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第7話:物理の法則を凍らせろ(と、禁断の絶対零度・直前チャレンジ)

「アリス、聞こえる? 昨日のビール、味は最高だった。コクも苦味も完璧だったわ。……でも、私の魂が、脳髄が、細胞一つ一つがこう叫んでいるの。『ぬるいのは罪だ』と」

「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の食道も、あの『喉を焼くような冷たさ』を求めてストライキを起こしそうよ。……そう、ビールは温度。温度こそが最大の調味料なのよ」


シルバーストーン家の朝。

銀髪の双子の脳内では、前世の居酒屋で供された、ジョッキの表面に霜が降りるほどの「エクストラコールド」の映像が、神々しい後光とともに再生されていた。


この世界に冷蔵庫はない。冷暗所の貯蔵庫ですら、せいぜい15℃前後。

だが、俺たち(成瀬健一)には、理科教師の知識と、魔法という名の超物理現象がある。


「いい、エレン。冷却とは、熱を消すことじゃない。『熱をどこかへ移動させる』ことよ。目指すは、魔力駆動による『気化熱利用型ヒートポンプ』の建造よ!」

「ラジャー! 熱力学第二法則をぶん殴ってでも、今日中に氷点下チラーの世界へ到達してみせるわ!」


今回のターゲットは、台所に転がっていた銅製の管と、ガラクタ置き場の古いふいご、そして何かの魔道具の残骸である「魔石の台座」だ。


「まず、冷媒が必要ね。……まあ、この世界にはフロンなんてないから、水と魔法による『強制蒸発』でいくわよ。エレン、この銅管を螺旋状スパイラルに巻いて。1ミリの歪みも許さないわよ」

「任せなさい! 私の指先は今、精密なベンダーと化しているわ!」


アリスが脳内の設計図を共有視界に透過投影する。

エレンはその光の線に合わせ、銅管を魔法で熱して柔らかくしながら、驚異的な精度で巻いていく。

一人が「理想の曲率」を維持し、もう一人が「素材の応力」を感じ取って力を加える。

二心同体デュアル・コア』による、人間NC旋盤。この双子、もはや工作精度の暴力である。


「次は『断熱圧縮』と『急速膨張』よ。エレン、この魔石の台座に魔力を流して、管の中の空気を超高速で循環させて。私がその循環の『エントロピー』を無理やり引き受けるから!」


ここからが本当の地獄だった。

アリスが「冷却サイクル」の理論値を脳内で計算し続け、エレンがその計算に合わせて、魔力で空気の圧力を操作する。

右目で「管の中の気圧グラフ」を監視し、左目で「実際に霜が降り始める様子」を観察する。

一つの脳が、過熱する演算器と、絶叫するアクチュエーターを同時に制御している状態だ。


「アリス! 脳が……脳が知恵熱でオーバーヒートしそうよ! 冷却してるのに自分が熱いってどういうこと!?」

「根性よエレン! 今、ジュール=トムソン効果が臨界点を超えたわ! ……氷よ! 氷が生まれるわ!」


パキパキ……と、小さな音が響いた。

銅管の表面に、大気中の水分が凝結し、白い結晶となって付着していく。

異世界の辺境、没落貴族の裏庭に、物理法則の結晶――「氷」が爆誕した。


「やった……やったわアリス! これで、あれができるわね!」

「ええ……。準備はいいわね、エレン?」


二人は、昨日仕込んでおいた「シルバーストーン・エール」の小瓶を取り出した。

そして、即席で作った断熱容器(木箱に羊毛を詰め込んだもの)の中に、自作の氷と塩をぶち込み、瓶を突き刺した。


凝固点降下ぎょうこてんこうかよ……。塩と氷の混合物で、マイナス 20℃まで追い込むわ」


数十分後。

瓶の表面は真っ白に凍りつき、中の液体は、凍る寸前の「過冷却状態」にまで到達していた。


「……抜栓」


シュポッ!


昨日よりも鋭い産声。

コップに注がれた黄金の液体からは、うっすらと冷気が立ち昇っている。


「「…………乾杯」」


喉を鳴らし、一気に煽る。


「「…………っっっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」」


キーン! と頭に響くほどの冷たさ。

炭酸の刺激が、低温によってさらに鋭利な刃物となって喉を刻む。

ぬるい時には気づかなかった、ホップの香りの「輪郭」がくっきりと浮かび上がり、後味は驚くほどクリアに消えていく。


「アリス……これよ……。この『喉越し』。これこそが、俺……私たちの求めていた真理よ……」

「そうね……。エアコンもないこの世界で、この『冷気』を手に入れた意味は大きいわ。……文明の味がするわね……」


二人はコップを握りしめたまま、その冷たさに酔いしれた。

だが、その背後に、昨日よりもさらに「強大な魔力(圧)」を感じて振り返る。


「……あなたたち。昨日からずっと庭で『バキバキ』だの『マイナス』だの不穏なことを言っていると思ったら……その、美味しそうな、白い煙が出ている飲み物は何かしら?」


そこには、すっかり「ビールの魔力」に魅了された母親が、昨日以上の眼力で立っていた。


「……あ、お母様。これは、その、物質の相転移そうてんいに関する高度な魔法実習でして……」

「いいわ。説明は後で聞くから。……とりあえず、お母様にもその『冷たいの』を1杯、いえ、3杯くらい用意しなさい」


没落貴族シルバーストーン家。

この日、家訓に「ビールは4℃以下で供すること」という項目が(非公式に)追加された。

そしてアリスとエレンは、この「冷却技術」を応用すれば、夏の暑さを凌ぐ「冷風機」や「アイスクリーム」も夢ではないことに気づき、さらに野望を燃やすのであった。


「アリス、次は……『冷凍庫』付きの屋台を作って、領地で売り出す?」

「いいわね。でもその前に、この氷を運ぶための……もっと速い『足』が必要よ」


二人の視線の先には、ガラクタ置き場で出番を待つ、あの「車輪の軸」があった。

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