第64話:サクサク黄金の衣を纏う宝石(と、摂氏180度の高熱沸騰油で魂を揚げてコーティングする暗黒経口高熱殺天麩羅)
「……エレン、聞こえる? 私の脳内五感センサー(和食部門)が、お寿司(第52話)に到達した安心感から一転して、かつてない深刻な『揚げ物QOL(生活の質)不足』を検知して激しい警報を鳴らしているわ」
「聞こえるわアリス。というか、共有されている私の大腿四頭筋も、あの噛んだ瞬間に『サクッ……』と小気味よい音を立てて、中からアツアツの旨味がジュワッと溢れ出す、至高の『天ぷら』を今すぐ胃袋に送り込めと激しいデモを起こしているわ。でも、ただ小麦粉を水で溶いて揚げただけじゃ、あの前世の老舗のような極上の衣は再現できないのよね……」
シルバーストーン家のリビング。
地熱温泉床暖房(第30話仕様)の上でごろ寝しながら、銀髪の双子は脳内の専用回線をかつてない「天ぷら渇望熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識と、異世界で開花したチート能力を駆使して「だらだらと快適に美味いものを食う」ことに命を懸ける双子にとって、妥協したベチャッとした天ぷらなど万死に値する敗北だった。
「いい、エレン。天ぷらは極限の『高分子化学』と『熱力学』の結晶よ。目指すは、外側は羽毛のように軽くサクサク、内側は食材の水分を閉じ込めてホクホク・ジューシーな『極上天ぷら(エビ・サツマイモ・大葉)』のDIYよ!」
「異議なし! アリス、脳内CAD(設計図)を送信して。身体能力と精密加工は、私の『人間型マルチアクチュエーター』に任せなさい!」
同じ魂を分かつ双子だが、その特殊能力のアプローチは完全に対称的だ。
姉のアリスは【理論・設計・分子計算】の支配者。彼女の脳内は、物理化学の複雑な相転移や、流体力学の熱対流、有機高分子の結合状態をリアルタイムでシミュレートする超高性能スパコン。
妹のエレンは【実技・精密加工・物理演算】の体現者。アリスが脳内で導き出した設計図や極限数値を、コンマ数ナノメートル単位の狂いもなく、肉体のジャイロセンサーと魔力で物理干渉・具現化する人間型マルチアクチュエーター。
「まずは衣の分子ハックよ。小麦粉に水を加えて混ぜると、タンパク質のグルテニンとグリアジンが結合して『グルテン(粘り気)』が発生するわ。これが天ぷらのサクサク感を奪う最大の敵よ。エレン、第57話のかんすいアルカリと炭酸ガスを微量に混ぜて、衣(バッター液)を弱アルカリ性に傾けて!pHを操作することで、グルテンの網目構造の発達を物理的に100%阻害するのよ!」
「最高よアリス! 設計図ロックしたわ。衣のpH値、正確に8.2で固定! 私の魔力クラフトで、炭酸ガスの微細気泡を均一に分散させてあげる!」
さらに、アリスは熱力学の公式を脳内に展開した。
「次は、油の熱容量Cよ」
C = m c
「食材を投入した瞬間、油の温度が急低下すると、衣が水分を吸ってベチャベチャになるわ。必要なのは、質量mと比熱cをハックし、熱の急低下を『 0.5℃以内』に抑え込む『定温熱対流ブースター(チタン製多層極厚鍋)』よ!」
「任せなさいアリス! 私の『超精密魔力クラフト(120,000 rpm)』、出力開始よ!」
エレンの指先から、バチバチと精密な魔力火花が散る。
エレンは、チタンプレート(第28話仕様)を何層にも重ね合わせ、底部に熱対流を劇的に促進させる「マイクロフィン構造」を刻み込んだ、異次元の蓄熱性を誇る天ぷら鍋をナノ精度で削り出していく。
一人が「分子反応・熱移動シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&精密組み立て(ハード)」。
双子の超絶連携により、コタツの横には、摂氏180度の沸騰油の温度をミリ秒単位で一定に保つ、漆黒に輝く『定温熱対流ブースター天ぷらシステム』が完成した。
さらにアリスは、引き出しから醤油、出汁、みりんを取り出し、黄金比でブレンド。大根をエレンの超高速おろし(4,000 rpm)で雪のように細かく削り出し、冷たい「特製極上天つゆ」も用意した。
◇
「よし、エレン! 具材の下処理完了。深海の怪物(※ただの新鮮な大エビです)、黄金の大地(※サツマイモ)、風の若葉(※大葉)を、弱アルカリ衣にディップして! 揚げシーケンス、起動よ!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
ジュワァァァァァァァァァッ!!!!!
