第59話:激流を征く銀の矢(と、あらゆる防衛要塞の土台を一瞬で侵食液化させる水力破砕ハイドロランチャー)
「……アリス、聞こえる? 私の喉が、あの夏祭りの屋台で握りしめた、キンキンに冷えて結露したガラス瓶の感触を思い出して、大脳基底核から『炭酸とクエン酸の超高圧噴射』を求めてストライキを起こしているわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の扁桃体も、コーラ(第42話)の次なる炭酸QOLとして、あの透き通るような甘みと、ビー玉がカラランと涼しげな音を立てる『極上ラムネ』、あるいは『三ツ矢サイダー』を今すぐ胃壁に流し込めと狂暴なパルスを送信し続けているわ!」
シルバーストーン家のリビング。
地熱床暖房コタツ(第30話仕様)を夏仕様の地熱温泉冷却送風モード(第49話)に切り替え、涼しい風を満喫しながらも、銀髪の双子は脳内の専用回線をかつてない「シュワシュワ渇望熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識とチート能力をQOL(生活の質)の向上だけに注ぎ込む双子にとって、「冷たいラムネを飲む」という目標は、いかなる軍事作戦よりも優先される絶対正義だった。
だが、あの爽快なラムネを作るには、高圧で二酸化炭素を溶かし込むための「極上の天然炭酸水(酸性塩水)」が必要だ。アリスの魔力地質スキャンによると、その水源は隣領との境界にある険しい「ドラゴンの涙渓谷」の最深部、人間なら一瞬で木っ端微塵になる激流の底に自噴しているという。
「いい、エレン。渓谷の激流を征するには、水との摩擦抵抗(形状抵抗および粘性抵抗)を物理的にハックする必要があるわ。流体力学において、流れの乱れ具合を示すレイノルズ数Reの公式はこうよ」
Re = ρvd/η
(ここでρは水の密度、vは流速、dは代表長さ、ηは水の粘性係数よ! 渓谷の激流はReが臨界値を超えて完全に『乱流領域』に達しているわ。普通に突入すれば、船尾に発生する『カルマン渦』のせいで凄まじいドラッグ(抵抗)が発生し、岩に叩きつけられて沈没するわね!)
(最高ねアリス! 乱流をねじ伏せ、カルマン渦を消滅させる……これこそ物理の出番だべ! 愛車スプリンター(第28話仕様)の足回りをパパッと組み替えて、アイアンスパイダーの魔導カーボンとチタンプレートを積層した、岩にぶつかっても傷一つつかない超軽量カヤック『シルバーストーン・ハイドロ・バレット』を錬成するよ!)
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先が、ガラクタ置き場のチタンパイプを前に、パチパチと凄まじい魔力火花を散らした。
キィィィィィィィン!!!!!
エレンの指先から放たれる、ナノ精度放電カッター。
アリス(理論・設計・分子計算担当)が共有視界に投影した「流体力学フィン(船尾のカルマン渦を抑え込むための整流板)」の3次元設計図に沿って、エレンはチタンプレートをコンマ数ナノメートル単位の精度で研ぎ澄まし、組み立てていく。
さらに、アリスは「境界流体ハック」の化学式を脳内に展開した。
「エレン、仕上げは船底への『スライムジェル(第26話)』の超撥水・親水交互マルチコーティングよ! 水分子を分子間力(ファンデルワールス力)レベルで弾き飛ばし、船体と水との接触界面における摩擦抵抗を物理的に『実質ゼロ』にするのよ!」
「任せなさい、アリス! 私の『超精密魔力クラフト・ミクロ積層スプレーモード(120,000 rpm)』で、船底に10nm の均一な皮膜を定着させてあげる!」
一人が「乱流・界面抵抗シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電積層&物理アタッチ(ハード)」。
双子の超絶連携により、わずか数時間で、流線型の鋭利な魚のように鈍く光る、重量わずか5kgの超軽量高速カヤック『シルバーストーン・ハイドロ・バレット』が爆誕した。
◇
数時間後。
ゴォォォォォォッ!!! と大気を震わせる轟音と共に、白泡を立てて荒れ狂う「ドラゴンの涙渓谷」の激流。
そのスタート地点に、お揃いのスクール水着風ラッシュガード(母様デザイン・第25話の極薄スライム防水加工製)を着た銀髪の双子が、カヤックを小脇に抱えて立っていた。
「よし、エレン。ラムネ収穫シーケンス、起動よ! 船底超撥水皮膜、アクティブ! 船尾カルマンフィン、ニュートラル!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
バシャァン! と渓谷の激流にカヤックを投げ込み、二人が飛び乗る。
次の瞬間、渓谷の物理法則が完全にメルトダウンした。
シュババババババババババッ!!!
