第82話:イゾルデ流・失敗から生まれた焦がし焼きそばの奇跡(と、一口で騎士の魂を暗黒に染め上げる経口炭化焦熱毒麺)
「……ふはぁ。コタツ(ドライ除湿モード)のこの、人力を完全に奪い去る魔のぬくもり……。そして、双子様がガリ版(第11話)と全自動カラー輪転機(第22話)で増産された『週刊シルバーストーン』最新号のこの、ページをめくるだけで大脳新皮質が溶けていくお気楽な娯楽性……。これぞ、わたくしが求めていた極上の安寧……」
シルバーストーンQOL巨大観光特区の広大なリビング。
すっかりこの領地の快適さに毒され、白銀の甲冑の代わりに特製スウェットを身にまとったアストレア公爵家の令嬢イゾルデは、コタツに下半身を沈めながら、だらだらと漫画を読み耽っていた。
だが、ふと、隣で同じくサウナハット(第51話仕様)を被ってのんきにクラフトコーラ(第42話)を飲んでいる元隠密アルドの姿を見て、彼女の胸に「元エリート騎士としての最後のプライド(?)」がチクリと疼いた。
「ま、待ちたまえアルド。わたくしたちは、双子様の『デバッガー』として雇用された身。それなのに、最近はただ温泉に入り、サウナでととのい、ピザやから揚げを貪るだけの『ただのだらだら居候』になっていないかしら!?」
「何言ってんでさぁイゾルデ様。このだらだらこそが、特区の住民としての最大の『デバッグ(動作テスト)』ですよ。ほら、お腹が空いたら、台所に第57話で使ったかんすい細麺の余りがあるべ。焼きそばでも作って食うべ」
「焼きそば……! そうよ、それよアルド! わたくしもシルバーストーン特区の立派な住民! ならば、誰かに作ってもらうばかりではなく、自らの手でQOLをハックし、極上の『焦がしソース焼きそば』をクリエイト(DIY)して見せますわ!」
「ええっ、イゾルデ様が料理を!? それ、絶対にやべえ予感しか――」
「だらだらしている双子様に代わり、わたくしが台所の支配者になってみせますわ!」
一念発起したイゾルデは、スウェットの袖をまくり上げ、鼻息も荒く台所へと突撃した。
シルバーストーン家の台所。
イゾルデの前には、第57話仕様のかんすい細麺、キャベツ、豚バラ肉、にんにく、醤油、そして特製お好みソースが並んでいる。
アタッチメント(調理器具)として彼女が選んだのは、エレンがハニカム削り出し(第60話)の余りで成形した、熱伝導率がバグっている「チタン製極厚フライパン(たこ焼き仕様プレート)」だ。
「アリス様から、熱移動の講義はバッチリ受講済みよ! 熱容量 C、質量m、比熱cにおいて、熱量Qの公式はこうよ!」
Q = C ΔT = m c ΔT
「(温度変化をΔTとするわ! つまり、このチタンプレートの熱容量Cを最大化するためには、からくり魔力レンジの火力を『強火最大・出力200%』に設定し、一瞬でプレートに莫大な熱量Qを蓄積すればいいのよ!)」
「イゾルデ様! 火力が強すぎるべ! プレートが真っ赤に光ってやがる! 油! まずは油を引くんだべ!」
「だ、黙りなさいアルド! 予熱の段階で油を入れたら、油の粘性抵抗が熱対流を邪魔するわ! ここで一気に……かんすい細麺とキャベツ、そしてにんにくを……シュート!!!」
バラバラバサァッ!!!
ジジュワァァァァァァァァァン!!!!!
「ひゃあああああっっっ!? 油を引いていないチタンプレートに、水分を含んだ麺が接触した瞬間、瞬時に結合界面の水分が蒸発(相転移)して、お肉と麺が物理的に一瞬で激しく焦げ付いて(固着して)いくわーーーっっっ!!!」
「だから油を引けって言ったべ! イゾルデ様、醤油とソース! 焦げる前に流し込んで潤滑させるんだべ!」
「了解よ! 醤油とソースを……一気圧過熱注入!!!」
ジュワァァァァァァァァァッッッ!!!!!
ゴバァァァァァァァァァッッッ!!!!!
醤油とソース、そしてすりおろしたにんにくが、熱容量Cの限界を超えて真っ赤に熱せられたチタンプレートに触れた、その刹那。
有機化学における「アミノ酸と還元糖の急速熱分解」が臨界限界を突破し、
調味料の水分が一瞬にして気化・炭化。
台所の中に、一寸先も見えないほどの、モウモウとした「真っ黒で香ばしい、不気味な焦げ煙」が爆発的に充満した。
チリリリリリリリリリリリリリン!!!!!
