第32話:脳を焼く紙切れ(と、徹夜必至の魔導デュエル)
「いい? エレン。人間が最も闘争本能を滾らせ、そして睡眠時間と理性を一瞬でドブに捨てる瞬間、それは『緻密なシナジー(相互作用)』によって対戦相手のライフを削り取るコンボを脳内でコンパイルした瞬間よ! 漫画の次はこれ。脳の極上麻薬、トレーディングカードゲーム(TCG)をこの世界に爆誕させるわよ!」
「アリス、言ってることはただの重度なカードゲーマー(前世の悪癖)だけど、この木と真鍮と水晶でデジタル回路(論理ゲート)を物理的に組み立てる作業、めちゃくちゃパズルみたいで脳汁が出るわね!」
冬の暖炉がパチパチと爆ぜるシルバーストーン家の地下工房。
そこには、銀髪の双子が広げた怪しげな「回路図」と、全自動カラー輪転機によって刷り上がったばかりのピカピカの「紙切れ」が山積みになっていた。
事の発端は、冬の娯楽不足だ。
温泉(第30話)とラジオ(第31話)でQOLは爆上がりしたものの、双子の脳内にある「深夜のゲーム会」への飢えは満たされていなかった。
「なら、自分たちで作ればいいじゃない!」
こうして、二人の特殊能力『二心同体』が、異世界初のTCG『シルバーストーン・クロニクル(SSC)』と、魔導式自動ライフ計算ボードを創り出すためにフル回転を始めた。
まずアリス(理論・ゲームバランス設計担当)が、前世であらゆるTCGを嗜んだ知識と「確率論(二項分布)」を駆使。
「強すぎるカード(壊れ)」が存在しないよう、デッキ構築時の確率とドロー確率の推移を計算。さらにゲーム理論に基づき、先攻・後攻の勝率が完璧に「50.0%」に収束する究極のゲームルールを設計していく。
(エレン、これが『論理演算回路』の物理配線図よ! 水晶の魔力透過特性を利用して、半導体を使わずに『AND』『OR』『NOT』の論理ゲートを構築するわ。これで入力されたダメージを自動加算する『4ビット二進加算器』を木版の上に彫り込んで!)
(ラジャー! 任せなさい。私の『精密魔力切削カッター』で、水晶の中にナノミクロン単位の魔力伝導スリット(配線)を刻んであげる!)
エレン(実技・精密加工担当)の指先が、極小の水晶片を撫でる。
バチバチと繊細な火花を散らしながら、水晶の中にはアリスの設計通り、魔力が通ることでオン・オフが切り替わる「魔導ダイオード」が次々と削り出されていく。
アリスが「数理・論理回路」を脳内で同期シミュレートし、エレンがその通りに物質を物理補正する。
双子の連携は、もはや「人間ファブ(半導体製造工場)」の領域に達していた。
出来上がったのは、厚さわずか1センチの木製のボード。
ライフを示す魔導文字(LED風の光る数字)がハッキリと浮かび上がり、ダメージボタンをポチポチと押すだけで、二進法から十進法への変換回路を介して正確にライフが減算される「魔導ライフカウンター」だ。
そして、同時進行でカラー輪転機から吐き出されていたのは、美しい「カード」たちである。
「魔の森の蜘蛛の糸」を混ぜた超強靭な特殊カード紙に、エレンの描いたハンスや、魔の森のゴーレムたちが格好いい劇画調のイラスト(カラー)で印刷されている。もちろん、男の子が大好きな「キラカード(コールド箔押しホログラム仕様)」もエレンの魔力蒸着技術でバッチリ再現済みだ。
「フハハハ! できたわ! 異世界初の脳破壊ゲーム、爆誕よ!」
アリスが不敵な笑みを浮かべて、仕上がったばかりの「ブースターパック(3枚入り、おまけのチョコ付き)」を掲げた。
数日後。
シルバーストーン領のギルド酒場。そこは、普段の喧騒とは全く異なる「不気味な静寂」に包まれていた。
「……私のターン、ドロー。……アリス様から教わった『ハンス・ビートダウン』デッキの真髄を見せてやる!」
「甘いなトム! その召喚に対して、私は手札からトラップカード『ピザ窯の烈火』を発動! 対象のモンスターをゲームから除外する!」
テーブルを挟んで、泥だらけの作業着を着たハンスとトムが、血走った目で紙切れ(カード)を睨み合っていた。
