第11話:隣の合図
コンサート当日。
俺は制服姿で、待ち合わせ場所のマックの前に立っていた。
姉ちゃんが言うには、学生がコンサートへ行くなら制服が常識らしい。
夏休みなのに制服か、とは思ったけれど、何を着ていくか悩まなくて済むのは正直ありがたかった。
「……まあ、無難だよな」
スマホを握りながら、ふと数日前のやり取りを思い出す。
※※※
「バスケ部の高橋ってやつが一緒でもいい? 酒井さんのこと知ってるって言ってたけど……」
一応確認のため、山口にLINEをすると、すぐに返事が来た。
『高橋君なら、私もひよりちゃんも去年同じクラスだったから知ってるよー。なんか久しぶりだな』
そうか、山口も高橋と知り合いだったのか。
「久しぶりだな」という、ちょっと嬉しそうな山口の文字に、少しだけ胸がチクリとした。
そのあと、もう一通届いた。
『ひよりちゃんも喜ぶと思うよ』
……え? 喜ぶ? 酒井さんが高橋のことを?
そう思った瞬間、当日の楽しみが一つ増えた気がした。
※※※
そのとき、背後から声がした。
「ゴエモン、気合い入ってんな〜」
振り返ると、高橋が立っていた。
ジャケットに革靴、髪もセット済み。完全に“デート仕様”だ。
「気合い入ってんのはそっちだろ。それでマック行くのかよ」
「酒井さんに会うんだから、これくらい当然」
「コンサートじゃなくて、そっちかよ」
「そっちだよ。コンサートはついで。俺は“距離を縮めること”に命かけてるから」
……「ひよりちゃんも喜ぶと思う」という山口のLINEのことは、黙っておくことにした。
こいつ、こういう情報を聞くとすぐ調子に乗るから。
「そんなことより、まさか私服で行くとか言わないよな? コンサートだぞ? 学生なら制服一択だろ。……常識だぞ?」
「いやいや、今は夏休みだぞ? 制服の方がレアだって」
「……え?」
その瞬間、前方から女子二人が歩いてくるのが見えた。
ワンピースにスニーカー。
髪型もいつもと違って、どこか柔らかい雰囲気。
俺と高橋は、二人して言葉を失った。
「やば、酒井さん……かわ……」
「山口も、なんか……」
酒井さんが高橋の格好を見て、ちょっと口元を緩める。
「え、高橋くん……なんか今日、気合い入りすぎじゃない?」
高橋は得意げに笑った。
「そりゃそうでしょ。酒井さんに会うんだから」
「え〜、そういうタイプだったんだ。」
酒井さんが軽く笑うその横で、山口も笑いながら言う。
「ゴエモン、制服なんだ〜」
俺は少し照れながら答えた。
「演奏会って、制服が常識って姉ちゃんに言われて……みんなそうかと思って」
酒井さんは少し肩をすくめて言う。
「そんなことないよ? 私服で来る人の方が多いと思うけど」
「……え、マジで?」
俺はその瞬間、悟った。
また姉ちゃんに騙された。
制服で来たのは俺だけだ。
気合い入りすぎの高橋よりも、俺の方が“真面目すぎて浮いている”感じがする。
「……俺、完全に信じてたんだけどな」
落ち込む俺に、山口がふっと笑って言った。
「でも、似合ってるよ」
その一言で、制服を選んだ自分が少しだけ報われた気がした。
すぐ隣では、高橋と酒井さんが笑いながら言葉を交わしていて、なんだか楽しそうだった。
「じゃあ、マック行こっか」
山口の声で、空気がふわっと動いた。
酒井さんが「行こ行こ〜」と笑って立ち上がり、二人は先に歩き出す。
俺と高橋はまだ店の前に残っていた。
そのとき、頭の中に“ある問題”が浮かんでいた。
……これ、奢るべきなのか?
こういう時って、男が奢るもんだ――って、なんかそういう話を聞いたことがある。
でも、実際どうなんだろう。
みんなで来ているし、全員分は無理だし……。
山口の分だけ?
それって逆に変か?
……いや、でも俺が誘ったんだし。
ちょっとくらい、かっこつけたい気持ちもある。
そんなことを考えているうちに、女子二人はもう店の方へ向かっていた。
俺たちが立ち上がる前に、すでに注文カウンターに並んでいる。
「……あ、もう行ってる」
高橋がぽつりとつぶやいた。
俺はその背中を見ながら、ふっと肩の力が抜けた。
「……奢り、消えたな」
「消えたな」
二人して、同時に言った。
その言葉に、少しだけ笑いがこぼれる。
女子二人が注文を終えて、「席取っとくねー」と言い残して店内へ消えていく。
俺と高橋はまだカウンター前。順番が近づいてきて、メニューを見ながら考える。
「……いつも通り、てりやきのMセットでいいか」
そう思っていたそのとき、前に並んでいたカップルの会話が耳に入ってきた。
「えー、すごーい! そんなに食べるの? やっぱり男はこうでなきゃね〜」
男の方は、ビッグマックのLLセットにナゲットまで追加していた。
(……いや、別に張り合う必要はないけど)
そんなことを考えているうちに、高橋が注文を始めた。
「ビッグマックのLLセットで。あとナゲットも」
……おい、そっちもかよ。
俺は一瞬だけ迷って、でも気づいたら口が動いていた。
「……同じの、ください」
高橋が横でニヤニヤしている。
「……見栄張ったな」
「うるさい」
俺はトレイを受け取りながら、少しだけ背筋を伸ばした。
席に向かうと、すでに女子二人が座っていた。
向かい合うようにして、酒井さんと山口。空いているのは、どちらかの隣。
……どっちに座るか。
いや、決まっている。山口の隣がいい。
でも、どうすれば自然にそこに座れる?
「俺、こっちでいい?」って言うのも変だし、酒井さんの隣に座ってから「やっぱこっちで」って移動するのもダサすぎる。
一歩踏み出せずに立ち止まっていると、山口が顔を上げて、隣の席をポンポンと軽く叩きながら言った。
「ゴエモン、こっちおいでよー」
その仕草があまりにも自然で、優しくて――
俺は何も言えずに、ただうなずいてその席に座った。
高橋が少し遅れて席に来て、酒井さんの隣が空いているのを見る。
その瞬間、俺と目が合って――ニヤリと笑い、そこに座った。
「グッジョブ、ゴエモン」
酒井さんが笑いながら言う。
「なにその反応、男子ってほんとわかりやすいよね」
その声に山口が小さく笑った。
俺はそれを隣からちらっと見る。
髪型、いつもと違う。
ワンピースの色も、なんか柔らかくて――。
隣にいるだけで、もう幸せだった。
会話は他愛もないことばかり。
部活の話、演奏会の話、一年の頃の話。
でも、全部が特別に聞こえた。
食べている間、ずっと――俺は、幸せだった。
……ただ、LLセットは完全に調子に乗った。
ポテトの山が全然減らなくて、途中から“食事”じゃなくて“作業”になっていた。
最後の三本は、もはや精神力との勝負だった。




