第38話:虚空に踊る銀色の双子(と、脳内を支配する狂乱の魔導ビート)
「……アリス、聞こえる? 私の脳内プレイリストが、この『無音』という名の砂漠で立ち枯れ、前世の『脳を揺さぶるドンシャリ重低音』を求めて深刻な禁断症状を引き起こしているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、同一の意識を共有している私の大脳皮質でも、BGMなしで深夜の漫画執筆を行う非効率さに、限界値を超えたイライラが爆発しているわ。ロードバイクで峠を攻めるにしても、テンションを極限までブーストする『アニソン』や『ダンスミュージック』がないなんて、QOLを極めた俺たちの美学に対する深刻な冒涜よ!」
シルバーストーン家の静かな昼下がり。
地熱床暖房がぽかぽかと効いたコタツ(第30話)に入りながらも、双子は脳内の専用回線で「パーソナルな音楽環境」への渇望を爆発させていた。
第31話で真鍮レコードとFM送信機をDIYしたものの、あれはスピーカーから音が出るため、チャリで爆走しているときには風の音で聞こえないし、深夜の漫画執筆中に大音量で流せば両親に怒られる。
「必要なのはね、他人に音を漏らさず、自分の鼓膜だけを100%の音圧で支配する『密閉型ヘッドホン』。そして、ポケットに入れて持ち運べる異世界初の『魔導ウォークマン(磁気テープ再生機)』よ!」
二人の『二心同体』が、音響工学と電磁気学の極致へと完全同期した。
まずは、情報を保存する「磁気テープ(カセットテープ)」のDIYである。
「エレン、磁気記録の原理はね、磁性体(強磁性物質)に録音ヘッドの電磁石で磁界を与え、その残留磁化をテープ上に記録することよ。ヒステリシスループ(磁化曲線)を考慮して、録音時には適切な『交流バイアス電流』を乗せる必要があるわ」
アリスが脳内の黒板に数式とBH曲線を書き殴り、共有視界に「磁性粉末の最適塗布厚(約5μm)」をAR投影する。
「アリス、図面ロックしたわ! 媒体は魔の森の『アイアンスパイダーの超極細糸』を何本も平たく並べた特製テープね。ここに、コンビナート(第24話)で精製した『酸化鉄(磁性粉末)』を、蜜蝋と混ぜてナノ単位で均一にコーティングしていくよ!」
「頼んだわエレン! 塗布の厚みにムラがあると、再生時に『ワウ・フラッター(音の揺らぎ)』が発生してJ-POPが台無しになるからね!」
エレン(実技・精密工作担当)の両手が、残像を置き去りにして超高速で動き出した。
エレンの指先は今、1秒間に数万回微振動する「超精密スリットコーター(塗布機)」と同調している。
アリス(理論・設計担当)が、テープの厚みと酸化鉄の密度をリアルタイムで光学スキャン(スキャニング)し、「そこ、右端が100nmだけ厚いわ、削って!」と指示を飛ばすと、エレンが瞬時に魔力圧を調整して平滑にならしていく。
一人が「リアルタイム膜厚測定器」、一人が「ナノ精度コーティング機」。
二人の超絶連携により、真鍮の小さなカセットケースに綺麗に収まる、驚異の超高密度「魔導磁気テープ(カセット)」が完成した。
次は、耳元で音を鳴らす「密閉型ヘッドホン」の製作だ。
「アリス、耳元で鳴らすスピーカーはどうするの?」
「インピーダンスマッチング(抵抗値の整合)と、遮音性を極限まで高めた『密閉型ハウジング』よ!」
アリスがヘッドホンの内部構造図を脳内に展開した。
「ハウジングは魔の森のオーク材を削り出し、内部に遮音・吸音用のフェルト(羊毛)を敷き詰めて『空気室』を設計。振動板には、極限まで薄く鞣した羊皮紙を採用するわ。その中央に、髪の毛より細い銅線を数千ターン巻いた極小ボイスコイルを接着して、永久磁石(ネオジム風魔石)の磁界の中に浮かせるのよ!」
「よし! 私の指先、今から『極小超精密ボビン巻線機』モードに入るわよ!」
エレンが驚異的な肉体制御で、肉眼では見えないほど細い銅線を、直径わずか5mmのボイスコイルに、隙間なく完璧に巻き上げていく。アリスは共有視界でコイルの「巻き数」と「直流抵抗値」をリアルタイムでカウントし、完璧なインピーダンスを保証する。
一人が「音響シミュレーター(ソフト)」、一人が「精密組み立てロボット(ハード)」。
二人の神がかり的な調和により、夕暮れ時には、高級感あふれる木製ハウジングにぷにぷにの合皮イヤーパッド(第26話のスライムジェル応用)をあしらった、至高の密閉型ヘッドホンが完成した。
「よし……起動よ、エレン! カセットをウォークマンに装填、再生オン!」
