第4話:安眠への招待状(と、禁断の蕎麦殻マクラ)
「……アリス、聞こえる? 私の頸椎が悲鳴を上げているわ」
「聞こえるわエレン。というか、意識が共有されているんだから、その『バキバキ感』はダイレクトに私の脳にも届いているわよ」
シルバーストーン家の朝は、爽やかな鳥のさえずりと、凄まじい体の凝りから始まる。
没落貴族の寝具はひどいものだった。煎餅どころか、もはや「石板」に近い薄いマットレスに、中身が何なのか不明なゴツゴツとした枕。
前世、低反発ウレタンと高反発ファイバーの2層構造マットレスを愛用していた俺(成瀬健一)にとって、これは看過できない人権侵害だった。
「いい、エレン。睡眠は人生の3割を占めるの。その三割を妥協することは、人生の3割をドブに捨てるのと同じよ」
「異議なし! 理科教師、兼、DIY愛好家として、この『眠りの質』を劇的に改善しましょう!」
二人は同時に、寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がった。
今回のターゲットは、日本人(前世)の心の拠り所、そして安眠の代名詞――『蕎麦殻風枕』と『ウッドスプリング・ベッド』である。
まず着手したのは、枕の「中身」だ。
この世界に蕎麦があるかは不明だが、領地の倉庫には家畜の餌にするための「謎の穀物の殻」が大量に放置されていた。
「アリス、この殻、硬さといい通気性といい、本家ソバガラに近いわよ!」 「そうね。でも、そのまま詰めちゃダメ。まずは『殺菌』と『脱脂』が必要よ。エレン、大鍋に湯を沸かして。私の魔力で水温を正確に100℃に固定するわ」
アリスが魔力を繊細にコントロールし、温度計なしで完璧な沸騰状態を作り出す。
そこへ、エレンが殻を投入。
「『攪拌モード』! 均一に熱を通すわよ!」
エレンの手が、残像が見えるほどの速さで木べらを回す。これも一つの意識で「加熱」と「攪拌」を別々に管理できる『二心同体』のなせる技だ。
次に挑むのは、枕の「形状」である。
アリスが地面に小枝で人体の骨格図を描き始めた。
「エレン、寝転がって。あなたの後頭部から肩にかけてのラインを計測するわ」
「ラジャー。……あ、アリスの視界が私の後頭部を映してる。これ、自分の後ろ姿を客観的に見るのって、何度やってもシュールね」
アリスは共有視界を利用して、エレンの寝姿勢を三次元的にスキャン。
「理想的な枕の高さは、敷寝具と頸椎の角度が約15度。……よし、設計図完成。エレン、この形に布を縫い合わせて。中央を少し凹ませるのがコツよ」
「任せなさい。私の『神の手』にかかれば、ミシンがなくても完璧なステッチを見せてあげるわ!」
エレンが驚異的な集中力で針を動かす一方で、アリスの意識は「ベッドの底板」へと飛んでいた。
ガラクタ置き場から拾ってきたしなやかな木板(オーク材)を、等間隔に並べる。
「ただの板じゃないわよ。これを少しアーチ状に反らせて設置することで、体圧分散(P = F/A)を実現するの。エレン、仕上げの組み付けを手伝って!」
「了解! 右手で枕の綿入れ、左手でベッドのネジ締めね。余裕よ!」
一人の人間が二つの作業を別々に、かつ完璧な同期で行う。
アリスが構造の歪みをチェックし、エレンが物理的なパワーで固定する。
もはや、見た目は二人の幼女が遊んでいるようにしか見えないが、その内実はおよそ7歳児とは思えない「超高度な生産ライン」と化していた。
そして、夕暮れ時。
シルバーストーン家の寝室に、禁断の装置が完成した。
「……できたわ。エレン、試運転よ」
「ごくり……いくわよ、アリス」
二人は同時に、自作のベッドに身を投げ出した。
「サクッ……」と心地よい音を立てて頭を包み込む蕎麦殻風枕。
そして、適度な反発力で背骨を真っ直ぐに保つウッドスプリング。
「「…………ッ!!!」」
声が出なかった。
頭部を抜ける爽やかな空気。首筋にフィットする完璧な曲線。
そして、体全体の重みがふわっと消えるような浮遊感。
「アリス……これ、ヤバいわ。前世の5万円の枕を超えてるかもしれない」
「ええ……。殻の乾燥度と、私の計算したアーチの弾性が、奇跡のハーモニーを奏でているわ……」
二人の意識が、急速にまどろみの中へと沈んでいく。
「……ねえ、エレン。これ……両親にも……作ってあげなきゃね……」
「……そうね……。でも……今は……1回……リハーサル……5時間くらい……リハーサル……」
そのまま二人は、泥のように深い眠りに落ちた。
数時間後、心配して部屋を覗きに来た母親が見たのは、見たこともないような幸せそうな、それこそ「天使の微笑み」を浮かべて爆睡する双子の姿だった。
翌朝。
「おはよおおおおう! アリス! 世界が輝いて見えるわ!」
「おはようエレン! 脳が! 脳がクリスタルのように澄み渡っているわ!」
完全回復した二人のバイタリティは、もはや制御不能だった。
「この快眠があれば、24時間戦えるわね(教育者として)」
「まずはこの枕を増産して、父様と母様を廃人(快眠の虜)にしましょう!」
没落貴族シルバーストーン家。
そこが、異世界で最も「寝起きの機嫌が良い場所」になるまで、あと一歩だった。