彼らの横には、ポチポチと赤く輝く「魔導ライフカウンター」が置かれている。
さらに、その対面では。
「な、何だと……!? この『魔の森の蜘蛛』を3体生贄に捧げることで、デッキから『音速の魔動二輪』を特殊召喚できるというのか!?」
「くそっ、手札が足りん……! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ……!」
なんと、隣領からシルバーストーン領の「極超光線兵器(巨大望遠鏡)」を偵察にきたはずの隠密ギルドの凄腕スパイ(現在、一般領民に変装中)と、シルバーストーン家の奇行を心配して王都から偵察に来たはずの騎士団の分隊長までもが、机を並べて必死にカードをシャッフルしていた。
前世のゲームデザイン(TCG)は、娯楽の少ない異世界人にとって「脳への直接攻撃」に等しかった。
アリスが仕掛けた「確率論と心理戦の駆け引き」は、男たちの闘争本能をこれ以上ないほど刺激し、シナジーが決まった瞬間の脳内物質の分泌を極限までブーストしていたのだ。
「もう1ゲームだ! 次こそはそのデッキを叩き潰してやる!」
「望むところだ! パックを追加で5個買って、デッキを強化してくる!」
酒場のレジ横では、エレン特製の『SSC・第1弾ブースターパック』が飛ぶように売れ、売上箱(木箱)が金貨と銅貨で溢れかえっていた。
さらに数日後。隣領の伯爵邸。
隠密ギルドのマスターが、真っ白な顔で伯爵に報告書を差し出していた。
「伯、伯爵閣下……! 大変です! 我が領から送り込んだ精鋭の隠密たち、そして王都の騎士団の偵察隊が……シルバーストーン領で『壊滅』いたしました!」
「何だと!? ついに奴らは、音に聞く『精神破壊兵器』を実戦投入したというのか!?」
伯爵がガタガタと震えながら机を叩く。隠密マスターは首を横に振った。
「いえ、血は一滴も流れておりません……。しかし奴らは、小さな紙切れを握りしめたまま、『俺のターン、ドロー!』『ターンエンド!』と深夜まで叫び続けるだけの、完全な廃人と化しております! さらに『パックの引きが悪いのは神の試練』などと意味不明な供述をしており、戦闘意志は完全にゼロ……! あれは、国家の全戦士の脳を直接ハッキングし、闘争本能を紙切れの中に封印する、悪魔の『知略洗脳遊戯』に違いありません……!」
「お、おのの、恐ろしい……! 剣も魔法も使わず、ただの紙切れで我が精鋭たちを無力化するとは、シルバーストーン家、なんと邪悪な魔女の双子なのだ……!」
伯爵は「シルバーストーン領には絶対に手を出すな! カードがこちらに流入するのを水際で防ぐのだ!」と絶叫し、頭を抱えて蹲るのだった。
その頃、辺境のシルバーストーン領。
屋敷の庭のテラス席で、アリスとエレンはポカポカの地熱床暖房が効いたコタツ(※DIY製)に入りながら、温かいカカオジュースを啜っていた。
「ズズズ……。ふふふ、見なさいエレン、隣領の隠密も騎士団も、みんな私たちのゲームバランス(手のひら)の上で朝まで徹夜デュエルよ。これぞ『不戦にして勝つ』、ゲーム理論の極致ね!」
アリスが悪い顔でジュースを飲む。
「ズズズ。本当ねー。みんなパックを買いすぎて、金貨タワーがもう天井に届きそうだよ。エレン特製のコールドホログラム、大人気だね!」
エレンもニコニコしながら、手元でホロ仕様のレアカードをキラキラと反射させて遊んでいた。
二人の『二心同体』の意識は、すでにこの爆発的なゲーム売上(金貨の山)を使って、さらに趣味のQOLを上げる「次なるDIY計画」へと、お気楽に同期されていた。
(アリス、これだけお金があるなら……次は、冬でも満天の星空をぬくぬく観測できる『あの装置』が作れるんじゃない?)
(ええ、エレン。次は私たちの知的好奇心の集大成……お空の星々を私たちの手の中に引きずり下ろすわよ!)
夜な夜な「ターンエンド!」の雄叫びが響き渡るのどかな領地で、双子のDIY精神は、異世界の文化と財布を完全にハッキングしたまま、さらなるお気楽極楽な領域へと爆走していくのだった。




