第39話:夜を彩る魔導カラーシネマ(と、世界を狂わせる白い呪い胞子ポップコーン)
「いい? エレン。映画とは、単に映像が動くだけでは完成しないの。そこに鼓膜を震わせる『音』が乗り、スクリーンが鮮やかな『色』に染まり、そして何より『塩とバターが絡んだ香ばしいポップコーン』を口に放り込むことで、初めて俺たちのQOLは完全体に到達するのよ!」
「アリス、言ってることはただの食い意地の張った映画オタクだけど、この差動ギヤと偏心カムで映写機と蓄音機を完全に物理同期させる『トーキーシステム』の設計図、時計職人も裸足で逃げ出すレベルの変態技術よ!」
シルバーストーン領の穏やかな夜。
地熱床暖房がぽかぽかと効いたコタツ(第30話)に入りながら、双子は脳内の専用回線で「総合芸術」への執念を爆発させていた。
第13話で5秒の無声アニメーションを、第31話でレコードを作った。だが、それらはまだバラバラのパズル。
「音が完璧に映像とリンクし、しかも白黒じゃなく『フルカラー』で、ポップコーンを食べながら観る。それこそが人類の至高の娯楽よ!」
二人の『二心同体』が、光学工学と食品物理学の極致へと完全同期した。
まずは、映像と音を完璧に同期させる「トーキーシステム」のDIYだ。
「エレン、映写機のシャッターの開閉周期(毎秒24フレーム)と、魔導レコード(第31話)の回転速度(毎分33と3分の1回転)を、アリス設計の『遊星差動ギヤ&偏心カム機構』で直結するわよ。ほんの0.01秒のズレが、キャラクターの口の動きと声のズレ(リップシンク不良)という、映画体験に対する最大の冒涜を生むの!」
アリスが脳内の3D-CADで描いた、幾重にも複雑な歯車が噛み合う超精密ギヤボックスの設計図を、共有視界に投影する。
「アリス、図面ロックしたわ! ボディは魔の森のアイアンウッド、ギヤの刃は王都産の高張力鋼(第19話)ね。私の指先、今から『1ナノメートルの誤差も許さない超精密プロファイル削り出し旋盤』モードに入るよ!」
エレンの手が残像となって動き出す。
キィィィィン……と、大気を微かに震わせる超高周波の魔力刃を指先から放ち、鋼の塊を分子レベルで滑らかな歯車へと削り出していく。
アリスが共有視界で歯車の「噛み合い抵抗」をリアルタイム解析し、「そこ、バックラッシュ(隙間)が100nm多いわ、補正して!」と指示を飛ばすと、エレンが瞬時に魔力圧を調整して平滑にならす。
一人が「リアルタイム干渉シミュレーター」、一人が「ナノ精度放電加工機」。二人の超絶連携により、寸分の狂いもなく完全に回転軸がリンクした「魔導トーキー映写機」が完成した。
さらに、アリスは「カラー映写」を実現するため、魔の森の鉱石から精製した赤・緑・青の「三原色カラーフィルター」を、光の偏光特性を活かしてシャッターと同調回転させる光学スリットを設計。壁に投影された光は、ただの白黒から、息を呑むほど鮮やかなフルカラーへと変貌を遂げた。
「次は、映画館の魂……『ポップコーン』のDIYよ!」
アリスが、領民の子供たちが畑(第29話)で大事に育てた「トウモロコシ(爆裂種)」の豆をボウルに入れた。
「エレン、ポップコーンの爆発はね、熱力学と相転移の美しいドラマなの。爆裂種の極めて硬い皮の内側で、デンプンが熱によって糊化してトロトロになり、密閉された水分が過熱水蒸気となって膨張する。そして、内部の圧力が限界値(約9気圧、摂氏180℃)に達した瞬間――皮が絶縁破壊を起こすように大破裂し、一気にデンプンが膨張してあのふんわりした白い物体になるのよ!」
アリスの脳内黒板に、水蒸気の飽和圧力曲線と膨張圧の公式が書き殴られる。
「任せなさいアリス! 私の指先、今ピザ窯(第2話)の熱対流をコントロールしながら、ボウルの中のトウモロコシに正確に摂氏180℃の熱を満遍なく届ける『魔力サーモ・ポッププレッシャー』モードに入ったわ!」
エレンがボウルを両手で包み込み、優しい、しかし力強い魔力熱を送り込む。
コタツの中で、双子が息を呑んで見守ること数十秒。
パチッ……パパパパン! バババババババババババッ!!!
