第61話:お気楽スパイの終活(と、QOL温泉サウナ天国による完全降伏・専属庭師デバッガー雇用)
「もう殺してくれ! いや、死ぬ前であっても構わん、その高熱爆弾(たこ焼き)を一口……一口だけでも、この干からびた胃袋に恵んでくれぇぇぇ!!」
しんと静まり返ったシルバーストーン家の庭。
そこに、泥水と大粒の涙、そしてよだれにまみれた隣領の超一流隠密が、スライディング土下座をキメながら突撃してきた。
ここ数週間、彼を襲い続けたのは、双子の悪魔的QOL(生活の質)ハックの暴力だった。
窓から漂い、彼の満腹中枢をナノメートル単位でハッキングし続けた「極上醤油ラーメン(第57話)」、理性を塵にした「特製カレー(第54話)」、そしてトドメとなった、外カリ中トロの「極上たこ焼き(第60話)」の圧倒的に香ばしいゴマ油と出汁の二重螺旋。
胃袋も精神も臨界点を突破した彼は、ついにその隠密としてのプライドを自らシュレッダーにかけ、双子の前に全面降伏を訴え出たのである。
エプロン姿のアリスとエレンは、チタン製の千枚通しを持ったまま、お気楽に彼を見下ろした。
二人の役割分担は、本日も完璧に同期している。
姉のアリスは【理論・設計・分子計算】。彼女の脳内は、物理化学の熱力学サイクルから、人体の生理学、脳内伝達物質の分泌量までをリアルタイムで逆算する超高性能シミュレーター。
妹のエレンは【実技・精密加工・物理演算】。アリスが脳内で導き出した設計値と化学平衡の数値を、寸分の狂いもなく肉体のジャイロセンサーと魔力で物理干渉・具現化する人間型マルチアクチュエーターだ。
「あら、美味しそうな匂いにつられた、野良の隠密さんね」
アリスがフッと不敵な笑みを浮かべる。
「エレン、重度のアドレナリン過剰と、慢性的な低栄養による焦燥状態よ。まずはこの迷子のスパイさんを、庭の地熱温泉(第30話)に直接デリバリーして、サウナ(第51話)による自律神経系の強制リセット(ととのい)を執行するわ!」
「オッケーアリス! 物理による極楽強制連行、ロックしたわ! セイッ、ハッ、ホイサー!」
エレンが驚異的な肉体制御で、倒れる隠密の襟首をひょいと掴み、時速80kmの爆速で庭のサウナコテージへと運搬した。
◇
「ひ、ひぃぃ……! 殺される……! ついに私の魂が、地殻変動兵器(温泉)で溶かされるのだ……!」
怯える隠密を、エレンは弱アルカリ性硫黄泉の湯船にダイレクト・シュート。
「ふあああっ!? な、なんだこの、身体を包み込む暴力的なぬくもりは……!?」
アリスの熱力学シミュレーションが、隠密の皮膚表面温度を瞬時にスキャンする。
湯から皮膚への熱伝達率qの公式はこうだ。
q = h(Twater - Tskin)
(エレン、彼の皮膚熱伝達係数hが急上昇しているわ。血管が拡張し、副交感神経が優位になりかけている。今よ、彼をサウナ室へ放り込み、遠赤外線効果がカンストしたデス・マウンテンの極上サウナストーン(第51話)に温泉水をぶっかけなさい!)
(了解! 『ロウリュ・熱気対流物理ハック』!)
エレンがサウナ石に水をかけると、一瞬で過熱水蒸気が発生。
「ごふっ!? あ、熱い! いや、心地よい……! 身体の芯から、これまで溜まりに溜まった任務のストレスと冷え性が、汗と共に分子レベルで絞り出されていく……!」
極めつけは、サウナから上がった彼をエレンが水風呂にぶち込み、仕上げにゴンドラ(第48話)のふかふかベッドに寝かせた瞬間だった。
「これが、これが世界の終わり……いや、天国(QOL)だ……!!」
大脳新皮質からドーパミンとβ-エンドルフィンが洪水のようにあふれ出た隠密は、涙を流して完全に精神をノックアウトされた。
そこへ、アリスが焼き上げたアツアツのたこ焼きと、キンキンに冷えたビール(第6話仕様)が差し出される。
ハフ、ハフハフ……ゴク、ゴク……プハァー!!!
