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第26話:峠のオアシスと、千切れる財布の紐

「いい? エレン。ビジネスにおいて最も利益率が高い瞬間、それは消費者が『極限状態から生還した瞬間』よ! 王都から我が領までの100キロ、その中間地点にあるこの険しい山峠は、令嬢たちにとっては地獄のデス・ロード。そこに砂漠のオアシス(道の駅)を建てれば、彼女たちは涙を流して金貨を差し出すわ!」

「アリス、言ってることは完全に遭難ビジネスのそれだけど、この高原のログハウス風のデザイン、めちゃくちゃお洒落だね! 映えるわー!」


王都とシルバーストーン領を繋ぐ街道のちょうど真ん中、標高500メートルの険しい山峠。

かつては鬱蒼としたただの山道だったその場所に、突如として木の温もり溢れるお洒落な北欧風の休憩所――異世界初のエイドステーション兼道の駅『シルバーストーン・パス・オアシス』が完成していた。


直営ブティックにドレスを求めてチャリで爆走してくる王都の令嬢たち。しかし、日頃まともに運動していない彼女たちにとって、この峠越えは過酷を極めていた。

「途中で干からびて行き倒れられたら寝覚めが悪いし、何より往復で2回、合法的に財布の中身を毟り取るチャンスを逃す手はないわ!」

前世で三十代のオタク理科教師(兼、一時期自転車部に顔を出していた)アリスの冷徹かつお気楽な計算に基づき、双子の特殊能力『二心同体デュアル・コア』がまたしても発動した。


アリス(理論・栄養学担当)は、前世のスポーツ栄養学の知識をフル活用。

長距離サイクリングで枯渇した筋肉のグリコーゲンを急速充填カーボローディングするための「高炭水化物・カカオプロテインバー(異世界甘口バージョン)」のレシピを考案。さらに、乳酸が溜まった体に染み渡る「クエン酸&ハチミツたっぷり特製レモネード」の配合比率を瞬時に算出し、脳内データとしてエレンに同期する。


(エレン、レモネードの冷却魔法は『結露が一番美しく見える5度』に設定して! プロテインバーは食べやすいように一口サイズにカットするギロチン式カッターを真鍮でDIYよ!)

(了解! 任せなさい、ログハウスのカウンターの横に、前世のコンビニでよく見た『レジ横の棚』をパーフェクトに再現しておくね!)


エレン(実技・施工担当)の指先から、大工職人も真っ青の精密魔力が放たれる。

山林から切り出した木材を瞬時に均一な板へと加工し、アリスの脳内図面通りに「ついで買い」を強烈に誘発する傾斜30度のレジ横ディスプレイ棚を完成させていく。


さらにエレンは、自分たちがチャリを漕いでいる経験から、ある「究極のアイテム」を思いつき、自身の『超精密魔力彫刻』で形にしていた。

それは、魔の森のぷにぷにした魔物の粘液(スライムの核を特殊加工したもの)を、強靭な蜘蛛の糸の布で包んだ、異世界初の『衝撃吸収魔力ジェル入り・高級サドルカバー』である。


準備が整ったその時、峠の向こうから「ハァーッ! ハァーッ!」という、およそ王都の令嬢のものとは思えない野生的な荒い息遣いが聞こえてきた。


「も、もうダメですわ……! 足の感覚がありませんことよ……!」

「ドレスを……シルバーストーンのドレスを手に入れるまでは……行き倒れるわけには……ひえっ!?」


顔を泥と汗でドロドロにし、舌を出しながら普及型チャリ『シルバーストーン・ライト』を漕いできた侯爵令嬢たちが、峠の頂上でペダルを止めた。

彼女たちの目に飛び込んできたのは、爽やかな高原の風にたなびく『冷えてます・特製レモネード』ののぼり旗と、信じられないほど良い香りを漂わせるお洒落なログハウスだった。


「よ、ようこそ『シルバーストーン・パス・オアシス』へ。ペダルを漕ぎ続けた偉大なライダーの皆様、こちらで極上の休息をどうぞ」

アリスが爽やかな笑顔(※プロの売り子モード)でお出迎えする。


令嬢たちはゾンビのように店内に雪崩れ込み、差し出されたキンキンに冷えたレモネードを、マナーも忘れて一気に喉へと流し込んだ。


ゴクゴクゴク……プハァッ!!!