「「――ひょおおお! 水の上を滑るどころか、氷の上を滑るバターみたいよ!!」」
アリスが計算した「境界流体ハック」が完璧に作動。
超撥水皮膜によってカヤックの船底は水に「濡れる」ことすら拒絶し、摩擦抵抗は文字通りゼロに。
激流の凄まじい位置エネルギーが、すべてカヤックを前進させる推進力へと変換される。
カヤックは、一滴のしぶきすら周囲に弾き飛ばしながら(完全撥水効果)、無音かつ時速80キロという弾丸スピードで、剥き出しの岩を「フッ」と物理法則で滑るようにかわしながら、大爆走を始めた。
エレンはパドル(チタン製)を握りしめ、
「ハッ! セイ! ホー!」
と、時速80キロで迫り来る岩壁をミリ単位でかわす、驚異のジャイロ体幹コントロールを披露。
アリスも脳内で「右前方、レイノルド数10,000の渦を検知! フィンの角度を左に3度調整!」と、リアルタイムナビゲートを絶叫していた。
◇
その頃。
渓谷の崖の上、切り立った岩陰。
双子の「不老不死薬(※ただのペニシリン、第34話)」や「神罰蓄電ランチャー(第35話)」の恐怖から這々の体で生還し、隣領の山岳防衛隊50名と共に、双子の進行をここで阻止しようと息を潜めていた超一流隠密は、
望遠鏡から見えるその光景に、全員が白目を剥いて岩肌にひれ伏していた。
「お、おい……嘘だろ……。あ、あいつら、今度は渓谷の激流を、一体どんな地獄の殺戮兵器で蹂躙しているんだ……!?」
山岳防衛隊の隊長が、恐怖で歯をガタガタと鳴らしながら絶叫した。
彼らの視界には、
人間なら一瞬で激突して肉片になるはずの、落差30メートルの巨大な滝(激流)。
そこを、一条の銀色の矢のように、一切の摩擦音も、水しぶきすらも上げず(超撥水)、
「無音」かつ「時速80キロ」という、生物の限界を超えた弾丸スピードで、岩を物理法則を無視して「スサササッ!」と滑るようにかわしながら爆走していく双子の姿。
カヤックの船首からは、激流を裂いたことによる、高圧の鋭い水流(※ただの船首波です)が、レーザーのように前方の岩を真っ二つに削り飛ばしながら放たれている(※ただの水圧です)。
「ひ、ひぃぃぃっっっ!!!???」
隣領のスパイは、あまりの「超物理兵器」の起動に、腰を抜かして失禁した。
「ま、間違いない……! 奴ら、水流の摩擦抵抗を完全に消滅させ、激流のエネルギーを推進力に変えて爆進する、水陸両用の超高速水力破砕戦車――『ハイドロ・バスター・カヤック』を実戦投入しおった……!!!!! あの船首から放たれる超高圧の水流を浴びたら最後、我が領のどんな堅牢な石造りの岩城も、一瞬で土台から侵食・液化されて崩壊するぞォォォ!!!」
ただの「お風呂上がりの美味しいラムネのための炭酸水採掘カヤック」なのだが、防衛隊にとっては、大陸中の要塞を一瞬で水に溶かして消滅させる「終末の水力大破砕兵器」にしか見えなかった。
あのカヤックが隣領の防衛線に突撃してきたら最後、すべての防壁は一日でただの泥水へと還元されるのだ。
「お、お赦しください、激流の魔王様……! 我が領の砦を……どうか水に溶かさないでくださいぃぃぃ!!!」
山岳防衛隊50名と、限界を突破したスパイは、戦う意志を1ミクロンも残さず、
全員が持っていた槍や弓を渓谷に投げ捨て、ただの炭酸水を水筒(第43話仕様)に詰めてホクホク顔の双子に向かって、涙を流して崖の上で土下座し、命乞いを始めるのだった。
◇
数時間後。
シルバーストーン家のリビング、コタツ(冷却送風モード)。
カチカチに凍らせた氷(第7話仕様)がぎっしり詰まったボウルの中に、
自作のガラス瓶に入れられ、中にガラスのビー玉が「カララン」と涼しげな音を立てる、出来立ての「シルバーストーン特製・ハチミツレモンラムネ」が並んでいた。
ポチッ、とビー玉を押し込むエレン。
シュワァァァァァッ!!! と、心地よい炭酸の泡が吹きこぼれる。
「「いっただっきまーす!!」」
ゴク、ゴク、ゴク……プハァー!!!
「う、ひょおおおおおおお!!! 喉が! 喉がQOL完全降伏と叫んでいるわ、アリス!」
「素晴らしいわエレン! 境界流体ハックによる炭酸水採掘は、理論値を遥かに超える『喉越しエントロピー』をもたらしてくれたわ。科学の完全勝利ね!」
お互いのツルツルキューティクル(第40話)の髪を揺らしながら、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭に落ちたわずかなクエン酸の粉を掃き清めていた。
領内には、目に見えない「極限の流体力学・界面化学技術」と、隣領の貴族たちを「城壁を一瞬で水に溶かす、恐るべきハイドロ・バスター・カヤックの噂」が、優しく、そして最高にお気楽に広がり続けるのだった。




