第62話:耳の奥に響く脳髄フォーマット(と、脳内の記憶情報を直接物理消去する超音波ブレイン・イレイザー)
「……アリス、聞こえる? 私の外耳道(耳の穴)の奥深くで、昨日入った地熱温泉(第30話)の水分が、体温によって生温かく蒸発し、耳垢のデンプン質および脂質と結託して、QOL(生活の質)に対する深刻な『ゲリラテロ』を敢行しているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、同一の意識を共有している私の右脳の奥でも、その『耳の奥がゴロゴロ、湿気で痒い』という不快なパルスを受信して、全神経が苛立ちの限界(しきい値)に達しているわ。せっかく全身のキューティクル(第40話)を整え、衣服もハルシオン風シーツ(第47話)で無菌化したのに、外耳道の中が不衛生だなんて、美少女双子としてのアイデンティティ崩壊の危機よ!」
領地合併によって異世界唯一の「QOL巨大観光特区」へと生まれ変わったシルバーストーン領。
その本拠地たる没落(元)屋敷のリビングにて、コタツ(地熱床暖房仕様)に潜り込んだ銀髪の双子は、脳内の専用回線をかつてない「耳かき渇望熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
睡眠、風呂、飯をハックしてきた二人が、日々の生活の隅にあるこの「地味だが耐えがたいストレス」を見過ごすはずがない。
「いい、エレン。耳かきはね、単に物理的に掻き出すだけじゃダメ。人体の外耳道は、鼓膜に向けて緩やかなS字カーブを描いており、皮膚は非常にデリケートよ。目指すは、前世のあの、耳の奥がゾクゾクと痺れるような『極上耳かき&吸引お掃除マシーン』のDIYよ!」
「異議なし! アリス、脳内CAD(設計図)を送信して。身体能力と精密加工は、私の『人間型マルチアクチュエーター』に任せなさい!」
二人の『二心同体』が、耳鼻咽喉の解剖生理学と音響学、そして流体力学の極致へと完全同期した。
同じ魂を分かつ双子だが、その特殊能力のアプローチは完全に対称的だ。
姉のアリスは【理論・設計・分子計算】。彼女の脳内は、物理化学の複雑な相転移や、流体力学の数値流束、さらには人体の神経伝達物質の挙動までをリアルタイムでシミュレートする超高性能スパコン。
妹のエレンは【実技・精密加工・物理演算】。アリスが脳内で導き出した数式や限界値を、一ミリ、いやナノメートル単位の狂いもなく、肉体のジャイロセンサーと魔力で物理干渉・具現化する人間NC旋盤だ。
「まずは視覚の確保よ。第45話の幾何光学技術を応用した『超極細・LED光る非球面レンズ耳かき棒(チタン製)』を設計したわ。エレン、光ファイバーの役割を果たす極細ガラス管をチタン棒の中心に通して!」
「オッケー! 私の『超精密魔力クラフト(120,000 rpm)』、出力開始よ!」
エレンの指先から、バチバチと精密な魔力火花が散る。
アリスが共有視界に投影した「外耳道保護用の安全ストッパー付き極細チタンニードル」の3D設計図に沿って、エレンは真鍮の塊から極細のチタン合金棒をナノ精度で削り出していく。
「次は、こびりついた耳垢を優しく剥がす『音響剥離システム』よ!」
アリスの脳内黒板に、音響学の超音波振動の公式が展開される。
「エレン、魔の森の極小水晶(ピエゾ素子)をハックして、正確に28kHzの超音波微細振動をチタン棒の先端に伝えなさい。この周波数の疎密波は、皮膚組織に一切のダメージを与えず、耳垢と外耳道皮膚の間の境界摩擦をゼロにし、耳垢をフワッと物理的に浮き上がらせるわ!」
「了解! ピエゾ素子の振動幅、正確に5μmで固定したわ!」
「そしてトドメは、浮いた耳垢を無音でシュルルと吸い取る『超小型・静圧サイクロン吸引機』よ!」
アリスが流体力学の王道、ベンチュリ効果の公式を脳内に書き殴る。
P₁ - P₂ = 1/2ρ(v₂² - v₁²)
