第40話:お肌を救う泡の魔法(と、肉体を溶解して消滅させる白い酸性液)
「……アリス、聞こえる? 私のキューティクルが、この中世風硬水とゴワゴワの衣服の摩擦のせいで絶叫し、頭皮という名の大地が、前世の『アミノ酸系弱酸性シャンプー』を求めて大規模な暴動を起こしかけているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳新皮質も、ここ数日の乾燥による肌荒れのせいで、QOLのインジケーターがかつてないほどレッドゾーンに突入しているわ。温泉(第30話)は最高だけど、石鹸のない入浴なんて、お出汁の入っていない味噌汁と同じ……いや、ただの『温かいお湯での泥落とし』よ!」
シルバーストーン家の穏やかな午後。
コタツ(地熱床暖房仕様)に入りながら、ぬくぬくとハチミツミルクを啜りつつも、双子は脳内の専用回線で「お肌の乾燥」に対する怒りのパルスを送信し合っていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
どれだけ領地が近代化し、ビールや漫画、ゲームが充実しようとも、美少女二人の「デリケートな皮膚」を乾燥と摩擦から守れなければ、真のQOL(生活の質)は完成しない。
だが、この中世風異世界の水はカルシウムやマグネシウムを豊富に含んだ「硬水」。これに普通の油脂と灰を混ぜただけの原始的な石鹸を使うと、水中の金属イオンと結合して「石鹸カス(金属石鹸)」を生成し、お肌を余計にゴワゴワにさせてしまう。
「いい、エレン。お肌を守る界面活性剤はね、水に溶ける『親水基』と、油に溶ける『疎水基』が一本の糸のように繋がった美しい分子構造をしているの。これを硬水に邪魔させずにお肌に届けるため、まずは領地内の水を『軟水化』する簡易浄水・給湯タワーを建設するわよ!」
「最高ねアリス! 大地の硬水を飼い慣らし、泡まみれの極楽を手に入れる……これぞ物理の出番ね!」
二人の『二心同体』が、お肌の水分維持を賭けて、化学と流体力学の極致へと完全同期した。
まずは、硬水を極上の軟水へとハックするための「浄水・給湯タワー」のDIYだ。
「エレン、硬水を軟水にするには、水中のカルシウムイオンCa²⁺やマグネシウムイオンMg²⁺を、ナトリウムイオンNa⁺に置換する『イオン交換』が必要よ。魔の森で採取したあの多孔質ゼオライト風魔石を木炭と交互に敷き詰めて、簡易ろ過フィルターを設計したわ!」
アリス(理論・設計担当)が脳内の3D-CADで、高低差を利用した「サイフォンの原理」と水圧計算(流体力学)による、全高5メートルの給湯タワーの図面を共有視界に投影する。
「アリス、設計図ロックしたわ! ボディは魔の森のアイアンウッドで30分で組み上げるよ!」
エレン(実技・工作担当)が、作業台の上に置かれた丸太に向かって、両手を構えた。
「『超精密魔力彫刻・削り出し旋盤モード(120,000 rpm)』!」
キィィィィィィィン……!
エレンの指先から放たれる、鼓膜を震わせる超高周波の魔力刃。
アリスが投影した青いガイドラインに重ねるようにして、エレンが丸太をナノ精度で削り、ろ過フィルターを敷き詰めた「高架水槽」と、地熱温泉(第30話)の熱を銅管で引き込んで水を温める「自動給湯配管」を瞬時に物質化していく。
一人が「流体の圧力勾配と配管レイアウト計算」、一人が「秒速組み立てロボ(ハード)」。
二人の超絶連携により、庭の隅に、怪しげな真鍮のバルブと不気味な高架水槽を備えた「給湯・軟水浄化タワー」が爆誕した。
次は、お肌を優しく洗う「液体石鹸(シャンプー&ボディソープ)」の化学合成(鹸化)である。
「エレン、カカオバターと、コンビナート(第24話)で精製したヤシ油(ココナッツ風オイル)を大鍋に入れなさい。そこに、植物の灰から抽出した水酸化カリウム(苛性カリ)水溶液を加え、熱反応(鹸化反応)を進行させるわよ!」
アリスの脳内黒板に、トリグリセリド(油脂)と塩基が反応してグリセリンと脂肪酸カリウム(液体石鹸)に分解される化学式が書き殴られる。
C₃H₅(OOCR)₃+ 3KOH → C₃H₅(OH)₃ + 3R-COOK
「エレン、反応時の温度は正確に摂氏70℃をキープ! そして、分離(塩析)が起きないように、分子レベルで均一になるまで超高速で攪拌して!」
「任せなさい! 私の指先、今、時速80kmのロードバイクのケイデンスをも凌駕する『超高速ホイップミキサー(3,600 rpm)』モードに入ったわ!」
エレンがボウルの中に木べら(魔力強化仕様)を突っ込み、残像すら置き去りにする超高速で大鍋の中身を攪拌し始める。
アリスは共有視界で、反応液の「鹸化度」と「pH」をリアルタイムで光学スキャン(スキャニング)し、「エレン、あと3%だけ酸度が高いから、灰の抽出液をあと1滴だけ追加して、攪拌速度を100 rpm上げて!」と指示を飛ばす。
一人が「分子反応シミュレーター(測定器)」、一人が「超高速ナノミキサー」。
夕暮れ時には、不純物を完璧に取り除き、お肌と同じ弱酸性に整えられた、驚くほど滑らかで透明な「シルバーストーン・モイスチャーシャンプー&ソープ」が完成した。
「よし……給湯タワーのバルブ、オン! シャンプーを投入して、泡立てユニット起動!」
「スイッチ、オン!!」
ガチャン、とエレンが給湯タワーのレバーを倒す。
次の瞬間、軟水化された温水が、高架水槽の落差圧によって勢いよくシャワーノズルから噴き出し、アリスが仕込んだ「空気混入ノズル(ベンチュリ効果)」によって液体石鹸と混ざり合った。
パシャァァァ……もこもこもこもこもこもこっ!!!
