第60話:漆黒の鉄板に躍る丸い星(と、一口で人間の内臓を熱的に破壊して奴隷化する暗黒経口高熱爆弾ボール)
「……アリス、聞こえる? 私の、前世は関西人の血を引いていたはずの遺伝子(DNA)が、冷凍庫(第34話仕様)の底からあの深海の魔獣『クラーケン(※ただの巨大タコ、第52話仕様)』の余り肉を発見した瞬間、大脳基底核から『ソースと青のり、そして熱々のハフハフ』を求めて凄まじい暴動を起こしているわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、同一の意識を共有している私の前頭葉も、お寿司(第52話)の次に到達すべき『タコQOL(生活の質)』のロードマップを完全に描いているわ。そう……あの外はパリッと香ばしく、中はトロリと溶け出す黄金の球体――『極上たこ焼き』を、今夜この台所に召喚するのよ!」
シルバーストーン家の台所。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。その知識と異世界のチート能力を駆使してお気楽なQOLを貪る双子は、すでにお揃いのエプロンをキュッと締めて戦闘態勢に入っていた。
二人の役割分担は完璧だ。
姉のアリスは【理論・設計・分子計算】。彼女の脳内は、複雑な相転移や有機化学、分子の結合状態をリアルタイムでシミュレートするスーパーコンピュータ。
妹のエレンは【実技・精密加工・物理演算】。アリスの描いた設計図を、肉体のジャイロと精密な魔力制御でミリ以下の狂いもなく現実化する超高性能マルチアクチュエーター。
「いい、エレン。たこ焼きはね、熱力学における『熱容量』の完全なコントロールが必要よ。熱容量C、質量m、比熱cの公式はこうよ」
C = mc
(市販の薄い鉄板じゃ、冷たい生地を流し込んだ瞬間に温度が急低下して、デンプンの膜が破れてベチャッとしちゃうわ。目指すは、驚異の蓄熱性と熱伝導率のバランスをハックし、熱が均一に伝わる半球状の窪みが等間隔に並んだ『チタン製たこ焼き用ハニカムプレート(たこ焼き器)』よ!)
(オッケーアリス! 設計図ロックしたわ。私の『超精密魔力クラフト・3Dハニカム切削モード(120,000 rpm)』で、チタンの塊を流体力学的に最も効率よく熱が対流する半球に削り出すよ!)
エレンの指先から、バチバチと凄まじい魔力火花が放たれた。
キィィィィィィィン!!!!!
大気を切り裂く超高周波の魔力カッター。エレンはアリスが共有視界にAR(拡張現実)投影した「三次元等高線熱対流ガイド」に沿って、チタンプレートに直径40mm の半球の窪みを正確に24個、削り出していった。
「次は生地の分子ハックよ!」
アリスが小麦粉、出汁、そして卵をボウルに並べる。
「エレン、たこ焼きの『外カリ中トロ』を実現するには、デンプンの『アルファ化(糊化)』と『二段階温度ドロップ(熱移動制御)』を組み合わせるの。生地がプレートに触れた瞬間、表面の水分を瞬時に相転移(蒸発)させて硬い結晶化層を作りつつ、内部は熱が通り過ぎる前に水分をデンプン高分子の網目の中に閉じ込めて、摂氏 85℃のトロトロ状態(糊化温度)をキープするのよ!」
「了解! 焼き工程における、ミリ秒単位の物理演算は私に任せなさい!」
さらに、アリスは界面化学の真髄を披露する。
「お楽しみのトッピング、まずは『自家製マヨネーズ』よ。卵黄、レモン汁、オリーブオイルを物理的攪拌力で完全に乳化させ、コロイド粒子を安定化させるわ。エレン、攪拌速度5,000rpmで一気に乳化させて!」
「私のこの右腕が、今、超高速遠心エマルションミキサーと同調したわ! セイ! ハッ! ホー!」
エレンの右手が残像すら置き去りにする超神速で泡立て器を往復させると、分離していた油と酸が一瞬で真っ白な、とろりとした至高の極上マヨネーズへと変貌を遂げた。
さらに、トマトやリンゴなどの果実(第29話の温室仕様)を煮詰め、醤油と黒砂糖、出汁をアリスの黄金比でブレンドした「特製甘口たこ焼きソース」も完成した。
◇
「よし、エレン! たこ焼きプレート、地熱床暖房火力を最大に接続! 焼きシーケンス、起動よ!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
ジュワァァァァァァァァァッ!!!!!