「空気の密度をρ、流速をvとした場合、流路を極端に絞ることで超高速の流速 v₂を生み出し、圧力差P₁ - P₂による強力な局所真空(負圧)を発生させるのよ。これで、剥離した耳垢を一切のファンノイズ(騒音)なしで、無音でシュルルとサイクロン状に吸い取るわ!」
「最高よアリス! からくり真空ポンプの吸気バルブ、極限まで絞り込むよ!」
一人が「流体・音響・解剖シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&精密組み立て(ハード)」。
二人の超絶連携により、コタツのテーブルの上には、極細のチタン針の先端から妖しく青いLED光を放ち、キィィィィン……と耳にはほとんど聞こえない超音波のハミングを歌う、禍々しくも美しい『シルバーストーン式・超音波吸引耳清掃機』が完成した。
◇
「よし、エレン。テストスリープ(耳かき)よ。私の膝の上に頭を乗せなさい」
「きゃっはー! 待ってましたアリス! 膝枕、ロックオン!」
エレンが嬉々としてアリスの細い太ももに頭を乗せ、横向きになる。
アリスはおでこに、第45話のヘッドランプ(LEDサーチライト仕様)を輝かせ、共有視界に耳かき棒の先端カメラから送信される「エレンの外耳道(超拡大3D映像)」をリアルタイムでAR表示した。
「エレン、動いちゃダメよ。鼓膜まであと8mm、これから『音響剥離』と『ベンチュリ吸引』を同時起動するわ」
「ラジャー、アリス。いつでも耳の奥をフォーマットして!」
アリスがにやりと不敵に笑い、キィィィィン……と不気味に鳴るチタンの細針を、エレンの耳の穴へとゆっくり挿入していった。
◇
その頃。
前回の「極上たこ焼き(第60話)」のあまりの美味しさとQOL温泉サウナ(第61話)の誘惑に屈し、シルバーストーン家の「QOLインフラ・専属デバッガー兼お庭番」として正式に雇用されたばかりの元・超一流隠密、アルド。
彼は、支給されたサウナハットを誇らしげに被り、庭の掃除を終えてリビングの窓から中の様子を伺った。
その瞬間、アルドの全身の毛穴が恐怖で開き、持っていたホウキが雪の上にカランと落ちた。
「お、おい……嘘だろ……。奴ら、ついに身内にまで……!」
アルドの視界に入ってきたのは、
薄暗いコタツの部屋で、おでこに「太陽のような第3の目(※LEDヘッドランプ)」をギラギラと輝かせた少女が、
もう一人の少女を膝枕で拘束し、
手にした、キィィィィィン……と脳髄を物理的に直接震わせる不気味な細い金属針(※耳かき棒)を、笑みを浮かべながらエレンの耳の穴の奥深く、すなわち「脳の直前」へと突き刺している光景。
さらに、その不気味な針の隙間から、パチパチ、シュルルルル……と、何かを吸い出す不気味な無音の負圧音が響いている。
「あ、あの針……先端が妖しく青く光っている……! ま、間違いない……!」
アルドは恐怖で顔面を土気色にし、自分の頭を抱えてガタガタと震え出した。
「あれは、人間の頭部に細い針を突き刺し、超音波の破壊パルスを脳細胞に直接送り込んで、これまでの記憶や自由意志を分子レベルで直接物理消去する、精神消去装置『ブレイン・イレイザー』だ……!!!!! あのエレンという妹……、逆らう意志をすべて脳内から強制フォーマットされ、双子の姉の都合の良い操り人形(奴隷)に書き換えられているんだ……!!!」
これまでの地殻変動兵器(温泉)や、空中急襲揚陸要塞に続き、
ついに、身内の脳細胞の記憶情報すらも日常的にお気楽に物理消去し、完璧な奴隷へと改造していく双子の絶対的な支配。
「ひ、ひぃぃぃ! 逆らったら……次は私の脳が……あの針で完全にフォーマットされ、温泉とビールの記憶を消されてただの草むしり人形にされるぞォォォ!!!」
アルドが恐怖のあまり、窓から飛び退いて庭の草むらの中に真っ逆さまに突っ込もうとした、その時。
ガラッ!