ボウルの中で、黄金の粒たちが、まるで白い花が咲き乱れるように次々と爆発し、跳ね踊った。
香ばしいバターと塩の香りが、一瞬にして地下工房を満たす。
「やったわ! 破裂率99.8%! 完璧なポップコーンよ!」
「はふっ、もぐもぐ……っ、アリスこれ、塩加減といいバターの乗り方といい、前世のシネコンのLサイズを完全に超越してる!」
◇
その日の夜。
シルバーストーン家の庭に張られた、全幅5メートルの巨大な白いスクリーン(第29話の高分子シート製)。
集まった領民の子供たち(デリバリー隊)に、塩バターポップコーンが紙のコップに入れて配られた。
「さあ……『第一回シルバーストーン・シネマ夜会』、上映開始よ!」
カチャ。
水車の動力を得た映写機が回り出す。レコードの針が真鍮盤に乗り、スピーカーから大音響のファンファーレが響き渡った。
スクリーンの上に、サーチライトのように伸びた光。
そこに映し出されたのは――
鮮やかなフルカラーで、大空を魔動自転車(第28話)で縦横無尽に駆け巡るアリスとエレンの、完全同期された「トーキー・カラーアニメーション」だった。
「「「おおおっ、おおおおおおおおお!!!」」」
子供たちが立ち上がって歓声を上げる。
「音と、絵が、完全に合ってるべ!」
「双子様が……スクリーンの中で本当に喋って、笑ってる!」
子供たちは、バチバチと跳ねる白いお菓子を夢中で口に放り込みながら、目の前の「奇跡」に瞳を輝かせていた。
◇
その頃。
冷え切ったシルバーストーン家の庭の物陰。
脳内をトランス洗脳(※ただのヘッドホンです、第38話)から這い戻り、這々の体で双子の監視を再開していた隣領の超一流隠密は、その不気味すぎる光景を前に、全身の骨が砕けるような絶望に襲われていた。
「お、おい……嘘だろ……。あ、あいつら、今度は一体、どんな地獄を召喚しているんだ……!?」
隠密の視界には、
真っ暗闇の森の中に、妖しく不気味に発光する巨大な「白い壁」と、そこに映し出された、神々の如き色彩で不敵に笑い、大音響の叫び声を上げる「双子の巨大な幻影」の姿。
さらに、その幻影の前に集まった領民たちが、狂ったようにバチバチと不気味な音を立てて弾ける「白い謎の物体(胞子)」を、むさぼるように胃袋へと放り込んでいる。
領民たちの目は血走り、巨大な幻影に向かって「双子様! 万歳! 双子様!」と、奇怪な歓声を上げながら手を振っている。
周囲に漂う、脳を直接ハッキングしてくるような、暴力的で香ばしいバターの匂い。
隠密は、恐怖で全身の毛穴が開き、歯をガタガタと鳴らした。
「あ、あれは……死者の魂を巨大な幻影として現世に強制召喚し、生者を洗脳する禁忌の暗黒魔術『ネクロマンシー・プロジェクション』だ……!!! しかも、領民たちに、一舐めで脳の理性を破壊して胃袋を完全支配する『白い呪いの胞子(※ポップコーンです)』を食わせ、狂信的な奴隷に仕立て上げている……!!!」
あの不気味にハネる白い胞子。あれを一口でも食べたら最後、あの巨大な双子の幻影の操り人形となり、他領へ突撃する肉壁にされるに違いない。
あの暴力的なまでに美味しそうな匂いは、嗅いだ者を引きずり込む、悪魔の罠だ。
「に、逃げろ……! ここにいたら、あの白い呪いの胞子を脳に植え付けられ、死霊の軍勢の仲間にされるぞォォォ!!」
隠密は、あまりの「魂のハッキング」への恐怖と、空腹に訴えかけるバターの匂いに脳のキャパシティが完全に崩壊し、白目を剥いて泡を吹き、夜の雪原の上へと真っ逆さまに卒倒、そのまま気絶して闇の中に沈んでいくのだった。
◇
その深夜。
コタツの中で、お腹いっぱいポップコーンを貪り、温かいハチミツミルクを飲みながら、ぬくぬくと暖まる双子。
「ぷはぁー、やっぱり映画を観ながら食べるポップコーンは、五臓六腑のQOLを限界突破させるわね、アリス」
「ええ、エレン。それに、この差動ギヤの応用で、次はコンビナートの『全自動製本カッター』の同期精度も上げられるわ。漫画の量産スピードがさらに3倍になるわよ」
「「ふふふふ……」」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かにポップコーンの食べこぼしを拾っていた。
領内には、目に見えない「極限の映写技術」と、隣領を世界の終焉レベルの絶望に陥れる「死霊召喚と白い呪いの胞子の噂」が、優しく、そしてお気楽に広がり続けるのだった。




