第31話:静寂の夜に響くグルーヴ(と、国を揺るがす魔導ポータブルFMステーション)
「……アリス、聞こえる? 私の鼓膜が、この中世ヨーロッパ風異世界の『静かすぎる夜』に耐えかねて、前世の深夜ラジオのノイズ混じりのオープニングテーマを幻聴し始めているわ」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳新皮質でも、第13話で作ったアニメーションに音がない不自然さに、認知のゲシュタルト崩壊を起こしかけているわ。映像と音のシンクロニシティ(同調)が不完全なアニメなんて、ただの目まぐるしいパラパラマンガよ!」
シルバーストーン家の静まり返った夜。
銀髪の双子は、ベッドの上で体育座りをしながら、脳内の専用回線で「エンタメ飢餓」を訴えていた。
「いい、エレン。音の本質は『空気の粗密波』よ。これを物理的に保存し、再生する。さらに、その電気信号(魔力信号)を電磁波(魔導波)に変調して空間に解き放てば……異世界初の『ポータブルFMラジオステーション』が爆誕するわ!」
「最高ねアリス! 深夜にダラダラとQOLの裏話を垂れ流すあの空気感……DIYで取り戻すわよ!」
二人の『二心同体』が、音響工学と電波工学の領域で完全同期した。
アリス(理論・ソフト担当)が脳内の 3D-CAD で設計したのは、エレンが魔の森で拾ってきた真鍮の端材を加工した「魔導録音盤(真鍮レコード)」と、水晶の圧電効果(ピエゾ効果)を利用した「レコード針&スピーカー」だ。
「まずは、私の声を空気の振動から『溝』に変換するわよ! エレン、真鍮盤を毎分33と3/3回転で等速回転させて!」
「了解! 私の左手が、今、クォーツ制御のダイレクトドライブモーターと同調したわ!」
エレンが真鍮の円盤を指先で回し、その回転速度を0.001秒単位で一定に保つ。
アリスが声を出すと、その振動(波形)を脳内で高速フーリエ変換(FFT)し、エレンの右手に「溝の深さと蛇行ベクトル」としてリアルタイム投影する。
エレンは指先から放つ極小の魔力カッターで、真鍮の表面に0.01mm幅の螺旋状の音溝を刻んでいく。
一人が「リアルタイム音声ミキサー」、一人が「高精度カッティングマシン」。
驚異的な連携により、おしゃべりした声がそのまま金属盤に刻み込まれた。
「再生テストよ。針は、この魔の森の極小水晶(圧電素子)ね!」
針が溝をなぞると、溝の凹凸によって水晶に微小な圧力が加わり、電圧(魔力)が発生する。
これをアリスが設計した「電磁誘導アンプ(ファラデーの法則を応用したコイル構造)」で増幅し、羊皮紙で作った簡易スピーカーコーンへと流すと――
『……あー、あー、本日は晴天なり。エレンの大臀筋は今日もパンパンなり……』
「「……おおう!!」」
ノイズ混じりだが、間違いなく自分たちの声がスピーカーから響き渡った。
だが、双子の野望はこれだけでは終わらない。
「エレン、次は『送信』よ! 領地全体に、この音を電磁波として届けるわ!」
「送信機ね! 周波数は……やっぱり『80.0MHz』あたりを狙いましょう!」
アリスは、魔石の出力を高速でオン・オフし、一定の周波数で振動する「搬送波」を作成。
そこに、レコード針から拾った音声信号を重ね合わせて波形を変化させる「周波数変調(FM方式)」の簡易魔法陣を構築した。
f(t) = fc + k・m(t)
この数式を具現化した「魔導ポータブルFM送信機(ガラクタのブリキ缶改)」が、夜のシルバーストーン領の庭に静かに設置された。