窓が勢いよく開き、耳がツルツルになって昇天気味の笑顔を浮かべたエレンが、
「あ、アルド見っけ! ちょうど良かったわ、アリス、デバッガー(テスター)のアルドがそこにいるよ!」と叫んだ。
「ひ、ひぃぃぃっ!? お、お許しください魔王様! 私の脳髄を、どうか初期化しないでくださいぃぃぃ!!」
「何を言ってるのよ、アルド。温泉やサウナに入り浸っているせいで、あなたの耳の穴、弱アルカリ性の温泉成分と耳垢で大変なことになってるわよ。さあ、大人しく『QOLデバッグ(耳かき)』を執行されなさい!」
「セィッ、ハッ、ホイサー!」
エレンが驚異的な肉体制御で、暴れるアルドの襟首をひょいと掴み、コタツの上の座布団へとダイレクト・マウント。
「う、うわああああ! 殺される! 私の、私の一生が、あの青く光る針で消去されるのだあああ!!」
「動かないで、アルド。外耳道の形状をスキャンしたわ。音響剥離システム、出力 20%、ベンチュリ吸引、起動よ!」
アリスが、暴れるアルドの頭を太ももで優しく(物理的パワーで)固定し、
キィィィィン……と鳴るチタンの針を、アルドの耳の穴へとそっと差し入れた。
アルドは、己の人生の終わりを覚悟して目を固く閉じた。
だが、次の瞬間。
「――ふあ、はぅ、ひぃぃぃぃぃぃん!!!???」
アルドの口から、およそ超一流の隠密とは思えない、脳の芯からとろけた奇怪な絶叫が漏れ出た。
チタンの先端から放たれる28kHzの超音波。
それが、耳の奥のこびりついた耳垢を、皮膚から物理的に「フワッ」と、まるで重力を失った綿毛のように浮かび上がらせる。
その瞬間、外耳道に走る迷走神経がダイレクトに刺激され、大脳新皮質に向けて「ゾクゾクとする未体験の快感パルス」が津波のように押し寄せた。
さらに、ベンチュリ効果による無音のサイクロン吸引が、浮いた耳垢を「シュルルル……」と、一切の皮膚摩擦なしで優しく、完璧に吸い取っていく。
「な、なんだこれは……! 脳が、脳の奥が、温かく、そしてゾクゾクと痒いところに手が届くような……! 脳みそを直接、極上のシルクのブラシで優しく撫でまわされているかのような、とてつもない快楽(QOL)だ……!!!」
「あ、あ、頭がとろけるぅぅぅぅぅ!!! 記憶が……いや、ストレスが消えていくぅぅぅ!!」
あまりの気持ち良さに、アルドは涙とよだれをダラダラと流し、白目を剥いてコタツの上で完全に昇天した。
「ふふふ、デバッグ完了ね。これでもう片方の耳もやるわよ、アルド」
「アリス、彼の脳内ドーパミン分泌量が平時の400%を突破してるよ! 大成功ね!」
お互いのキューティクルツヤツヤの髪を揺らしながら、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと走る木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭に落ちたアルドのホウキを拾い上げ、所定の位置に片付けていた。
新章を迎えたシルバーストーン領には、目に見えない「極限の音響工学・流体力学技術」と、隣領の貴族たちを「逆らったら耳の穴から脳を直接フォーマットされて操り人形にされる、恐るべき精神消去装置の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




