第35話:天を怒らせる巨大な凧(と、フランクリンも驚く神罰誘導雷撃ランチャー)
「アリス、聞こえる? 私の鼓膜が、この『ザザー、バリバリ』という不愉快な電磁ノイズのせいで、前世のテレビの砂嵐を見せられているような不穏な精神状態に陥っているわ……」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳皮質も、せっかくの『シルバーストーン・ミッドナイト・グルーヴ(深夜ラジオ)』のハガキ紹介コーナーが、夏のゲリラ豪雨のせいで寸断されて、イライラが臨界点(しきい値)を超えているわ。……ゲリラ豪雨め、私たちの深夜の癒やしを妨害するなんて、万死に値するわよ!」
シルバーストーン家の屋根裏。
せっかく第31話で開局したFMラジオ放送だが、夏の終わりに多発する落雷とゲリラ豪雨のせいで、電波に激しい静電気ノイズが混ざりまくっていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
物理法則を何よりも愛する俺たちにとって、大自然の不規則な放電現象に一方的に娯楽を邪魔されるなど、屈辱以外の何物でもない。
「いい、エレン。雷とは、雲と地上の間に溜まった膨大な静電気が、空気の絶縁限界を超えて一気に流れる物理現象よ。ならば、その電位差をあらかじめ予測して安全に逃がす『避雷針』を作り、ついでにその莫大な電気エネルギーを回収(蓄電)して、ラジオの安定電源にしてやるわ!」
「最高ねアリス! 大自然の怒りをぶんどって、自分たちの娯楽のバッテリーにする……これぞ最高にロックなDIYよ!」
二人の『二心同体』が、電磁気学と気象学の極致へと完全同期した。
まずは、電気を溜めるための「蓄電器」――すなわち『ライデン瓶(簡易コンデンサ)』のDIYである。
「エレン、ガラスの誘電率をε、電極の表面積をS、ガラスの厚みをdとした場合、コンデンサの静電容量Cの式はこうよ」
C = εS/d
アリスが脳内の黒板に数式を書き殴り、共有視界に「ガラス瓶の中にどれだけの極薄金属板を仕込めば、落雷の超高電圧(約1億V)に耐えうるか」の構造シミュレーションを投影する。
「アリス、計算シートは受信したわ! ガラスの厚みが一定じゃないと、電界が集中した場所からガラスが割れる(絶縁破壊が起きる)ね。私の『精密魔力研磨』で、ガラスの内側と外側をナノ単位で平滑にするよ!」
「頼んだわエレン。さらに、ガラクタの銅板を分子レベルまで叩き延ばして、ガラスの内壁に隙間なく密着させて!」
エレンが驚異的な肉体制御で、ガラクタの銅板を指先の魔力圧で0.05mmの箔状にまで均一に圧延加工。
アリスが「電極間の距離(ガラスの厚み)」のムラをリアルタイムで監視し、エレンに「そこ、あと200nmだけ厚く!」と指示を出す。
一人が「静電シミュレーター」、一人が「ナノ単位の電極成形機」。
二人の超絶連携により、地下工房の棚には、不気味に真鍮の端子が飛び出た、完璧な厚みを持つ巨大なガラス瓶(ライデン瓶)の山がズラリと完成した。
次は、雲から電気を直接引き摺り下ろすための「導線」と「凧」の作成だ。
「フランクリンの凧揚げ実験を、異世界の強度素材でアップデートするわ。エレン、魔の森のアイアンスパイダーの糸に、細く引き延ばした銅線を編み込んで、超軽量・超強度の『魔導導線』を織り上げて!」
「了解! 私の指先、今、時速80kmのロードバイクのケイデンスより速く動いてるから余裕よ!」
エレンの手が残像となって織り機を動かし、金属繊維が混ざったギラギラと輝く頑丈な「凧糸」が完成した。
そして、運命の嵐の夜。
ゴゴゴゴゴ……!
ピシャァァァァン!!!
稲光が漆黒の空を裂き、暴風雨がシルバーストーン領を揺らす中、屋根の上に双子の姿があった。
エレンが暴風を受け流すように踏ん張り、金属糸が繋がった全幅3メートルの巨大な凧を、天高くへと放り投げる。
「アリス、風速25m/s! 凧の引っ張り抵抗が私の大円筋を引きちぎりに来てるけど、私の『筋肉ジャイロスコープ』なら余裕でホバリングを維持できるわ!」
エレンが暴風雨の中で笑う。
「素晴らしいわエレン! 共有視界の『電界強度マップ』を表示したわ。雲の底、マイナスの電荷が最も集中しているあの黒い渦の中心に、凧をシュートして!」
アリスはエレンの目を通じて、空中の電位差をリアルタイム解析。
雷雲の中に、金属の糸が伸びた凧が吸い込まれていく。
そして、その糸の末端は、屋根から天に向かってそびえ立つ真鍮の「避雷針」と、屋根裏に並べられた巨大な「ライデン瓶の山」へと直結されていた。
「くるわよ……エレン、衝撃に備えて!」
「いつでもこい!!!」
――ズガガガガガガガガーン!!!!!