バチバチバチバチバチッ!!!
エレンがエビを油に投入した瞬間、台所から凄まじい高熱放電のような、小気味よい大音響が響き渡った。
定温熱対流ブースターが作動し、油の温度は180℃から0.1℃すら下がらない。
エビの表面の水分が一瞬にして相転移(蒸発)し、衣の中に含まれる炭酸ガスのマイクロバブルがパッと膨張。瞬時に「サクサクのデンプン結晶層(衣)」へと生まれ変わっていく。
台所中には、極上のゴマ油と、エビの頭から抽出した濃厚な甲殻類の香ばしい匂いが、暴力的な熱風となって爆発的に広がった。
エレンはチタン製の長い箸を両手に持ち、
「ハッ! セイ! ホイサー!」
と、大腿四頭筋のバネを活かしたジャイロ体幹コントロールで、油の中で踊るエビやサツマイモを、ミリ秒単位の完璧なタイミングで次々と黄金の衣を纏った「宝石」へと引き上げていく。
◇
その頃。
シルバーストーン家の台所の窓の外。
前回の「ステルス爆撃グライダー(第63話)」の大誤解から命からがら生還し、すっかりこの没落屋敷の「QOLデバッガー(兼お掃除お庭番)」として正式雇用されている元・超一流隠密アルド。
彼は、支給されたお気に入りのサウナハット(第51話仕様)を被り、庭の草むしりをしていたが、窓から漂ってきた「あまりにも香ばしい、理性を塵にする匂い」に引き寄せられ、ふらふらと窓を覗き込んだ。
その瞬間、アルドの全身の毛穴が恐怖と興奮で開き、顔面が土気色に染まった。
「お、おい……嘘だろ……。奴ら、ついに台所で、世界の終焉を告げる兵器の製造を始めたぞ……!」
アルドの視界に入ってきたのは、
薄暗い台所で、ゴォォォォ……と不気味に熱気を吐き出す、漆黒に輝く熱エネルギー圧縮釜(※ただのチタン鍋です)。
その中に湛えられた、摂氏180度の煮え立つ「黄金の熱液体(油)」。
そして、エプロンを締めた小さな悪魔が、笑顔で、不気味な白い酸性泥(※ただの衣です)を纏わせた「深海の怪物(※エビ)」を、バチバチと凄まじい高熱放電音を響かせながら、黄金の液体の中へ次々と放り込んでいる光景。
「あ、あの怪物……液体に入った瞬間、不気味な泡を吐き出し、一瞬で魂を閉じ込める『黄金の硬化結界(衣)』に包まれていく……!」
換気口から、ゴマ油と出汁、そして揚げたてのエビが放つ、
一口啜るだけで胃袋の全神経をバグらせ、強制的に双子の奴隷に仕立て上げるような、あまりにも暴力的で香ばしい匂いが、アルドの鼻腔をダイレクトに貫いた。
「あ、あれは……一口啜るだけで内臓を熱的に破壊し、その魂を黄金の硬化結界で閉じ込めて、一生双子の奴隷として固定化する、暗黒経口高熱殺兵器――『サーマル・ゴールド・デス』だ……!!!!!」
アルドは、あまりの圧倒的な旨そうな(※恐ろしい)匂いに、口からよだれをダラダラと垂らし、白目を剥いて窓ガラスにへばりついた。
「ひ、ひぃぃぃ! 脳が、脳のニューロンが、あの香ばしい匂いだけで完全に洗脳されていくぅぅぅ!! 食いたい、いや、殺される! でも食いたいぃぃぃ!!」
「こら、アルド。そこでよだれを垂らして何をしているの?」
ガラッとアリスが窓を開けた。その手には、おでこにヘッドランプを輝かせた(第45話仕様)アリスが、揚げたてで「サクサク」と音を立てる黄金のエビ天を箸で挟んで持っていた。
「ひ、ひぃぃぃ! 殺戮兵器『サーマル・ゴールド・デス』の直撃だあああ!」
