第42話:脳を溶かす黒い泡(と、ジャンクフードの暴力)
「いい? エレン。人間が健康的な食生活の建前をすべて放り出し、ただ脳が求めるジャンクな欲望のままにQOLを暴走させる瞬間に、最大の幸福が生まれるの。映画(第39話)にポップコーンを添えた私たちは、今やもう後戻りできない暗黒のファストフード・スパイラルに片足を突っ込んでいるわ!」
「アリス、瞳のハイライトが完全に消えて前世の深夜マックを渇望する『ダメな大人の顔』になってるよ! でも、その言いたいことは、私の胃袋と筋肉も完全に同意してるわ! 喉をちぎり去るほどの『炭酸の刺激』と『暴力的な肉汁』を早く私たちのデュアル・コアに叩き込みましょう!」
シルバーストーン家の地下工房。
そこは、第39話で上映された「魔導カラーシネマ」の極上空間をさらに贅沢にするため、銀髪の双子が怪しげな「炭酸ガス高圧飽和器」をDIYする、もはやただの化学実験室と化していた。
今回のターゲットは、喉を鋭く穿つ「強炭酸のクラフトコーラ」、そして滴るチーズと肉汁のコンビネーションが脳を焼き尽くす「ダブルチーズバーガー&フレンチポテト」である。
まず着手したのは、強炭酸水の精製だ。
アリス(理論・化学担当)は、前世の無機化学の知識を脳内から引っ張り出し、炭酸水素ナトリウム(重曹)とクエン酸の反応式を瞬時に計算する。
NaHCO₃ + H⁺ → Na⁺ + H₂O + CO₂
(エレン、発生したCO₂を、ヘンリーの法則(気体の溶解度は分圧に比例する)に基づいて、0℃直前の氷水に『4気圧』の高圧下で一気に溶解させるわよ! 私が圧力損失と気体の溶解平衡のカーブを共有視界にリアルタイム投影するから、そのタイミングに合わせて!)
(了解! 任せなさい! 私の『魔力障壁・高圧シリンダー』で、二酸化炭素の分子を水分子の隙間に無理やり力任せに詰め込んであげる!)
エレン(実技・フィジカル担当)の指先が、ガラクタの金属パイプと耐圧ガラスボトルを組み合わせた「高圧密閉チャンバー」を包み込む。
アリスが脳内のシミュレーターでボトルの内部気圧を監視しながら、
「今よ! 3.8気圧、温度2℃。エレン、そのまま超高速ロータリー攪拌!」
と指示を送る。
エレンの手が、ボトルを秒速30往復という人間離れしたピストン振動でシェイクする。一人が圧力と溶解の「理論限界」を計算し、もう一人が「神速の機械的駆動」を実行する。
二つの視界と感覚が完璧に同期する『二心同体』の連携により、冷水の中にはこれでもかと二酸化炭素が飽和状態で封じ込められ、喉を焼くような「強炭酸水」が完成した。
続いて、コーラの命である「コーラシロップ(スパイス調合)」の抽出だ。
アリスはノースポートで買い溜めたスパイス(シナモン、カルダモン、クローブ、ナツメグ)と、カカオ(第10話)の殻、そしてカラメルを焦がした甘酸っぱいエキスを分子レベルで調合。
「……できたわ。エレン、これと冷やした炭酸水を『1:3』の比率でマリアージュ(混合)よ!」
「いくわよ……シュワワワワッ!!」
グラスに注がれた瞬間、不気味なほど濃密な漆黒の液体が、バチバチと弾ける白い炭酸の泡を巻き上げながら極上の冷気を放ち始めた。
しかし、これで終わりではない。
「ダブルチーズバーガー」の製造ラインが、エレンの驚異のフィジカルによって同時に稼働していた。
領内の最高級牛肉を贅沢にミンチにし、つなぎなしの牛100%パテを、エレンが鉄板に「ジューーーッ!」と叩きつける。
「アリス、ピザ窯をパテ専用の『両面強火グリル』に変更! チーズが最もとろける 80℃の余熱風を循環させて!」
「任せなさい、エレン。チーズのタンパク質が凝固する直前の、最も『伸びる』乳化温度をキープするわ!」
焼き上がった極厚のパテ2枚に、じわっと溶けた黄色いチーズが絡まり、自家製バンズでサンドされる。
さらに、油の中でバチバチとキツネ色に揚がった塩気たっぷりの細切りフレンチポテトがサイドを固める。
夜。
シアタールームとなったコタツ付きの特等席。
暗闇の中、目の前で不気味に輝くスクリーンを眺めながら、双子はテーブルに並んだ「悪魔のセット」に手を伸ばした。
「……いただきます!」
まずは、ダブルチーズバーガーを大きく一口。
ガブッ、と噛みしめた瞬間、あふれ出た強烈な肉汁と、濃厚なチーズのコク、そしてスパイスの刺激が口いっぱいに暴力的かつダイレクトに広がった。
「「う、んまあああああああ!!!」」
そこへすかさず、キンキンに冷えた「黒い液体」を流し込む。
ゴクゴク、プハァッ!!!