受信機は、髪留め用の真鍮ピンに極小の水晶をあしらった、超軽量「魔導ラジオヘアピン」だ。
「さあ……『シルバーストーン・ミッドナイト・グルーヴ』、オンエアよ!」
◇
夜の闇が深い、シルバーストーン領の境界。
隣領の伯爵に雇われ、双子の「国家転覆級兵器(※ただの自転車と温泉)」の調査を命じられていた超一流の隠密は、凍える茂みに身を潜めていた。
ふと、以前シルバーストーン家の庭から盗み出していた「輝く真鍮のヘアピン」が、微かにキィィィンと震えていることに気づいた。
「ん……? なんだこのヘアピンは。……まさか、奴らの新しい通信端末か?」
隠密がそのヘアピンを耳の近くに寄せた、その瞬間。
『――ハガキ職人の皆さん、こんばんは。深夜2時、お布団の中からお送りする「シルバーストーン・ミッドナイト・グルーヴ」の時間です。パーソナリティのアリスよ』
『エレンでーす。今日もQOL高めてる? さて、最初のお便りは「大腿四頭筋のしつこい乳酸が取れません」という、ラジオネーム・ただのプロテインさんから……』
「な、なななな、なんだこれはっ!!?」
隠密は、耳元から直接「脳内」に響き渡る謎の少女たちの声に、全身の毛が逆立った。
周囲を見渡しても、誰もいない。闇があるだけだ。
だが、声は容赦なく脳を侵食してくる。
『あはは、プロテインさん、それはクエン酸の摂取と、38.5℃の温泉に15分浸かる温熱療法が足りないわね。科学的に言って自業自得よ』
『そうね。じゃあ、ここで深夜のブレイクタイム。前世で私たちが大好きだった、あの「宇多田のトラベリング」を、私の魔導ハープ演奏でお届けするわ。トラベリ~ン♪君を乗せて~♪』
ハープの怪しげな(隠密にとっては)旋律と、双子のどこか抜けた鼻歌が、ノイズ混じりで脳髄をシェイクする。
「う、うあああああ!! 謎の、謎の双子の歌声が、防護結界を無視して直接脳(受信機)に響く……!!」
隠密は顔面を蒼白にし、耳を塞いで雪の上に狂い転げた。
「間違いない……! これは、国中の人間を同時に『特定の周波数』で同調させ、直接脳内に命令を送り込んで一斉に発狂させる、古代の精神支配兵器――『マインド・コントロール・サイレン』だ……!!」
ハープの心地よいリズムに合わせて勝手に指先が動いてしまう(※ただのノリの良い曲だからです)のを感じ、隠密は恐怖の極限に達した。
「あ、足が……勝手にリズムを刻んでいる……! 奴らの歌う『とらべりんぐ』という呪文に、私の神経系が、私の自由意志が、完全にハック(洗脳)されていくぅぅぅ!!」
「シルバーストーン家め、ついに『音』と『見えない波』を使って、一兵も動かさずに大陸中の人間の脳を破壊し、奴隷にするつもりだああああ!!」
隠密はよだれを垂らし、白目を剥きながら、耳を塞いだまま闇の中へと這い逃げていった。
◇
そんな、深夜ラジオが国を揺るがす「精神破壊兵器」と勘違いされているとは夢にも思わない双子は、ぬくぬくの敷布団に潜り込んでいた。
「アリス、やっぱり深夜ラジオを聴きながら(自分で喋ってるけど)飲む、温かいホットミルク(ハチミツ入り)は最高ね。QOLが五重塔のようにうず高く積み上がっていくわ」
「ええ、エレン。それに、このFM波を使えば、領民に『明日の天気予報』や『カブの美味しい植え方』をいつでも一斉送信できるわ。農業の自動化・効率化への布石よ」
「「ふふふふ……」」
静寂の夜、シルバーストーン領の空には、目に見えない「お気楽なグルーヴ」が、優しく、そして隣領を恐怖に陥れながら、どこまでも広がっていくのだった。