「スイッチ、オン!!」
カチャ。
真鍮のポータブル再生機の中で、等速回転するギヤ(第36話)が磁気テープを滑らかに送り出す。
次の瞬間、ヘッドホンを装着した双子の脳内に、アリスが前世の記憶から完璧に楽譜へ起こし、魔導ハープとシンセサイザー風魔導具で多重録音した「極上の脳溶かしダンスユーロビート」が、バッキバキのドンシャリ重低音となって鳴り響いた。
「「――っっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」」
あまりの音質の良さに、二人の大脳新皮質が歓喜のスパークを起こした。
「インピーダンスマッチング」と「遮音性」が完璧なため、周囲の雑音は完全にシャットアウトされ、脳内は重厚なベースラインと弾けるシンセの音だけで満たされている。
「アリス! これ凄いわ! 脳に直接低音が刺さって、アドレナリンがダム決壊してる!」
「最高よエレン! これならチャリを漕ぎながらでも、深夜に漫画を描きながらでも、完璧なトランス状態(集中モード)に入れるわ!」
あまりの興奮に、エレンはヘッドホンを装着したまま、無音(周囲には何も聞こえない)の庭先へと飛び出し、
「ハッ! セイ! ホー!」
と、前世で覚えたキレッキレの「パラパラ(または奇怪なステップ)」を、猛烈な勢いで踏み始めた。
室内では、コタツに入ったアリスが、全く同じ音を脳内で共有しながら、カクカクと一定のテンポで首を激しく縦に振り(ヘドバン)、ペンを狂ったように走らせて漫画のプロットを爆速で書き殴っていた。
◇
その頃。
大雪の積もったシルバーストーン家の庭の物陰。
冬の極地適応・生体改造(※ただのインナーです、第37話)から這い戻り、這々の体で双子の監視を続けていた隣領の超一流隠密は、その不気味すぎる光景を前に、全身の血が凍りついていた。
「お、おい……嘘だろ……。あ、あいつら、今度は一体何をしているんだ……!?」
隠密の視界には、
しんと静まり返った無音の庭先で、耳に「黒く不気味な半球状の魔導具」を密着させた銀髪の少女が、
何もない虚空に向かって不敵に頷き、時折激しく首を上下に振り、奇怪なステップで体を痙攣させるように踊り狂っている姿があった。
さらに、屋敷の窓を覗き込むと、
部屋の中にいるもう一人の双子も、同じ不気味な半球を耳に当てたまま、虚空を恐ろしい眼光で睨みつけ、一定の不気味なリズムで頭を激しく振りながら、血走った目で呪いの魔導書(※プロットです)に恐ろしい速度で文字を刻み込んでいる。
周囲には、一切の音が聞こえない。ただ、風の音だけが虚しく響いている。
この「完全な無音」と「双子の狂乱」の異常なギャップ。
隠密は、恐怖で全身の毛穴が開き、歯をガタガタと鳴らした。
「つ、ついに奴ら……虚空(神々の領域)から直接、脳内に『闇の神託(洗脳電波)』を受信しているぞ……!!! 何もない空間に向かって不気味に頷き、狂ったように身体を痙攣させる『降神憑依のトランス状態』だ……!!!」
あの耳の不気味な器具は、世界のどこにいても、見えない電波を介して「魔王の司令」を受信し、自らの身体を強制的に駆動・洗脳するための恐ろしい精神制御端末に違いない。
あの不気味に踊り狂う双子の前には、いかなる国家の軍隊も、一瞬で脳をハッキングされて自滅させられるだろう。
「に、逃げろ……! ここにいたら、あの見えない『闇の神託』に脳を洗脳され、奴らの操り人形にされるぞォォォ!!」
隠密は、あまりの圧倒的な精神ハッキングへの恐怖に、頭を抱えて冬の雪原を這いずり回りながら、狂ったように夜の闇の中へと一目散に逃げ去っていくのだった。
◇
その夜。
コタツの中で、ハチミツミルクを飲みながら、ヘッドホンでまったりとチルアウト系J-POPを聴きながらぬくぬくと暖まる双子。
「ぷはぁー、やっぱりBGMがある執筆作業は捗り方が5倍は違うわね、アリス」
「ええ、エレン。それに、この密閉型ハウジングのおかげで、私たちのQOLは完全に静寂とビートに支配されたわ。これで次の『シルバーストーン・ジャーナル』の締め切りも余裕でクリアよ」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭の落ち葉を掃いていた。
領内には、目に見えない「極限の音響技術」と、隣領を国家崩壊レベルの絶望に陥れる「降神憑依のトランス洗脳の噂」が、優しく、そしてお気楽に広がり続けるのだった。