「あ、頭が痛い! 煙探知機(第36話仕様)が鳴り響いてるべ! イゾルデ様、窓を開けるんだべ!」
「わ、わたくしのQOLから揚げ火力計算がぁぁぁ! 煙に負けるな、激しくフライパンをシェイク(攪拌)して、界面化学の揮発性拡散を抑え込むのよーーーっ!!」
台所の真っ黒な煙の霧の中で、
頭に防犯用の「不気味な鉄ヘルメット」を被ったイゾルデが、涙目でフライパンを「ガシャガシャ! バリバリ!」と凄まじい爆音で振り回し、
その横でアルドが「探知機を止めるべ!」と手をバタバタさせている、異様極まりない光景がそこに完成していた。
その頃。
シルバーストーン家の庭の物陰、雪の積もった茂みの中。
王都の重臣の使いとして、「アストレア公爵領を洗脳精神呪術で強奪した、双子の魔王の最新兵器」を監視すべく、決死の覚悟で潜入していた王都の精鋭隠密。
彼は、別棟の換気口からモウモウと噴き出し、雪原を真っ黒に染めていく不気味な「黒煙の雲」を見上げて、全身の毛穴から冷や汗を噴き出させていた。
「お、おい……嘘だろ……。あの双子の悪魔……ついに、屋敷の台所で、世界を終焉に導く最悪の毒ガス兵器を……!」
隠密が恐怖でガタガタと歯を鳴らした、その瞬間。
換気口から漂ってきた「焦げた醤油とにんにく、そして熱分解されたソース」の、
脳の理性(満腹中枢)をダイレクトにハッキングし、一瞬で胃袋を完全支配する、あまりにも暴力的で香ばしい匂いが、彼の鼻腔をダイレクトに直撃した。
「ぐ、ふっ……!? お、美味しい……いや、なんだこの匂いは……! 匂いを嗅いだだけで、口の中に唾液が洪水のように溢れ出し……、脳のニューロンが焦がし醤油の香りにハックされて、あの黒煙の主を啜りたいという狂暴な衝動に支配される……!!!」
隠密は、あまりの「精神支配(※ただの焦げたソース焼きそばの匂いです)」に、口からよだれをダラダラと流しながら、自分の頭を抱えて雪原の上に狂い転げた。
「ま、間違いない……! あれは一口啜るだけで脳のニューロンを暗黒に染め上げ、吸い込んだ者の魂を焦熱の闇に閉じ込めて、双子の忠実な傀儡(木製人形)に変える、暗黒経口焦熱毒麺――『ダーク・ヌードル・インフェルノ』だ……!!!!! あの部屋から鳴り響く『チリリリリリン!』という警告音(※煙探知機です)は、あの毒麺が完成し、魂が消滅する死の秒読み(カウントダウン)に違いない……!!!」
ただの「お料理初心者のイゾルデが、焼きそばを豪快に焦がしただけ」なのだが、隠密にとっては、大陸中の戦士を一瞬でよだれの奴隷にして自滅させる、最悪の化学洗脳兵器にしか見えなかった。
あの強烈に香ばしい匂いに誘われ、隠密はよだれをダラダラと垂らし、白目を剥きながら、雪原の上に何度も何度も頭を擦り付け、全力の土下座をキメるのだった。
「お、お赦しください、温度を支配する双子の魔王様……! 私の脳を……どうか暗黒に染めないでくださいぃぃぃ!!!」
数分後。
窓を全開にして換気し、なんとか黒煙が引いた台所。
テーブルの上には、チタンプレートに激しく焦げ付き、全体が真っ黒に炭化(一部カラメル化)した、お世辞にも美味しそうとは言えない「焦げ焦げの焼きそば」が鎮座していた。
「……うう、失敗ですわ。お肉も麺も、チタンの熱容量の前に真っ黒に炭化してしまって……。わたくしには、QOLをハックする資格など……」
イゾルデが、トロンと涙目を浮かべてスプーンを落とそうとする。
「まあ、そう気を落とさねえで、イゾルデ様。焦げた部分をちょっと削って、この焦がし醤油のカリカリしたところを食べてみるだべ。……ほら」
アルドが、竹串で焦げた麺を少しすくい、イゾルデの口に運んだ。
「むぐっ……? ……サクッ、ポリッ……」
イゾルデが、焦げた麺を噛みしめた。その瞬間。
――カリッ……ジュワァァァッ!!!
「QOL完全敗北ですぅぅぅぅぅん!!!???」
イゾルデの口から、およそ王都の監察官とは思えない、魂の底からとろけた奇怪な絶叫が漏れ出た。
「な、何これぇぇぇ! 炭化したはずの焦がしにんにくと醤油のカリカリした部分が、お口の中で『サクサクッ』と心地よい音を立てて弾けたかと思えば、中から濃縮されたソースの酸味とアミノ酸の旨味が、限界突破の香ばしさとなって脳を直撃するわ! そして、この冷たいビール(第6話仕様)を流し込むと……焦げのほろ苦さとビールのホップが完璧なハーモニーを奏でて、エンドルフィンがダム決壊するぅぅぅ!!」
「だべ? 焦がし焼きそばってのは、この焦げた部分(カラメル化結晶)をビールのつまみにするのが、最高にQOLが高いんですよ」
アルドがニヤニヤしながら、自分のジョッキを合わせる。
「もうダメ……。失敗からこんな美味しい『焦がし焦熱毒麺』が生まれるなんて、シルバーストーン特区の物理は本当にわけがわからないわ……。でも、お口が最高に幸せだから、ビールおかわりぃぃ!」
すっかり「特区のドタバタ日常」に毒されたイゾルデは、スウェットのまま涙を流してビールを煽り、アルドと共にお気楽に焼きそばを貪るのだった。
窓の向こう(※お部屋のコタツ)では、アリスとエレンが、コタツの中でハチミツレモネードを啜りながら、
「「デバッグ完了ね、アルド。彼らもお掃除ロボのメンテナンス班として追加雇用しなさい」」
と、不敵に笑い合うのだった。
新章を迎えたシルバーストーン特区には、目に見えない「極限の有機化学・界面化学技術」と、隣領の隠密を一瞬でよだれの奴隷にして完全屈服させる「恐るべき暗黒経口焦熱毒麺の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




