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第33話:神々の寝室を覗く巨大な眼(と、お空の星を奪い去る魔導ニュートン式望遠鏡)

「アリス、聞こえる? 私の網膜が、この澄み切った冬の夜空を見上げて、前世の理科室のベランダで観た『オリオン大星雲の淡い輝き』を欲して、涙を流しているわ」

「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳新皮質も、ここ数日のゲーム(第32話)のやりすぎで下がった視力を、宇宙の深淵ディープスペースを覗き込むことで回復させろと叫んでいるわ。冬の夜空という天然の超高解像度スクリーンがありながら、それをただの『暗闇』として見過ごすなんて、元理科教師として万死に値する怠慢よ!」


シルバーストーン家の屋根の上。こたつ(第32話)から這い出てきた銀髪の双子は、冬の透き通るような満天の星空を見上げながら、熱いテレパシー(専用回線)を交わしていた。


QOL(生活の質)も娯楽も極限まで高まった今、二人が次に渇望したのは、純粋な「知のロマン」――すなわち天体観測である。

「異世界の月にはどんなクレーターがあるのか、木星には本当に衛星が回っているのか。ケプラーの法則は、この物理宇宙でも通用するのか。確かめずにはいられないわ!」


目指すは、異世界最強の光学兵器……もとい、倍率150倍を誇る「ニュートン式反射望遠鏡」のDIYだ。


「いい、エレン。屈折式のレンズ式望遠鏡は、光がガラスを通るときに色によって屈折率が変わるから『色収差いろしゅうさ』という色にじみが発生するの。だから、今回は光を反射させて1点に集める『凹面鏡おうめんきょう』を使うわ。目指すは、光を一点の曇りもなく焦点に集める、完璧な『放物面パラボラ』よ!」

「オッケーアリス! 理屈は完璧に受信したわ。私の指先、今から0.0001ミリ単位の誤差も許さない『超精密レンズ研磨機』にシフトするね!」


二人の『二心同体デュアル・コア』が、光学と化学の極致へと完全同期した。


アリス(理論・光学設計担当)が、主鏡となる凹面鏡の設計図を脳内でシミュレート。

放物面の基礎方程式 y = x²/4f(fは焦点距離)に基づき、直径30センチの巨大な高透過水晶の表面をどれだけ削れば、球面収差をゼロにできるかの「三次元切削等高線」を計算し、エレンの視界へAR(拡張現実)の青いガイドラインとして投影する。


エレン(実技・精密加工担当)は、ガラクタ置き場から発掘した巨大な水晶の塊を前に、両手を構えた。

「研磨モード、起動! 周波数は100kHzの超音波振動!」


キィィィィィィィン……!


エレンの指先から、大気を微かに震わせる高周波の魔力振動が放たれる。

エレンはその震える手を水晶の表面に滑らせ、アリスが投影したARガイドラインに沿って、コンマ数ミクロン――いや、分子レベルに近い0.0001mm単位の精度で、水晶を滑らかな「放物面」へと削り上げていく。


一人が「光線追跡レイトレーシングシミュレーター」、一人が「超微細ナノ加工機」。

アリスが水晶の屈折と反射角をリアルタイムで監視し、「エレン、そこ、左斜め上から3ミリのエリア、あと300nm(ナノメートルだけ深く研磨して!」と指示を送ると、エレンが瞬時に魔力の振動幅を調整して削り取る。