「脳が! 脳が溶けるぅぅぅーーー!!!」
アリスがのけぞり、白目を剥いて叫ぶ。
「炭酸のバチバチが肉の脂をすっきり洗い流して、スパイスの香りが鼻を突き抜けていく! 何これ、無限ループが止まらない! 完全に理性がデリートされるわ!」
「アリス、ポテト! ポテトをポイポイ口に放り込んでコーラで流すのよ! ああっ、炭水化物と脂質とナトリウムの三位一体が、私の大腿四頭筋にダイレクトにプロテイン(エネルギー)として蓄積されていくのを感じるわ!」
二人は目を血走らせ、野生動物のようにハンバーガーを貪り、コーラをグビグビと一気飲みして喉を焼いていた。
その様子を、庭の植え込みから息を潜めて監視していた隣領の凄腕隠密は、恐怖で全身の毛穴を直立させていた。
「お、おい……嘘だろ……。あの双子、今度は一体何を始めたんだ……」
彼の視界の先には、闇夜の中で不気味に発光する巨大なスクリーン。そして、そこから流れる大音響。
その前に座る双子は、コップの中で不気味に黒く発泡し、シュワシュワと悪魔のように激しい音を立てる「謎の暗黒薬」を、目をギラつかせながら一気飲みしている。
そして、「脳が溶ける!」と叫びながら、血が滴るような肉の塊を獣のごとく貪り食っているのだ。
「あ、あれは……一口飲むだけで理性を破壊され、脳の芯までその快楽の虜となり、二度とあの黒い液体なしでは生きられなくなる、古代吸血鬼の呪血『ブラック・コカイン・ネクター』だ……!」
スパイの背筋に冷たい汗が流れる。
さらに、シルバーストーンの屋敷から風に乗って漂ってきた、暴力的なまでに美味そうな「焦げたスパイス」と「香ばしい肉汁」の匂い。
その恐るべき芳香がスパイの鼻腔をくすぐった瞬間、彼の脳内麻薬がエラーを起こした。
「ぐ、はっ……! なんという恐ろしい精神汚染兵器……! 匂いを嗅ぐだけで、胃袋が……胃袋が痙攣して、よだれが止まらない……! しかも、あれを食らった者は満腹中枢を永久に破壊され、ブクブクと肉塊のように肥大化して、二度と戦場に立てない身体にされるのだ……。シルバーストーンは、我が領の兵士たちを全員、動けないデブにする気だ……!」
スパイスのあまりにも甘美な刺激と、これまで嗅いだこともない肉汁の匂いに、五感を完全にハッキングされた凄腕スパイ。
彼は「くそっ、私の胃袋が……屈服して……」と涙を流し、口からよだれを滝のように垂らしながら、そのまま至福と恐怖のあまり白目を剥いてガクッと卒倒するのだった。
「ズズズ……。ふぅ、やっぱり映画にはコーラとハンバーガーよね、エレン」
「ズズズー。本当ね、アリス。ジャンクフードの暴力には、どんな強大な魔法も敵わないわ」
シアタールームで映画のスタッフロールを眺めながら、双子はツヤツヤの顔でコタツに潜り込んでいた。
『二心同体』の脳内では、他領の隠密がまた一人、胃袋の欲望に負けて自滅したことなど露知らず、すでに次なる「お気楽極楽なDIY計画」が同期されている。
「アリス、お腹いっぱいになったら、なんだか眠くなってきちゃったね……」
「そうね、エレン。次は……お腹をさすりながら、のんびり領地を眺められる、さらに面白い『趣味のインフラ』を組み立てましょうか」
夜空にバチバチと弾けるコーラの泡のように、双子の野望はどこまでも甘く、そして刺激的に異世界の夜を侵食していくのだった。




