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第5話:湯気の中にQOLを見た(と、熱力学による極楽風呂)

「……アリス、聞こえる? 私の皮膚が、毛穴という毛穴が、前世の『自動洗浄機能付きユニットバス』を求めてデモを起こしているわ」

「聞こえるわエレン。というか、昨日からずっと首筋がチクチクするのよね。没落貴族の嗜みが『冷たい水に濡らした布で拭く』だけだなんて、理科教師(元)として衛生管理の観点から看過できないわ」


快眠枕で脳がキレッキレになった双子の姉妹は、ついに禁断の領域へと足を踏み入れた。

そう、風呂バスタイムである。


この世界の貴族は、たまに魔法で温めた湯に浸かることはあっても、庶民や没落貴族は基本的に行水のみ。だが、日本人としての魂を持つ成瀬健一(アリス&エレン)にとって、湯船に浸からない人生は「出汁の入っていない味噌汁」と同じだった。


「いい、エレン。お風呂は単なる洗浄じゃないの。浮力、温熱、水圧……この3要素が合わさることで、副交感神経が優位になり、私たちのDIY効率は3倍に跳ね上がるわ」

「異議なし! 身体能力担当として、最高の『五右衛門風呂』をこの庭に爆誕させてみせるわよ!」


今回のターゲットは、ガラクタ置き場の最深部に眠っていた「かつてのワイン醸造用らしい巨大な銅製の樽」だ。


まず着手したのは、熱効率の計算である。

アリスが地面に数式を書き殴る。

「水の比熱容量をc ≈ 4.18J/(g・K) として、この樽の容量なら……エレン、ただ薪を燃やすだけじゃダメよ。必要なのは『煙突効果(ドラフト効果)』を利用した高効率の燃焼炉よ」


「ラジャー! アリスの脳内CAD、受信したわ! 吸気口と排気口の黄金比ね!」

二人の『二心同体デュアル・コア』が加速する。


アリスが「燃焼ガスの流れ」をシミュレートし、エレンがそのガイドに沿って、前回のピザ窯作りで余った耐火レンガを積み上げていく。

「エレン、そこは左に2度傾けて。気流を渦巻かせて滞留時間を稼ぐのよ」

「了解! 『魔力接着・急速硬化モード』! 完璧な空気の道ができたわよ!」


しかし、五右衛門風呂には最大の難関がある。

「直火で熱した釜にそのまま入れば、私たちの可愛い足の裏が『ミディアム・レアのステーキ』になっちゃうわ」

「そこでこれよ、エレン。お手製の『浮き蓋兼、底板すのこ』!」


アリスの設計に基づき、エレンが水に強いヒノキ系の廃材を加工する。

足の裏に伝わる熱を遮断しつつ、お湯の対流を妨げない絶妙なスリット。

アリスが設計図を共有し、エレンが「1ミリの誤差も許さない」精密なカットを行う。2つの視界を重ね合わせることで、もはや定規すら不要だった。


そして、夕暮れ時。

シルバーストーン家の庭の片隅に、怪しげな「煙突付きの巨大釜」が完成した。


「アリス、点火よ! 私の情熱(魔力)を薪に叩き込むわ!」

「落ち着きなさいエレン、急激な加熱は釜を傷めるわ。徐々に……そう、70℃の排気温度を維持して」


数10分後。

釜からは、この世界のものとは思えない「文明の香り」を含んだ湯気が立ち昇っていた。

アリスが指先を浸し、温度を確認する。

「……摂氏 42.5℃。完璧。日本人が最も『ああ……』と言ってしまう黄金温度よ」


「いくわよ、アリス!」

「ええ、エレン。至福の時ね」


二人は同時に、服を(と言っても簡素なチュニックだが)脱ぎ捨て、自作の釜へと滑り込んだ。

足元に沈めた「すのこ」をそっと踏みしめる。


「「…………っっっっっ!!!!」」


声にならない絶叫が、双子の脳内で共鳴した。

お湯の重みが全身を包み込む。

一日の工作で凝り固まった筋肉が、熱エネルギーによって物理的に解きほぐされていく。

水圧によって末梢血管が広がり、血液が、酸素が、魂が、全身を駆け巡る。


「アリス……これよ。これが欲しかったのよ。没落貴族だろうがなんだろうが、お湯に浸かればそこは帝国ホテルよ……」

「そうね……。水の屈折で自分の足が2本に見えるけど、共有視界のせいで4本に見える……。この『どっちがどっちの足かわからない感覚』も、今は心地よいわ……」


二人の意識は、あまりの多幸感に溶け合いそうになっていた。

が、そこに前世の「不摂生な趣味人」としての本能が、鋭く割り込んできた。


「……ねえアリス。足りないわ」

「分かっているわエレン。……『アレ』よね?」


二人は同時に、湯船から上がった後の「乾いた喉」を想像した。

この極上の風呂上がりに、ぬるい水。……それは拷問に等しい。


「……麦よ。麦を探すのよ、エレン。ホップは裏山で見かけた気がするわ」

「そうね。このお風呂を完成させた今、私たちには『冷えた黄金の液体ビール』を作る義務があるわ」


そのまま二人は、のぼせる寸前までお湯に浸かり、将来の「異世界醸造計画」について熱く(物理的にも)語り合った。

数時間後。

「またあの子たちが庭で煮えているわ……」と遠い目をする母親に、双子は揃って「お母様、次はサウナを作りましょう!」と、ツヤッツヤの肌で提案するのだった。


没落貴族シルバーストーン家。

そこが、異世界で最も「肌年齢が若い場所」になるまで、あと一歩。

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