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第9話:市場へ急げ、銀輪の風(と、異世界初のロングライド)

「アリス、聞こえる? 私の大腿四頭筋だいたいしとうきんが、かつてないほど清々(すがすが)しい乳酸の蓄積を求めているわ……!」

「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の脳内地図マップも、領地外という未知の領域を前に、GPSがバグるほどの興奮を隠しきれていないわ」


シルバーストーン家の夜明け前。

銀髪の双子は、愛車『シルバーストーン・スプリンター』を挟んで、まるでツール・ド・フランスのスタート前のような緊張感(と、隠しきれないニヤけ顔)で立っていた。


今回のミッションは、隣街「ノースポート」への買い出しである。

没落領地である我が家には、もはや「まともな調味料」も「ビールの副原料」もない。

「ないなら買いに行けばいいじゃない」というマリー・アントワネットも驚きの脳筋的解決策を実現させたのは、昨日完成した「時速80km出る自転車」だった。


「いい、エレン。片道40kmの行程よ。人間の歩行なら一日仕事だけど、私たちの『巡航速度』なら一時間弱。ただし、路面の転がり抵抗R = μW を甘く見ないで。異世界の街道は、前世のアスファルトとは違うわ」

「分かってるって。アリスはナビと、魔力による『路面状況の動的解析』に集中して。エンジンの出力管理は私に任せなさい!」


二人の『二心同体デュアル・コア』が同期する。

アリスが背中にしがみつき、前方を凝視する。

エレンがサドルに跨り、ペダルに足を固定する(魔法による簡易ビンディングだ)。


「……目標、ノースポート。発進ローンチ!」

「っっっっっっっりゃあああああああ!!」


ドンッ! という加速。

魔法で固定された「空気のタイヤ」が砂利道を完璧にいなし、アリスが計算した「最適なケイデンス」に合わせてエレンの足が機械的な正確さで回転を上げる。


「アリス! 風よ! 風の壁をぶち破る感覚、これこそが人生よ!」

「エレン、はしゃぎすぎ! 前方100m 、わだちによる段差あり。重心を三センチ後方へ、抜重ばつじゅうの準備!」


アリスは共有視界の中に、路面の凹凸を熱感知のように色分けして表示した。

エレンはその「色」を見た瞬間に、筋肉の収縮を調整する。

一人が「目」となり、一人が「足」となる。

この、自分の視界を見ながら、他人の足(のような自分の足)を動かすという超感覚。

理科教師だった前世では、脳の神経伝達速度は秒速100m程度と言われていたが、今の彼女たちはその限界すら超越している。


「アリス、前方から商隊の馬車が来るわよ!」

「減速厳禁! 斜め前方15度の角度で風を切り裂きなさい! ……今よ、追い抜き開始!」


街道をゆったりと走る馬車からすれば、それは「銀色の彗星」だった。

「な、なんだぁ!? 今、ガキが二人乗った鉄クズが音を置いて通り過ぎたぞ!?」

「馬より速いだと!? どんな魔獣だ……!?」


そんな驚愕の声を置き去りにし、双子は加速し続ける。

アリスの脳内では、空気抵抗Cd値と、エレンの心拍数の相関グラフが、前世の理科室のモニターのように常に更新されていた。


「アリス! 街が見えてきたわ!」

「……予定より五分早い。エレン、クールダウンに移行。街の門番に不審者扱いされないよう、時速10kmまで落として」


一時間後。

潮の香りが漂う港町ノースポートの正門に、少し息を弾ませた(しかし瞳はギラついた)双子が立っていた。

周りの人々は、見たこともない「銀色の細い乗り物」を引く美少女二人を、まるで異星人を見るような目で見ていた。


「よし、アリス。まずは……『スパイス』と『高級ホップ』よ!」

「そうね、エレン。あと、私の漫画執筆(予定)に欠かせない『良質なインクと紙』も探さないと。理科教師として、文化レベルの向上は急務よ」


二人は市場に繰り出した。

アリスが商品の成分を魔法で分析(偽物や劣化品を瞬時に見破る)し、エレンがその分析結果をもとに、身体能力の威圧感(?)をチラつかせながら、可愛らしい声で値切る。


「おじさま、このコショウ、去年の収穫ですよね? 揮発性成分が20%欠落しています。銀貨一枚なら、在庫整理として協力してあげてもいいですけど?」

「な、なんだこのガキ……! なんでそれを……! ぐぬぬ、分かったよ、持ってけ!」


アリスの理論的な「全知」と、エレンの「無邪気な笑顔(という名の圧力)」。

それは市場の商人たちにとって、どんな冒険者パーティーよりも厄介なコンビだった。


「ふふふ……大漁ね、アリス」

「ええ、エレン。これで『第1回・シルバーストーン家大宴会』の準備が整ったわ」


買い込んだ戦利品(魔石、香辛料、紙、そして密かに見つけた高品質の麦)を自転車の荷台に積み込み、二人は再びサドルに跨る。


「さて……帰りは登り坂が多いわよ、エンジンさん?」

「望むところよ、ナビゲーター様。私の大腿四頭筋が、『もう一回遊べるドン!』って叫んでるわ!」


夕暮れに染まる街道を、再び銀色の光が駆け抜ける。

その日の夜。シルバーストーン家には、これまでになかったスパイスの芳醇な香りと、明日への野望に満ちた双子の高笑いが響き渡った。


「アリス、次は……この自転車を領民にも広める?」

「いいわね。でもその前に、ノースポートで見つけたあの『カカオの種っぽい何か』を使って、異世界初のチョコレートを作るのが先よ」


二人の開拓精神は、もはや一つの大陸では収まりきらない勢いで加速していた。

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