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第52話:波涛を越える海の翼(と、深海から魔獣を召喚する超音波潜水母艦)

「いい? エレン。日本人の魂、それはお寿司よ。新鮮な白身に、脂の乗ったトロ。そして磯の香り漂うアツアツの蒸し牡蠣に、旨味が凝縮されたカニ……! 内陸領地でのQOLがどれだけ上がろうとも、この『海の幸の不在』だけは、元理科教師(にして生粋の食いしん坊)としての私のQOLポートフォリオにおいて、最大の機会損失と言わざるを得ないわ!」

「激しく同意するわアリス! 温泉(第30話)もサウナ(第51話)も最高だけど、お風呂上がりに食べるのがイモと干し肉(第29話)なんて、私の筋肉が『もっとアミノ酸豊富なシーフードを寄越せ!』ってハンガーストライキを起こしかけているわ! ルナ湖(第44話)のフォイラーを大改造して、今すぐ本物の塩の海へ進出よ!」


シルバーストーン家の地下工房は、いつになく「磯の香り(への狂おしい渇望)」で満ちていた。

内陸のシルバーストーン領からはるか数キロ、隣領を挟んだ先にある広大な海洋領域。そこは荒波と魔獣が支配する危険地帯だが、お寿司を食べたい双子にとっては、ただの「超巨大な回転寿司のレーン(セルフサービス)」に過ぎなかった。


今回のミッションは、以前ルナ湖で大暴れしたハイドロフォイルヨット(第44話)を海洋仕様へと超絶アップデートし、船酔いと荒波を物理法則で完全に踏みつぶす「無敵の海洋探査漁船」をDIYすることだ。


最大の問題は、海特有の「うねり(船揺れ)」による船酔いである。

いくら双子が『二心同体デュアル・コア』で並外れた平衡感覚を持っていても、三半規管が物理的にシェイクされればQOLは一瞬で消滅する。


「そこでこれよ、エレン。回転体力学の結晶――『魔導ジャイロ安定化装置ジャイロスタビライザー』! フライホイールの角運動量保存則を応用して、波による船体の傾きを100%相殺するわよ!」

アリス(理論・設計担当)が共有視界に、高速回転する巨大な独楽コマのジャイロモーメントベクトルをAR投影する。


 T = I ωΩ


(ジャイロトルクTは、フライホイールの慣性モーメントI、自転角速度ω、および波による歳差角速度Ωの積に比例するわ。エレン、第48話で作った真球度カンストの『水晶ベアリング』を軸受にして、真空密閉したチタン製フライホイールを毎分 8,000 回転で回して!)

(ラジャー! 私の『超精密魔力クラフト(120,000 rpm)』で、分子レベルの摩擦抵抗をゼロにした水晶ベアリングレースを削り出すわ! フライホイールの重量バランスも、0.001 グラムの狂いもなく重心に一致させるよ!)


エレン(実技・精密加工担当)の指先から、バチバチと繊細な魔力火花が散る。

アリスが算出した質量配分グラフに完全同調し、エレンは重たい金属と水晶を瞬時に圧延・切削。

さらにアリスは、海の底に隠れた魚群を見逃さないための「アクティブ・ソナー」の設計を組み立てる。


「海中での音速は約1,500m/s。水晶のピエゾ効果(圧電効果)を利用して、超音波をパルス状に発信。その反射波エコーをドップラー効果を考慮して解析すれば、海面から海底の魚群の動きまで完全に 3D プロットできるわ。ついでに、からくりギヤ(第36話)を応用した『自動撒き餌・爆速揚網ロボ』も甲板に配置しましょう!」

「ヒャッハー! 揚網ロボのギヤ比は 1:300 の超ハイパワー仕様ね! どんなに大物のカニがかかっても、私の大腿四頭筋並みのトルクで秒速で引き揚げてあげるわ!」


一人が「回転体力学&音響工学のリアルタイム解析ソフト」、一人が「高質量ジャイロ成形&超高速からくり巻取りハード」。

二人の息の合ったDIYにより、数日のうちに、ルナ湖のヨットは大改造され、甲板中央に巨大なチタン製の「ジャイロカプセル」を据え置き、船尾に「不気味なラッパ状の音波放射器ソナー」を備えた、双胴海洋船『シルバーストーン・マリン・エボリューション』へと進化を遂げた。



数日後。荒れ狂う大波が牙をむく、隣領の軍港に近い外海。

「……いくわよ、エレン! ジャイロ、ブートアップ!」

「スイッチオン! ケイデンス 8,000 rpm に到達!」


キィィィィィン……!


船体の底深くで、チタン製の巨大フライホイールが無音で高速回転を始める。

その瞬間、高波が船体を横からドォンと叩いた。しかし。


「――おおう! 一ミリも傾かないわ!」

「完璧ね! 水晶ベアリングがすべての衝撃トルクをジャイロ効果でジャスト相殺しているわ!」


普通なら立っていることすら不可能な大時化おおしけの中、ハイドロフォイル(水中翼)によって海面から1m浮かび上がった『マリン・エボリューション』は、まるで鏡の上を滑るように、全く揺れることなく「ツーーーッ」と時速70kmで等速爆走していた。


「さあアリス、ソナー起動よ! お魚ちゃんたちをロックオン!」

「了解。アクティブ・ソナー、送信ピン!」


――ピン……。

――ピン……。


海中に、不気味な、だが極めて澄んだ金属的な音波が放たれる。

アリスの共有視界には、海底の様子が瞬時にマッピングされた。


「前方200mに、脂の乗った最高級アジの巨大な群れ! さらに海底の岩棚に、殻幅 30cmクラスの『タラバ風大カニ』のコロニーを発見したわ!」

「自動撒き餌、シュート! からくり揚網ロボ、射出!!」


ガシャン! カチャカチャカチャ!