「うるさいわね。はい、デバッガーのアルド、試食の時間よ。お口を開けなさい」
「お、お赦し……むぐっ!?」
アリスが、問答無用でアルドの口に、アツアツのエビ天を放り込んだ。
アルドは、己の人生の終わりを覚悟して目を閉じた。
だが、次の瞬間――。
サクッ……。
「――はぅ、ひぃぃぃぃぃぃん!!!???」
およそ超一流の隠密とは思えない、脳の芯からとろけた奇怪な絶叫がアルドの口から漏れ出た。
「な、なんだこれは……! 歯を当てた瞬間、羽毛のように軽い衣が『サクッ』と信じられない軽快な音を立てて崩壊し、次の瞬間、中から深海の怪物のプリップリの身が、凄まじい熱量と極上の甘みを伴ってジュワッと溢れ出してきたぞ……!!!」
さらに、アリス特製の冷たい天つゆに浸したサツマイモ天を口に放り込まれる。
「あ、冷たいおつゆと、ホクホクで濃厚なサツマイモの甘みが……口の中で冷熱のパーフェクト・マリアージュを起こしている……! 脳が、脳みそが、このサクサクの結晶層に完全にコーティングされて、QOL完全降伏だああああ!!!」
アルドは、よだれと涙をダラダラと流し、白目を剥いて庭の芝生の上にゴロゴロと転がり、完全に昇天した。
◇
その夜。
コタツ(地熱床暖房仕様)を囲む、シルバーストーン家の一同。
中央の大皿には、エレンの神速クラフトによって美しくうず高く積まれた、黄金に輝くエビ、サツマイモ、大葉の天ぷらが並んでいた。
「おや、アリス、エレン。これはまた、信じられないくらいサクサクで、香ばしいお料理だね」
エドワードが目を輝かせ、天つゆに大根おろしをたっぷり溶かして、エビ天を一気に口へと放り込んだ。
ハフ、ハフハフ……サクッ!!!
「「「ーーーーーっっっっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」」」
エドワードもレイラも、一口食べた瞬間、大脳新皮質にカラフルな衝撃を叩き込まれ、言葉を失った。
「なんという美味さだ……! 衣が信じられないくらい軽くて、油っこさが1ミリもない! そしてこのエビの甘み! 没落貴族シルバーストーン家、本日をもって、天ぷらの虜として完全に支配されました!」
「ええ……! このサクサクした大葉の食感、まるでお口の中で春の妖精たちがダンスをしているようだわ! 双子様、今すぐこれをおかわり、あと100個揚げて頂戴!」
「「ふふふふ……」」
お互いのツルツルキューティクルの髪を揺らしながら、
「QOLの完全勝利ね、アリス!」
「ええ、エレン。外カリ中トロ、定温熱対流ハックの完全勝利よ!」
と、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、すっかり天ぷらの虜となってサウナハットを被ったアルドが、
「あの黄金の硬化結界(衣)……実にQOLが高い……」
と、幸せそうな笑顔で、木製のお掃除ロボ(第36話)と並んで庭の片付けをしていた。
新章を迎えたシルバーストーン領には、目に見えない「極限の高分子化学・熱力学技術」と、隣領の貴族たちを「一口食べるだけで魂が黄金の結界に閉じ込められて双子の奴隷にされる、恐るべき暗黒兵器の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