「「――っっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」」
あまりの泡立ちの良さに、双子の脳内が多幸感でスパークした。
硬水を軟水にしたため、石鹸カスの発生はゼロ。
頭上に設置されたシャワーノズルから、まるで王都の高級サロン……いや、前世の高級ホテルのバスルームのような、お肌を優しく包み込む「もこもこの白い泡」が、シャワーの温水と共に降り注ぎ、高架水槽から溢れ出していった。
「エレン! これ凄いわ! 泡が……泡がシルクのようにお肌を滑るわ!」
「最高よアリス! 髪のゴワゴワが一瞬で消えて、キューティクルが『QOL限界突破!』って天使の輪を描いてるよ!」
庭に設置された簡易シャワーブースの中で、頭を泡まみれにして、もこもこの泡を雪だるまのように体にこすりつけながら、キャッキャと大はしゃぎで笑い転げる銀髪の双子の姿があった。
◇
その頃。
大雪の積もったシルバーストーン家の庭の物陰。
前回の「世界を狂わせる白い呪い胞子(※ただのポップコーンです、第39話)」の恐怖からなんとか這い戻り、這々の体で双子の監視を続けていた隣領の超一流隠密は、その不気味すぎる光景を前に、全身の骨が砕けるような絶望に襲われていた。
「お、おい……嘘だろ……。あ、あいつら、今度は一体、どんな地獄の毒薬を召喚しているんだ……!?」
隠密の視界には、
庭の隅に建てられた、不気味な真鍮のバルブと鉄管が蠢く「巨大な高架水槽(浄水タワー)」の姿。
そして、そのタワーから滝のようにドロドロと溢れ出し、地面を覆い尽くしていく「正体不明の、妖しく脈打つ白い泡の塊」。
さらに、その白い不気味な泡の中で、
頭や全身を「白い溶解液(※ただの泡です)」でドロドロに包み込みながら、狂ったように高笑いしている双子の姿。
「あ、あいつ……泡に包まれているのに、肉体がドロドロに溶けていない……!? い、いや、そうか! あのエレンは、以前(第37話)に吹雪の中でも平気なように『生体改造』を施された、痛みを感じないバケモノなのだ……!」
隠密は、恐怖で全身の毛穴が開き、歯をガタガタと鳴らした。
「つ、ついに奴ら……触れた者すべての衣服と肉体をドロドロに溶かして骨にする、禁忌の白い酸性溶解液『ホワイト・アシッド・アシミレーター』を完成させたぞ……!!! あの高架水槽から、王都に向けてあの白い酸性泡を放流すれば、いかなる城壁も、精鋭の騎士団も、一瞬で溶かされて泥水にされるのだ……!!!」
あの不気味にハネる白い溶解泡。
あれが一滴でも肩にかかったら最後、骨までドロドロに溶かされて、双子のピザ窯の燃料(※ただのピザ窯です)にされるに違いない。
あの甘酸っぱく、脳をハッキングしてくるような香ばしい花の匂いは、嗅いだ者を毒殺するための、悪魔の罠だ。
「に、逃げろ……! ここにいたら、あの白い酸性溶解泡の津波に飲み込まれて、骨までドロドロに溶かされるぞォォォ!!」
隠密は、あまりの「肉体溶解」への恐怖と、鼻をくすぐる上品な石鹸の香りに脳のキャパシティが完全に崩壊し、泡の一滴が飛んでくるのを恐れて、這いつくばりながら雪原の上を這い逃げ、闇の中に沈んでいくのだった。
◇
その夜。
コタツの中で、お肌も髪もツルツル、ピカピカになり、温かいハチミツミルクを飲みながらぬくぬくと暖まる双子。
「ぷはぁー、やっぱり軟水での泡洗顔とシャンプーは、五臓六腑の……じゃなくて、女子力(QOL)の基本ね、アリス」
「ええ、エレン。お肌のバリア機能が完璧に修復されたわ。これで明日の『週刊シルバーストーン』の執筆も、カサカサを気にせず集中できるわね」
「「ふふふふ……」」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに排水溝に流れる泡を綺麗に掃き清めていた。
領内には、目に見えない「極限の界面化学技術」と、隣領を国家崩壊レベルの絶望に陥れる「肉体を骨まで溶かす白い酸性溶解泡の噂」が、優しく、そしてお気楽に広がり続けるのだった。