天地を引き裂くような凄まじい落雷が、天高くの凧を直撃した。
閃光が、アイアンスパイダーの金属糸を伝い、一条の「光の奔流」となってシルバーストーン家の屋敷へと突き刺さる。
ピシピシピシピシバチバチバチバチッ!!!!
「きゃっはー! 溜まる、溜まるわ! 私たちのライデン瓶に、大自然のフリー素材(電気)が、凄まじいクーロン電荷(Q = C V)として充填されていくわ!!」
アリスが叫ぶ。
落雷の凄まじいエネルギーが、避雷針とライデン瓶の絶縁構造によって完全に制御され、バチバチと青白い閃光を放ちながら、ガラス瓶の中に吸い込まれていく。
雷が落ちるたびに、屋敷全体が青白く発光し、大気中にオゾンのツンとした香りが立ち込める。
科学が魔法を、そして天の怒りすらも完全に調教(DIY)した瞬間だった。
◇
その頃。
大雨に打たれながら、シルバーストーン家の庭の木陰に身を潜めていた隣領の超一流隠密は、信じられない光景を前に、大雨の中で狂ったようにへたり込んでいた。
「お、おい……嘘だろ……。奴ら、ついに……天の怒り(雷)すらも、自らの手下に置いたのか……!?」
隠密の視界には、嵐の夜、豪雨に打たれながら不敵に笑う銀髪の双子の姿。
そして、天から直接伸びる「光の糸(凧糸)」。
落雷が双子の屋根に直撃するたびに、屋根の上の巨大な鉄の針(避雷針)から、地上のガラス瓶へと青い光がバチバチと不気味に流れ込み、ガラス瓶が爆弾のように妖しく輝いている。
「あ、あれは……天の怒りを自在に捕らえ、意図した場所に神罰を落とす古代の気象制御兵器『インドラ・ランチャー』だ……!!! あのガラス瓶の山は、一発で都市を丸ごと消し去る雷の魔力を充填した『雷撃弾』に違いない……!!」
大雨の音が、隠密には世界の終焉を告げるドラムの音に聞こえていた。
天候すら支配し、他領をいつでも焼き尽くせる超兵器の完成。
あまりの「神の領域」への到達と恐怖に、隠密は頭を抱えて泥水の中にひれ伏した。
「お、お赦しください、お天道様……! いや、双子の魔王様……! 我が領を……我が領をどうか焼き尽くさないでくださいィィィ!!!」
隠密は、あまりの圧倒的な破壊力(※ただの静電気の蓄電です)への恐怖と、大雨による低体温症で脳のキャパシティが完全に崩壊し、白目を剥いて泡を吹き、泥水の上へと真っ逆さまに卒倒するのだった。
◇
翌日の夜。
夕立も去り、澄み切った静かな夜空が広がるシルバーストーン領。
『――ハガキ職人の皆さん、こんばんは。深夜2時、ノイズのないクリアな電波でお届けする「シルバーストーン・ミッドナイト・グルーヴ」の時間です。パーソナリティのアリスよ』
『エレンでーす! いやー、昨日の蓄電のおかげで、今日の送信機の出力は通常の3倍! 音質がクリスタルのように澄み渡ってるよ! QOL最高!』
コタツ(地熱床暖房仕様)に入りながら、温かいハチミツミルクを片手にのんきに喋る双子。
ノイズが完璧に消え去り、極上の音質となったラジオ放送が、夜の領内を優しく包み込んでいた。
「アリス、昨日のライデン瓶、まだ電気が余りまくってるね」
「ええ、エレン。次は、この電気を使って、夜の地下工房を太陽のように照らす『エジソン電球』をDIYしましょう。深夜の漫画執筆がさらに捗るわよ」
「「ふふふふ……」」
夏の嵐が去った夜、シルバーストーン領には、目に見えない「知の輝き」と、隣領を世界の終焉レベルの恐怖に陥れる「神罰の噂」が、優しく、そしてお気楽に広がり続けるのだった。




