの日に「LINE交換した〜!」と高橋がはしゃいでいたのは、まだ三日前だ。
あの時は“夏の奇跡”みたいなテンションだったのに、もう“困らせる”レベルに到達しているなんて。
一体何をやらかしたんだよ。
でも、詳しく話を聞いているうちに、だんだん笑えなくなってきた。
「返事してないのに、また送ってくるみたい」
……あー。それ、俺も姉ちゃんに釘を刺されていなかったら、やっていたかもしれない。
高橋の気持ちは痛いほどよくわかる。
ここは一つ、「女子とのLINE歴」が長い俺が一言物申してやらなければ。
俺はスマホを置いて、深く息をついた。
高橋と話をしよう。
手遅れになる前に。
※※※
手遅れだった。
宿題の仕上げを口実に高橋を家に呼び、話を聞いた俺は愕然とした。
「“今何してる?”は、暇な時には送るのが礼儀じゃね?」
「“寝た?”って送ったら“寝てる”って返ってきたから、“起きた?”って送った」
「あと、返信ないと不安になるから、“どうした?”“怒ってる?”“なんで返事ないの?”って送るのは普通だろ」
高橋は、悪びれる様子もなく語っていた。
姉ちゃんに教わった『LINEのNG行為』を、見事に網羅している。
「だって、仲良くなりたいじゃん」
その言い訳がむしろ自信満々で、俺は頭を抱えたくなった。
本人に“やらかした”自覚がまるでない。
むしろ「俺、頑張ってる」くらいの顔をしている。
俺は一呼吸おいて、静かに言った。
「今何してんの?」
「え? 何って……お前と話してんじゃん」
「宿題終わった?」
「終わってないからこうやって一緒に……」
「何でやらないの?」
「いや、だから今……」
「何してたの?」
「ちょ、待っ……」
「どうしたの?」
「怒った?」
「何で返事しないの?」
高橋がポテチを握ったまま、ついに叫んだ。
「あー! もう、うるさい! 何なんだよいきなり!」
俺は静かにうなずいた。
「それ、今お前が酒井さんにやってるやつな」
高橋が、はっとしたように口を閉じて視線を落とした。
その様子を見て、俺は少しだけ偉そうに言った。
「でさ。実際にこうやって面と向かって話してたら、“ちょっと待てよ”って笑いながら言えるだろ?」
高橋が「まあ、そうだな」とうなずく。
「でもLINEだと、それができない。だから、返信ないのに追撃すると、なんかこう……“無言の圧”になるんだよ。相手の頭の中に土足で踏み込んで、“早く答えてよ”って急かしてるみたいな感じ」
「……土足で?」
高橋が苦笑いする。
俺はちょっと得意げに続けた。
「だから送る時はさ――まるで、すぐ隣で話してるみたいに。その空気を忘れない方がいいと思うよ」
高橋はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……お前、すごいな。なんか、ちゃんとしてるっていうか」
俺は肩をすくめて、少し照れくさそうに答えた。
「まあね。“女子とのLINE歴”長いからな」
その瞬間、背後から声がした。
「ふふ。私の教え、ちゃんと守ってるのね」
振り返ると、姉ちゃんが立っていた。
いつの間にか帰ってきて、玄関の方からひょっこり顔を出している。
「え、姉ちゃんいたの!?」
高橋は呆れたように笑った。
「……何だよ、姉ちゃんの受け売りかよ。ちょっと感動してたのに、“姉ちゃん監修”ってなるとさ……」
姉ちゃんはニヤッとして、俺の頭を軽く叩いた。
「でも、ちゃんと伝わっていたみたいでよかった。さすが、私の弟」
「……ちょっと黙っててくれない?」
姉ちゃんは俺の言葉に、目だけで笑ってみせると、高橋の方へ視線を向けた。
「相変わらず、あんたは黙ってりゃモテそうなのに、ろくなことしないわね」
「え、俺そんなにひどい?」
「今すぐその子に電話して謝んなさい」
高橋が目を見開く。
「今すぐ? 電話で? LINEじゃダメ?」
姉ちゃんは腕を組んで、少しだけ声を強めた。
「当たり前でしょ。LINEでやらかしたことを、LINEで謝ってどうすんの。コミュニケーションはね、文字より声。声より顔。“ごめん”って言葉は、表情と一緒じゃないと届かないのよ」
高橋はしばらく黙っていたが、やがてスマホを取り出した。
「……わかった。かけるわ」
俺と姉ちゃんは黙って見守った。
スマホを握ったまましばらく固まっていたが――
やがて、画面の通話ボタンを押した。
昼下がりの部屋に、呼び出し音が響く。
「……あ、酒井さん? 今、大丈夫?」
声は小さかったけれど、ちゃんと届いていた。
高橋は言葉を選びながら、ゆっくりと話し出した。
「うん……その、ちょっと話したくて。あの、LINEのこと……ごめん。しつこくしてたよな。返事ないのに何回も送って、怖かったと思う。本当に、ごめん」
沈黙があった。
でも、高橋の肩からすっと力が抜けたのが見えた。
「俺、仲良くなりたくて、でもやり方がわかんなくて……。次からは、ちゃんと考える。無理させないようにする」
高橋は安心と照れくささが混ざった表情でうなずき、
しばらくの間、楽しそうに話し続けた。
「……うん、うん。そうだね。じゃあ、聞いてみる」
電話を切り、高橋は画面を伏せたまま俺たちの方を向いた。
「どうだった?」
「……うん。びっくりしたけど、謝ってくれてよかったって。あと、“次からはちゃんと考える”って言ったら、“そうしてくれたら嬉しい”ってさ」
高橋の声は照れていて、でもとても嬉しそうだった。
「なんか……話せてよかった。気持ちの整理がついた気がする。二人とも、ありがとう」
その言葉に、俺と姉ちゃんは顔を見合わせて少しだけ笑った。
すると高橋は、スマホを伏せたまま俺たちを見て言った。
「で、酒井さんが山口と、今からこっち来たいって」
「は?」
俺は思わず、素っ頓狂な声を上げた。