油を引いたチタンプレートに、エレンが白い生地を一気に流し込む。
台所中に、ダシと醤油、そしてカカオバターにも似た濃厚な油の香ばしい匂いが爆発的に広がった。
エレンは両手に細い真鍮製の千枚通しを握り締め、
「ハッ! セイ! コロコロ! クルクル!」
と、大腿四頭筋のバネを活かしたジャイロ体幹コントロールを発動。
アリスが脳内で(右から3番目、温度上昇率0.5℃/sを検知、今すぐ90度回転させて!)と叫ぶと、エレンの両手が神速の残像となって、半球状の生地をくるり、くるりと、物理法則を無視した美しさで完璧な真球へと丸めていく。
◇
その頃。
シルバーストーン家の台所の窓の外。
前回の「アルマゲドン・グリッド(第50話)」の恐怖から這々の体で生還し、執念で双子の監視を再開していた隣領の超一流隠密は、
その窓から覗く不気味すぎる「謎の儀式」に、全身の毛穴から冷や汗を噴き出させていた。
「お、おい……嘘だろ……。あ、あいつら、今度は台所で、一体どんな悪魔の爆弾を生成しているんだ……!?」
隠密の視界には、
台所のテーブルの上に置かれた、丸い不気味な「穴」が等間隔に空いた、漆黒に輝くチタンの鉄板(※ただのたこ焼き器です)。
その鉄板から、ジュワァァァ……と不気味な音が響き、
千枚通しという名の細く鋭い拷問器具を両手に持った少女が、
白目を剥くほどの超高速(残像仕様)で、ドロドロの「白い酸性液(※ただの生地です)」を丸く固め、
その中心に、深海の魔獣クラーケンの「呪肉(※ただの冷凍タコです)」を次々と封じ込めていく光景。
「あ、あの丸い球体……鉄板の上でパチパチと弾け、妖しく輝いている……。ま、間違いない……!」
隠密は、恐怖でガタガタと歯を鳴らしながら、窓ガラスにへばりついた。
その瞬間、換気口から、デンプンがアルファ化し、ソースとマヨネーズ、そして削りたての鰹節が熱々のチタンの上で焦げた、
人間の理性を分子レベルでダイレクトに破壊する、あまりにも暴力的で罪深い「極上の香り」が、彼の鼻腔を直撃した。
「ぐ、ふっ……!? お、美味しい……いや、なんだこの匂いは……! 匂いを嗅いだだけで、私の、私の胃袋の理性が粉々に砕け散り……、あの丸い球体を口の中に放り込みたいという狂暴な支配欲(衝動)に脳が乗っ取られていくぅぅぅ!!」
隠密は、口からヨダレをダラダラと流しながら、自分の頭を抱えて地面に狂い転げた。
「あ、あれは……一口啜るだけで人間の脳の神経系をバグらせ、その旨味の虜にして一生双子の奴隷に仕立て上げる、暗黒の経口高熱爆弾――『サーマル・ブラスト・ボール』だ……!!!!! あの丸い弾丸を一口でも食わされたら最後、内臓から熱的に焼き尽くされ、魂までハックされるのだァァァ!!!」
ただの「外カリ中トロたこ焼き」なのだが、隠密にとっては、他国の防衛騎士たちを一瞬で餌付けして奴隷にする「洗脳高熱爆弾」にしか見えなかった。
あの強烈に香ばしい匂いに誘われ、隠密は泡を吹き、よだれをダラダラと地面に垂らしながら、新雪(または草むら)の中に真っ逆さまに卒倒し、そのまま気絶して夜の闇の中へと這い逃げていくのだった。
◇
その夜。
コタツ(冷却送風モード)を囲む、シルバーストーン家の一同。
中央には、青のりと鰹節がユラユラと踊り、極上の自家製マヨネーズと特製ソースをたっぷりまとった、外側が黄金色に輝く「アツアツのたこ焼き」がうず高く積まれていた。
「おや、アリス、エレン。これはまた、不気味なほど丸くて、信じられないくらい美味しそうな香りのするお料理だね」
エドワードがじゅるりと生唾を飲み込みながら、竹串(エレンが削り出したチタン製)を伸ばす。
「まあ……! このダンスをする鰹節(※熱による対流です)の美しさ……。早く口に運ばせて頂戴!」
レイラも目を輝かせ、家族全員で熱々のたこ焼きを一気に口へと放り込んだ。
ハフ、ハフハフ……! ズ、ズゴッ……!
「「「ーーーーーっっっっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」」」
口に入れた瞬間、パリッ!と小気味よい音がしたかと思えば、
次の瞬間、アリスの『二心同体』熱力学計算が弾き出した、摂氏85℃のトロトロの濃厚出汁生地が、
口の中で一気に爆発(相転移)し、口内を優しく、そして暴力的な旨味で満たしていった。
さらに、噛み締めたクラーケン(タコ)の肉から、深海の上品なタウリンと旨味がじゅわぁぁっと溢れ出し、
自家製マヨネーズのまろやかな酸味と、果実ソースの甘みが完璧なエマルションとなって、大脳新皮質を完全支配した。
「なんという……なんという美味さだ……! 外側のパリッとした食感から、一瞬で中から溶け出す濃厚なスープ! そしてこの弾力のあるクラーケン肉! 没落貴族シルバーストーン家、本日をもって、たこ焼きの虜として完全にQOLを支配されました!」
エドワードがハフハフと涙を流し、冷たいエール(第30話仕様)を喉に流し込みながら叫ぶ。
「ええ……! この酸味と甘みのソース、お口の中が幸せのカーニバルだわ! 双子様、今すぐこれをおかわり、あと50個焼いて頂戴!」
レイラも上品さを完全にかなぐり捨て、凄まじい勢いでたこ焼きを口に運んでいた。
「「ふふふふ……」」
お互いのツルツルキューティクル(第40話)の髪を揺らしながら、
「QOLの完全勝利ね、アリス!」
「ええ、エレン。外カリ中トロの完全物理ハックよ!」
と、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに台所の床にこぼれたわずかなデンプンの粉を掃き清めていた。
領内には、目に見えない「極限の高分子化学・界面化学技術」と、隣領の貴族たちを「一口食べるだけで魂がとろけて双子の奴隷にされる、恐るべき悪魔のサーマル・ブラスト・ボールの噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