真鍮製のからくりロボが、物凄い勢いで撒き餌(アリス特製・魚が狂乱するアミノ酸カプセル)を放り込み、クモの糸で編んだ超強靭な網を海中へ投下。

次の瞬間、揚網ロボの超高ギヤが「ギュルルルル!」と爆音を上げて逆回転を始めた。


「きゃっはー! 大漁だべ! アジが300匹、さらに大カニが20匹、岩にしがみついていた巨大タコまで丸ごと揚がってきたわ!」

エレンがウインチを操作し、ピチピチと跳ねる海の幸が甲板の保冷箱(第7話の応用)へ次々と吸い込まれていく。



その頃。

海を見下ろす崖の上に建つ、隣国に睨みをきかせるための「海軍の巨大砦」。

そこの最上階のテラスから、超望遠鏡を覗いていた海軍大将と、前回の火山スキャン(第51話)から心労でボロボロになりながらも双子を追跡していた超一流隠密スパイは、恐怖のあまり完全に呼吸を忘れていた。


「お、おい……何だあのバケモノは……。荒狂う嵐の海を……一ミリも上下左右に揺れることなく、水面から浮いたまま無音で爆走しているぞ……!」

海軍大将が、持っていたワイングラスを落として床に叩き割る。


隣の隠密は、青ざめた顔で望遠鏡にしがみつき、歯をガタガタと鳴らしていた。

「ま、間違いない……! 奴ら、海に向けて、防護結界を直接貫通する『死の超音波ソナー』を放ち、海底の深淵に眠る伝説の魔獣クラーケン(※ただの巨大な大タコです)の脳を精神支配し、生贄として一瞬で召喚・回収しおった……!!」


「な、なんだと……!? 伝説の魔獣クラーケンを……一瞬で手懐け、兵器として配下に置いたというのか……!?」

大将の脳裏に、かつて一国の艦隊を単騎で海の藻屑にしたという超巨大イカや大タコの神話がフラッシュバックする。


「そうです! あの黒い突撃船は、海の揺れを完全に無効化する重力バグシステムと、深海から魔獣を無制限に召喚して他国の軍港を永久に封鎖・殲滅するための、終末の深海潜水母艦『リバイアサン』に違いありません……!!! あの双子、陸と空(第50話)だけでは飽き足らず、ついに全世界の海の制海権を、たった一隻で強奪しにきたのだァァァ!!」


ただの楽しい「お寿司&シーフード調達」なのだが、海軍大将たちにとっては、国家の海防が紙切れのように切り裂かれる「絶望の黙示録」にしか見えなかった。

あの船が一度ピンとソナーを放てば、あらゆる軍艦はひっくり返り、魔獣の群れに胃袋から貪り食われるのだ。


「おのれシルバーストーン……! 争うなど無駄だ、あの魔獣使いの魔女たちに逆らえば、我が国の港は一瞬で魔獣の巣窟にされる……!」


海軍大将はあまりの恐怖と、時速70kmで迫る無音船のプレッシャーに脳のキャパシティが完全に崩壊。

震える手で羽根ペンを握りしめ、

「我が海軍はシルバーストーン家に対し一切の敵対行動を放棄し、全制海権および通行の自由、ひいては軍港の全権を双子様に委譲する――」

という降伏誓約書を涙ながらに書き殴るのだった。



そんな、お気楽な買い出しが「世界の海を支配する潜水母艦」と大誤解されているとは夢にも思わない双子は、揺れが完全にゼロの『マリン・エボリューション』のキャビンの中で、コタツ(地熱床暖房・第46話仕様)にぬくぬくと潜り込んでいた。


テーブルの上に並ぶのは、エレンが神速で捌き、アリスが絶妙な酢飯(第24話のお米応用)で握った、ピカピカに輝く「最高級アジのお寿司」。

そして、からくり窯でジュージューと音を立てて蒸し上がった、肉厚な「大カニの殻焼き」と「アツアツの蒸し牡蠣(レモン添え)」である。


「アリス、このアジのお寿司……脂が甘くて、ワサビ代わりのピリ辛ハーブと合わさって、脳のシナプスが全部とろけそうよ……!」

「ええ、エレン。このカニの身を、お醤油代わりにスタウトビール(第10話)を隠し味にしたタレにつけて食べるの。……ああ、生きてて良かった。これぞ人類のQOLの極致だわ」


「「いっただっきまーす!!」」


荒れ狂う大洋のど真ん中、一ミリも揺れない船の上で、獲れたてのシーフードを貪り食う銀髪の双子。

窓の外では、投げ捨てられた海軍大将の降伏誓約書(※なぜか海を漂ってきたボトルメール)が虚しく波に揺られていた。

双子の「食への飽くなき執念」は、大自然の荒波さえもただのスパイスに変え、異世界の海を最高にお気楽に、そして美味しく支配していくのだった。

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