第30話:極寒の領地を溶かす熱気(と、大陸崩壊レベルの地熱温泉ボーリング)
「……アリス、聞こえる? 私の大腿四頭筋、大臀筋、そして腓腹筋が、このシベリア並みの極寒のせいで完全凍結し、ただの不活性なプロテインの塊に成り下がっているわ」
「聞こえるわエレン。というか、同一の意識を共有している私の脳内でも、寒さによるニューロンの伝達速度低下を補おうとして、思考ルーチンが『こたつとみかん』を求めて無限デッドロックに入りかけているわ。没落貴族の冬の朝が、羽毛布団という名の絶対障壁から一歩も出られない仕様だなんて、QOLに対する甚大なテロ行為よ!」
暖炉の薪すら凍りつきそうな、シルバーストーン領の極寒の朝。
完全にベッドの重力(という名の寒さ)に捕らわれ、イモムシのように布団にくるまった銀髪の双子は、脳内の専用回線で怒りのデモを行っていた。
この世界には、当然ながらエアコンもファンヒーターもない。
あるのは、部屋全体を温めるにはあまりにも非力な、煙ばかり出る古ぼけた暖炉だけ。
「いい、エレン。冬の寒さに抗う最古にして究極のソリューション、それは『地熱』よ。私たちの足元、地下数百メートルには、大地の怒りと慈愛が詰まった莫大な熱源が眠っているわ。これをハックして、屋敷ごと『床暖房』にし、ついでに庭に『源泉掛け流し露天風呂』を作るのよ!」
「最高ねアリス! 大地を削り、熱を奪う……これぞフィジカルの出番ね!」
二人の『二心同体』が、寒さへの怒りをエネルギーに、狂気の発明モードへと完全同期した。
アリス(理論・ソフト担当)の特殊能力は、前世の理科教師としての膨大な知識ベースを瞬時に検索し、脳内で高度な物理・化学シミュレーションを行うことだ。
対するエレン(物理・ハード担当)の特殊能力は、アリスの描いた設計図を寸分の狂いもなく物質化する超精密な肉体制御と、野生動物を遥かに凌駕する圧倒的なフィジカルパワーである。
「まずは地質の『スキャン(弾性波探査)』よ! エレン、地面に右拳を叩き込んで、微小な魔力振動を発生させて!」
「了解! グラビティ・パルス、セット!」
エレンが庭の雪を蹴散らし、凍った土に拳を突き立てる。
ドォン! という鈍い音と共に、地面に衝撃波が伝播する。
アリスはエレンの拳から放たれた振動が、異なる地層や岩盤で反射して戻ってくるまでの時間を0.0001秒単位で計測。脳内の 3D-CAD 画面に、領地の地下構造をリアルタイムでカラーマッピングしていった。
「反射波の解析完了。地下350mの位置に、断層に沿って上昇してきた摂氏110℃の過熱水蒸気と温泉脈を発見したわ。透水性岩盤の圧力勾配は……よし、ここに直接パイプを突き刺せば、自然湧出(自噴)させられるわ!」
「よっしゃ! 削るわよアリス! 掘削ドリル(ボーリングマシン)のDIYね!」
エレンがガラクタ置き場から引っ張ってきたのは、かつて農具だった頑丈な鉄の支柱と、第12話で魔の森から回収した高硬度な「ミネルヴァ・チタン」の端材だ。
エレンは指先から放つ魔力の摩擦熱でチタンを溶かし、アリスの共有視界に映し出された「3条ねじ形状の超硬削岩ビット(刃)」へと瞬時に成形していく。
アリスは脳内で、掘削時に発生する摩擦熱と泥土の排気(流体力学)を計算。
「エレン、削岩ヘッドのピッチは15度、回転数は毎分3,000回転を目標に。回転トルクは……足踏みペダル式のギア比1:100の増速機構で稼ぎましょう!」
「了解! 私のこの足が、今、時速80kmのロードバイクで鍛え上げた超高性能モーターになるわ!」
そう、エレンの脚力は今や競輪選手はおろか、F1のピストン並みの出力を誇る。
庭に設置された簡易足踏み式ボーリングリグにエレンが跨り、ペダルを猛烈に踏み込み始めた。
「キィィィィィィィン!!!」
ギアが悲鳴を上げ、超硬チタンのドリルが、凄まじい火花を散らしながら凍った大地をバターのように削り進んでいく。
