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第8話:氷が溶ける前に駆け抜けろ(と、異世界最速の魔動二輪車)

「……アリス、聞こえる? 私の脳内インジケーターが、このままだと氷が数分で『ただの水』に相転移そうてんいすると警告しているわ」

「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の焦燥感もレッドゾーンよ。せっかく作ったマイナス 20℃ の氷が、この『徒歩』というあまりに原始的な移動手段のせいで失われるなんて、物理学的損失にもほどがあるわ!」


シルバーストーン家の裏庭。

断熱箱を抱えたアリス(理論担当)と、それを守るように走るエレン(物理担当)は、自分たちの足の遅さに絶望していた。

前世、成瀬健一だった頃の俺たちは、時速30km以上で風を切るのが当たり前だった。

それが今や、幼児の短い足。

どれだけ効率よく筋肉を動かしても、氷の融解速度に勝てない。


「いい、エレン。時空を歪めてワープできない以上、我々に必要なのは『速度ベロシティ』よ。具体的には、人間の踏力を回転運動に変換し、摩擦抵抗を極限まで減らした、あの二輪の芸術作品……」

「……ロードバイクね! 言ってくれるわねアリス! 私のふくらはぎが、今、猛烈に大腿四頭筋だいたいしとうきんを求めているわ!」


二人の『二心同体デュアル・コア』が、かつてないほど激しく共鳴した。

ターゲットは、以前から目を付けていたガラクタ置き場の「車輪の軸」と、強度の高い軽量な「謎の合金パイプ」、そして古びた魔道具の「回転駆動用魔石」だ。


「アリス、設計図ブループリントを! 異世界の素材で再現できる、最高のジオメトリをよ!」

「任せなさい! 脳内CAD、出力開始。フレームは振動吸収性を考慮したクロモリ風の設計。駆動系はチェーンの代わりに、魔力による『磁気浮上式非接触ギア』でいくわよ!」


アリスが共有視界に透過投影したのは、極細のフレームが美しい、異世界版のロードバイク設計図だ。

エレンはその光の線をガイドに、魔力で熱したパイプを曲げ、接合していく。


「エレン、そこは『ラグ接合』じゃなくて、魔力による『TIG溶接風・分子結合』よ! 一ミリの歪みが直進安定性を奪うわ!」

「分かってるわよ! 今、私の魔力制御はナノ単位の精度に達しているわ。……よし、このBBボトムブラケットの回転、シルクのような滑らかさよ!」


一人が全体の強度バランスと空気抵抗を計算し、もう一人が素材の分子レベルまで干渉して組み上げる。

見た目は、泥だらけの美少女二人が鉄クズを弄り回しているだけだが、その内実は「最新の航空宇宙工学」と「魔導工学」のハイブリッド生産ラインだ。


「問題はタイヤね。この世界にゴムはないわ」

「……アリス、魔法で『空気の層』を車輪の周りに固定できない? いわゆるエアサスペンション兼、エアタイヤよ」

「天才ねエレン。空気の弾性係数を一定に保つ魔法陣を車輪に刻むわ。これで転がり抵抗は実質ゼロ……いえ、理論上はマイナス(加速)も可能よ!」


数時間の「超速DIY」の末、月明かりの下にそれは完成した。

細身の銀色に輝くフレーム。スポークのない、魔力の光を放つ不思議なホイール。

前世の愛車(五〇万円)を彷彿とさせる、しかしそれを遥かに凌駕する異形の二輪車。


「……できたわ。魔動二輪車プロトタイプ一号、『シルバーストーン・スプリンター』」

「さあ、試運転シェイクダウンよ。アリス、ナビゲートをお願い。私は……『エンジン』になる!」


エレンがサドルに跨り、ペダル(を模した魔力入力装置)に足をかける。

アリスはエレンの背中にしがみつき、共有視界の中に「速度計」「ケイデンス」「路面の凹凸スキャン」をリアルタイムで表示した。


「エレン、出力10%…… 20%……。いくわよ、発進ローンチ!」

「っっっっっシャアアアアア!!」


ドンッ! という衝撃とともに、二人の体が夜の闇に吸い込まれた。

魔法によって固定された「空気のタイヤ」が路面の衝撃を完璧に吸収し、魔石によるアシストが踏力を十倍に増幅する。


「アリス! 風よ! 風が見えるわ!」

「エレン、前方に障害物! 右へ三度回避! ……時速60km突破、まだまだ上がるわよ!」


二人の意識は一つ。

アリスがコーナーの曲率から「理想のライン」を算出し、エレンがそのラインをミリ単位でなぞるように体を傾ける。

一人の脳が、ナビゲーターとドライバーを完璧な同期でこなす。

これこそが『二心同体デュアル・コア』による、人間離れした超高速走行。


「氷! 氷は無事!? アリス!」

「マイナス18℃を維持! このまま行けば、母様のビールに叩き込むまで余裕で持つわ!」


漆黒の領地を、一条の銀色の光が駆け抜ける。

その速さは、魔物すらも置き去りにし、街道を巡回していた騎士が「今、銀色の流れ星が通った……?」と目を疑うほどだった。


数分後。屋敷の玄関に「キィィィィン!」という魔力ブレーキの音とともに、二人は滑り込んだ。

背中の断熱箱から取り出したのは、まだカチカチに凍ったままの「絶対零度(風)の氷」。


「母様! お待たせしました、特急便です!」

「……あなたたち。今、窓の外を『音速の壁を突破しそうな何か』が通り過ぎた気がしたのだけれど……」


そこには、髪を風でボサボサにし、瞳に「最速」を掴んだ者特有の輝きを宿した双子が立っていた。

この日、シルバーストーン家に「時速80kmでの出前」が可能になったことが証明された。


「アリス、次は……このフレームをさらに軽量化して、山岳賞を狙う?」

「いいわね。でもその前に、このスピードに耐えられる『ゴーグル』と『ヘルメット』を作らないと。理科教師として、安全教育は最優先事項よ」


二人の野望は、もはや止まらない。

没落領地の静かな夜は、これから徐々に「魔動二輪車の爆音(という名の魔力音)」に支配されていくことになる。

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