「き、生き返るわ……!!! 何ですかこの、身体の隅々の細胞がパチパチと歓喜の悲鳴を上げるような甘酸っぱさは……!」

「あ、頭がシャキッといたしますわ! 筋肉の痛みが、すーっと引いていくようですことよ!?」


アリスの狙い通り、クエン酸と果糖が限界状態の令嬢たちの身体に爆速で吸収されていく。

「こちらの『カカオプロテインバー』もご一緒にどうぞ。長距離の爆走で失われたエネルギーを10割復元いたしますわ」とアリスがレジ横から差し出すと、「それも頂戴!」「5本……いいえ、帰りの分も含めて20本買うわ!」と、令嬢たちは狂ったように財布から金貨を掴み出した。


エネルギーが満ち、理性が戻ってきた令嬢たち。しかし、彼女たちにはもう一つ、チャリ乗りなら誰もが通る「致命的な悩み」があった。

一人の令嬢が、涙目で内股をモジモジさせながらエレンに囁いた。

「あの……シルバーストーンの小さなお嬢様……。その、言いにくいのですが……チャリのサドルというものが硬くて、わたくしのお尻が、その、割れてしまいそうなほど痛くて……帰路が恐怖なのですわ……」


待ってました、とばかりにエレンがニヤリと悪い職人の顔を見せた。

「お姉様、そんなお悩みにピッタリの、とっておきのオーパーツがあるよ。はい、これ。特製スライムジェル入りサドルカバー!」


エレンが手渡した、ぷにっぷにのサドルカバーを、令嬢が半信半疑で自分のチャリのサドルに装着し、おそるおそる腰を下ろした。その瞬間――。


「――っ!!! ──お、お、お尻が……包まれておるわ……!!」

令嬢は衝撃のあまり目を見開いた。

「まるで、極上の高級羽毛ソファーの上に、さらに最高級の雲を敷き詰めて座っているかのような安心感……! どこまでも、どこまでも漕いでいけそうですわー!」


「な、何それずるい! わたくしにも座らせて!」「ああっ、本当にお尻が浮いているようですわ!」「これを! このぷにぷにをわたくしにも売りなさい!」


エレンの『精密スライム加工技術』が、令嬢たちのお尻を完全にダメにしていた。

「1個、金貨3枚になりますー」とお気楽に告げるエレンの前に、千切れた財布の紐から金貨が滝のようにジャラジャラと降り注ぐ。アリスの脳内計算機は、またしても天文学的な数字を叩き出していた。


夕方、大量のプロテインバーを貪り食い、お尻をぷにぷにのサドルで守られた爆走令嬢たちは、「待っててね、私のドレスー!」と叫びながら、もの凄い勢いでシルバーストーン領(後半戦)へと山を下っていった。


「ズズズ……。んー、今日も荒稼ぎしちゃったね、アリス」

「ズズズー。本当ね、エレン。遭難一歩手前のサイクリストから摂取する金貨の味は格別だわ」


二人はログハウスのテラス席で、硝石で冷やしたレモネードを啜りながら、山のように積まれた金貨の袋を眺めていた。

『二心同体』の脳内では、すでにこの道の駅の売上を使って、次なる「趣味の領域」への投資計画が超高速で同期されている。


(アリス、これだけの資金があれば、ロードバイクのフレーム用に『超々ジュラルミン(アルミ合金)』の精錬炉がまるごと買えるよ!)

(いいわねエレン! チタンの次はアルミよ! 領地を潤しつつ、私たちのチャリを『時速100キロ』の領域へ持っていくためのベースキャンプがこれで整ったわ!)


峠を越える令嬢たちを合法的に限界までおもてなしし、その富を全て自分たちの変態的なチャリのフレーム開発に注ぎ込む。

銀髪の双子によるお気楽なインフラDIYは、過酷な山峠すらもドル箱の聖地へと変貌させ、異世界の交通文化を斜め上の方向へと大爆走させるのだった。

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