一瞬の妥協もない二人の連携により、太陽の光すら吸い込まれそうな、極限まで滑らかな「放物面凹面鏡」のベースが完成した。


「ベースはできたわ。次は、光を100%反射させるための『銀鏡反応ぎんきょうはんのう』よ!」

アリスが理科室の実験器具を並べる。

アンモニア性硝酸銀水溶液に、ブドウグルコースを加えて、エレンが削り出した水晶の凹面に塗布。

銀イオンをグルコースの還元力で金属銀として析出させ、ガラスの表面に極薄の純銀の膜を均一にコーティングする、ガチの化学実験だ。


 2[Ag(NH₃)₂]⁺ + R-CHO + 3OH⁻→ 2Ag + R-COO⁻ + 4NH₃ + 2H₂O


「エレン、溶液の温度を40℃で完全に均一にキープして! 反応速度を一定に保たないと、銀の膜が波打って反射が歪むわ!」

「任せなさい! 『魔力サーモスタット・微小熱対流モード』!」


エレンが手のひらから優しい魔力熱を送り、ボウルを一定の温度で揺らす。

やがて、水晶の表面にパッと、驚くほど美しい「鏡」が鏡面として浮かび上がった。自分の顔が毛穴までくっきりと写る、完璧な銀鏡の完成だ。


二人はこの主鏡を、ガラクタの真鍮製パイプを組み合わせて作った巨大な「筒(鏡筒)」の底部にセット。斜めに配置する平面鏡(斜鏡)と、接眼レンズ(アイピース)を組み合わせ、ついに異世界最強の望遠鏡を完成させた。


その全長、実に1.8メートル。大人が抱えるほどの太さを持つ、鈍く輝く金属の大砲のような代物だ。


「よし……設置完了。ファーストライト(初観測)いくわよ、エレン!」

「ごくり……アリス、ターゲット、冬の夜空に浮かぶ赤い巨星!」


双子は屋敷の天窓からその巨大な「金属の筒」を突き出し、嬉々として夜空へと向けた。

アリスが接眼レンズに目を凝らす。その瞬間――。


「……っっっ!!!???」


アリスは絶句した。

視界に広がったのは、前世で観たものとは比べ物にならないほど、大気の揺らぎが少ないクリアな宇宙。

月のクレーターは、まるでその場に立っているかのようにゴツゴツとした岩肌の影を落とし、はるか彼方の木星の周囲には、ガリレオ・ガリレイが発見した「4つの衛星」が、アリスの計算したケプラーの法則通りの軌道でキラキラと輝いていた。


「エレン、見なさい……! 宇宙よ……! 私たちの頭上には、完璧な物理法則の美しさが広がっているわ……!」

「本当だ……! すごい、クレーターがすぐそこにあるみたい! 土星の輪っかもハッキリ見えるよ!!」


二人は代わる代わる望遠鏡を覗き込み、夜空の美しさに大はしゃぎで歓喜の声を上げていた。



その頃。

雪の積もったシルバーストーン家の屋根の下。闇に紛れて、双子の「魔王級技術(※ただのチャリと温泉)」を監視していた隣領の超一流隠密スパイは、屋根から突き出された「巨大な金属の筒」を見上げて、全身の毛穴が恐怖で開ききっていた。


「お、おい……嘘だろ……。奴ら、ついに地上の覇権だけでは飽き足らず、神々の領域(星空)を標的にしたぞ……!」


隠密は、望遠鏡の接眼レンズのきらめきが、星々の魔力を収束して地上を一瞬で消し去る「極超光線レーザー」の銃口に見えていた。大砲にしか見えないその筒が、嬉々として月や星に向けられる様子は、彼にとっては「神々への宣戦布告」そのものだった。


「あ、あれは古代の風系最上位破壊兵器をも凌駕する、星をも撃ち落とす魔導極超光線兵器『デス・スター』だ……!! あの双子、天に浮かぶ星を魔力の弾丸として地上に降らせ、大陸ごと世界を消し去るつもりだ……!!」


ハープの音波洗脳(第31話)や、カードの精神侵食(第32話)に続き、今度は「宇宙規模の質量破壊兵器」。

隠密は恐怖の極限に達し、よだれを垂らし、白目を剥きながら、屋根から転がり落ちて夜の雪原へと走り去った。

「神殿へ……! 神殿へ知らせるのだ! 世界が滅びる前に、神罰の用意をさせなければ、人類はあの子たちに塵にされるぞォォォ!!」



そんな、宇宙規模の「神殺し兵器」と勘違いされているとは夢にも思わない双子は、天窓から顔を出して夜風を浴びていた。


「ぷはぁー! 星空を観ながら飲む、冷たいハーブティーは最高ね、アリス」

「ええ、エレン。次は、この望遠鏡のレンズ技術を応用して、領地の子供たちの授業用の『顕微鏡』を作りましょう。ミクロの世界を見せて、さらに理系脳に改造するのよ」


「「ふふふふ……」」


静寂の夜、シルバーストーン領の空には、目に見えない「知的好奇心」と、隣領を世界の終焉レベルの恐怖に陥れる「巨大な眼」が、優しく、そしてお気楽に光り続けるのだった。

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