「う、美味すぎるぅぅぅ!! 外側がパリッとしているのに、中から溢れ出す濃厚な出汁! そして冷たい泡の出る黄金の液体が喉を焼く! 私はもう、隣領の薄暗い宿舎には戻れません! 没落貴族シルバーストーン家、本日をもって、私の一生をQOLに捧げます!」
「ふふふ、QOL完全降伏ね。いいわ、あなたを我が家の『QOLインフラ・専属デバッガー(テスター)』兼『お庭番(防犯・庭師)』として正式雇用してあげる。適正な給与と、このふかふかベッド付きよ。名前はそうね、適当に『アルド』と名付けましょう!」
「「ふふふふ……」」
こうして、かつて超一流と謳われた隠密は、シルバーストーン家の「サウナハットを被った専属庭師」として、笑顔で庭の草むしりとお掃除ロボ(第36話)のメンテナンスを始めるのだった。
◇
数日後。
すっかりQOLの虜となったアルドは、アリスの部屋に設置された「ドラム式FAX(第41話仕様)」の前に立っていた。
「アリス様、エレン様。雇い主である隣領の伯爵に、私の『任務完了(終活)』の手紙を送りたいのですが、この紙を吸い込む魔導具を使ってもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。ただし、ちゃんと送信同期用の電磁石(第41話)をアクティブにしてね」
アルドは真剣な表情で、
『温泉最高!ビールうまい!サウナととのう!QOL完全降伏!私は庭師になりました!』
という、ただの近況報告が書かれた紙をFAXに挿入した。
チチチチチチチチチ!!!パチパチパチパチッ!
青い魔力の火花を散らしながら、アルドの書いた文字が電磁波へと変換され、隣領の伯爵の館に設置された受信機へと送信された。
◇
その頃、隣領の伯爵の執務室。
「チチチチチ……」と不気味な金属音を立てて動き出した真鍮の機械から、吐き出された一枚の紙。
それを受け取った伯爵は、額から滝のような冷や汗を流し、全身をガタガタと震わせていた。
「お、おい……嘘だろ……。我が領が誇る超一流の隠密が……」
伯爵の視界には、黒い煤(点画)で印刷された、かつての忠臣のメッセージ。
だが、恐怖に囚われた伯爵の脳内フィルターを通ると、それはまったく別の意味に翻訳された。
『温泉最高!ビール(洗脳毒液)うまい!サウナ(熱風兵器)ととのう(精神崩壊完了)!QOL(シルバーストーンの絶対精神支配)完全降伏!私は彼らの歩兵(操り人形)になりました!』
「ひ、ひぃぃぃぃっっっ!!! あの不気味な真鍮の機械から吐き出された文字……! FAXの文字から、不気味な『精神破壊パルス』が出ているぞ! 超一流の隠密が、一言も抗わずに洗脳精神呪術に完全に屈服させられておる……!!」
さらに、伯爵は報告書の「温泉」という文字を見て、顔面を土気色に染めた。
「間違いない……。逆らったら、我が領ごと地下の地熱温泉(地殻変動兵器ガイア・バスター)で地底から強制的に溶かされる……! あの双子の魔王に目を付けられたら、我が領は一日で溶岩の海に沈められるのだ……!!」
「お、お赦しください、双子の魔王様……! 温泉と、あのビールの配給だけはどうか許してくださいぃぃぃ!!」
生存本能が限界を突破した伯爵は、戦う意志を1ミクロンも残さず、
自ら領地を丸ごとシルバーストーン家に無償割譲・合併する旨の「降伏・合併申請書(FAX仕様)」を、涙を流して送信し返すのだった。
◇
数日後。
シルバーストーン領は、隣領を丸ごと飲み込み、面積が3倍に拡大。
領地の中央には、
「サウナコテージ」「ビール醸造プラント」「極上醤油ラーメン横丁」、そして縦横無尽に走る「魔導サイクリングロード」が融合した、
異世界唯一の『QOL巨大観光エンタメ特区』が爆誕し、新たな幕が上がった。
特区の入り口で、お揃いのサイクルジャージを着た銀髪の双子が、新章のマップを前にハイタッチを交わす。
「QOLの完全勝利ね、アリス!」
「ええ、エレン。次は、合併した領地の地熱を全て繋いで、領地全体をカバーする『超巨大床暖房グリッド』をDIYしましょう!」
「「ふふふふ……」」
窓の外では、月明かりの下、新たに雇用されたアルドが、ガシャガシャと走る木製お掃除ロボ(第36話)と肩を並べ、
「このサウナハット、実に通気性が良くてQOLが高い……」
と、幸せそうな笑顔で庭の雑草を掃き清めていた。
新章を迎えたシルバーストーン領には、目に見えない「極限の熱力学・繊維化学・流体力学技術」と、隣領の貴族たちを「逆らったら国ごと溶かされる、恐るべき双子の魔王の噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