一人が「岩盤の硬度とドリルの偏心をリアルタイム監視するジャイロスコープ」、一人が「毎分3万回転の爆速アクチュエーター」。
わずか30分で、ドリルは地下数百メートルの温泉脈へと到達した。
「エレン、ドリルを引き抜いて! 温泉が自噴するわ!」
「退避ー!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
地底の奥深くから、大地の地鳴りのような轟音が響き渡る。
次の瞬間、庭のど真ん中から、天高く向かって「真っ黒な泥土」と、もうもうたる湯気を上げる「摂氏100℃の激熱源泉」が、火山噴火のように勢いよく噴き上がった。
「やったわエレン! 毎分800リットルの大湧出よ! 泉質は弱アルカリ性硫黄泉、お肌がツルツルになる美肌の湯ね!」
「最高よアリス! すぐに熱交換用の銅管を通して、屋敷の床下に循環させるわよ!」
アリスが提唱するヒートパイプ理論――管の中に極微量の揮発性液体を封入し、地下の熱で蒸発させて屋敷まで送り、屋敷の床下で凝縮させて熱を放出し、再び重力で地下へ戻す「永久熱輸送システム」が、エレンの手によって一瞬で構築されていく。
これにより、シルバーストーン家の屋敷は、暖房なしで室温が常に「ぽかぽかの摂氏24℃」に維持される、異世界最高峰の快適空間へと変貌を遂げた。
◇
その頃。
領地の外縁、降り積もる雪の中に身を潜めていた隣領の隠密たちは、ガタガタと震えながら、望遠鏡でシルバーストーン家の庭を凝視していた。
「お、おい……何だあの音は……。地底から、世界が崩壊するような音が聞こえたぞ……!」
新入りの隠密が、恐怖で歯を鳴らしながら、先輩の超一流スパイに尋ねる。
先輩スパイは、シルバーストーン家の庭から天高く吹き上がる「黒い泥と激しい蒸気の柱」を見て、顔面を蒼白に染めていた。
「ま、間違いない……。あれは、古代の文献にのみ記されている、大地の底に眠る禁忌の地殻破壊魔法――『ガイア・バスター』だ……!」
「ガ、ガイア・バスター……!?」
「そうだ! 地下深くの熱源を操作し、地殻を無理やり抉じ開けて熱水を噴出させている! あの双子……ついに地上の物理法則に飽き足らず、大地のエネルギーそのものを兵器化したのだ! あの噴出孔の角度をわずかに変えれば、我が領、いや隣国をいつでも火山噴火で一瞬にして焦土に変えられるぞ……!」
「なんという恐ろしい兵器を……! 没落貴族の皮を被った、世界を滅ぼす魔王の双子め!」
隠密たちは恐怖のあまり白目を剥き、よだれを垂らしながら、震える手で報告書を書き上げた。
『シルバーストーン家、大陸崩壊級の地殻兵器「ガイア・バスター」の起動に成功。我が領の存亡は、今やあの双子の機嫌一つに握られている――』
◇
そんな国家転覆レベルの大誤解が外で渦巻いているとは夢にも思わない双子は、庭に即席で作った、美しいヒノキ(っぽい木材)造りの「源泉掛け流し露天風呂」に浸かっていた。
頭上には、しんしんと降る雪。
目の前には、乳白色に輝く極上の温泉。
「ふあぁぁぁ……溶ける……私の大臀筋が、温泉の熱伝導(q = -k∇T)によって極限まで弛緩していくわ……」
「極楽ね、エレン。そしてお風呂上がりのお楽しみと言えば、これよ!」
アリスが冷気魔法(第7話)でキンキンに冷やした、特製の「シルバーストーン・エール(黒ビール)」のボトルを抜栓する。
シュポッ!
「「乾杯!!」」
雪景色を見つめながら、温かい温泉に浸かり、氷点下寸前のビールを喉に流し込む。
冷気と熱気、苦味と旨味が脳内で爆発し、究極のQOLが、ここに完成した。
「ぷはぁー! 生き返るわね、アリス!」
「ええ、エレン。次は、この温泉の余熱を使って、冬でもメロンやバナナが育つ『熱帯フルーツ温室』を作りましょう」
大地の熱をも手に入れた双子のQOL開拓計画は、極寒の冬すらも、ただの極上リゾートシーズンへと変え、さらに加速していくのだった。




