第25話:ようこそ辺境の聖地へ! 爆走令嬢と直営ブティック
「いい? エレン。ステマの真のゴールは、商品を届けることじゃないわ。消費者自身に『どうしてもあそこへ行かなければ手に入らない!』という強迫観念……もとい、狂信的な聖地巡礼の心理を植え付けることよ。王都の令嬢たちがドレスを待ちきれないなら、ここで直接毟り取る(おもてなしする)までよ!」
「アリス、高級ブランドの限定商法を異世界に持ち込まないで! でも、屋敷の物置小屋を改造しただけなのに、この空間……完全にパリの高級ブティックのオーラが出てるよ!」
シルバーストーン男爵領の領主屋敷の敷地内。そこに突如として出現したのは、ガラス張りのショーウインドウと、洗練された大理石調の壁面が光る異世界初の直営店『メゾン・ド・シルバーストーン』であった。
事の発端は、コンビナートを作ってもなお、王都からのドレス生地の注文が爆発しすぎて「納期3ヶ月待ち」になってしまったことだ。
前世で三十代のオタク理科教師だったアリスのステマが効きすぎた結果、王都のわがままな令嬢たちは我慢の限界を迎えていた。
「待てないわ! ならば直接、そのシルバーストーンとやらに赴いて、力ずくでもドレスを仕立てさせますわ!」と、血気盛んなセレブたちが自家用の高級馬車、あるいは「今、王都で一番最先端でイケている乗り物」――すなわち双子がチェスター商会を通じて販売していた一般向け普及型自転車『シルバーストーン・ライト』に跨り、ドレスへの執念だけで辺境の山道を爆走して押し寄せてきたのだ。
「アリス、王都方向からの街道に、時速25キロで猛烈に接近する集団をキャッチしたわ。……みんなロングスカートをたくし上げて、狂ったようにチャリのペダルを漕いでる。あれ、公爵家と伯爵家の令嬢たちよ!」
「素晴らしいわ、エレン! 脳内マップに彼女たちの『購買意欲メーター(脳内脳波予測)』をプロットして。全員、アドレナリンがダバダバで財布の紐が千切れてるわね。お出迎えの準備(集団心理トラップ)を起動しなさい!」
二人の特殊能力『二心同体』は、押し寄せるセレブたちを効率よく「おもてなし(経済的略奪)」するためにフル稼働した。
アリス(理論・演出担当)は、前世の高級ブランドが実践していた「空間心理学」を店舗デザインに導入。
入店した瞬間にクラッとくるような、魔の森のハーブを使った「高級感のあるアロマ」を調合し、店内のBGMには音響魔導具から優雅な宮廷風チェンバロの曲を微かに流す。さらに「限定10着」「あなただけのオーダーメイド」という言葉に弱い貴族の心理を突き、あえて商品をまばらに配置する「高級感の演出」を仕掛けた。
(エレン、中央のトルソーに飾ったメインドレスに、天井の採光窓からピンポイントで光が当たるように反射板(レフ板)を調整して! 彼女たちが中に入った瞬間、網膜をドレスの輝きでジャックするのよ!)
(ラジャー! 『精密魔力反射板・角度12度固定』! ついでに、ブティックの裏のフィッティングルームの鏡、ちょっとだけ着痩せして見える『魔力湾曲ガラス』にしておいたよ!)
エレン(実技・工作担当)の職人気質な遊び心が光る。
エレンが指先から繊細な魔力を放ち、店内の鏡の曲率をコンマ数ミリ単位で歪め、ドレスを試着した令嬢たちが「あら……? わたくし、いつもよりお足が長く、ウエストが引き締まって見えますわ……!」と錯覚する魔法の鏡(物理構造)をDIYしたのだ。
そして、ガシャシャン!!! と激しいブレーキ音と共に、泥だらけの高級チャリを乗り捨てた王都の令嬢たちが、息を切らしながらブティックのドアを蹴破るようにして雪崩れ込んできた。
「はぁ、はぁ……! ここが、あの『週刊シルバーストーン』の……聖地ね!?」
「待ちなさい、あのウインドウの中のドレスをご覧になって……! ああっ、神々しいわ!」
一歩足を踏み入れた瞬間、アリスの仕掛けたアロマとライティング、そしてエレンの作った「着痩せの鏡」のコンボが令嬢たちを直撃した。
道中のチャリ爆走で野生の興奮状態にあった彼女たちの理性を、洗練された高級空間が完璧にハッキングしたのだ。
「いらっしゃいませ、美しきお客様方。遠路はるばる『チャリ巡礼』、ご苦労様です。当ブティックは、お客様お一人お一人の骨格に合わせた、完全受注生産となっております」
アリスが前世の高級ブティックの店員さながらの、慇懃無礼一歩手前の極上の微笑みで令嬢たちを迎える。
「な、何よその『おーとくちゅーる』って響き! 最高にそそるじゃない!」
「わたくし、金貨ならいくらでもありますわ! 今すぐ採寸を! 採寸をしてちょうだい!」
ここからは、エレンの独壇場だった。
「はーい、じゃあ動かないでねー」と、エレンはメジャー(巻尺)すら持たず、指先から細い魔力の糸を伸ばして、令嬢たちの体型を秒単位でスキャンしていく。
(アリス、この公爵令嬢、チャリの漕ぎすぎで大腿四頭筋(太もも)がちょっと発達してるわ。ドレスの裾のドレープを3センチ増やして、筋肉のラインを隠しつつエレガントに見せるパターン(型紙)に脳内修正して!)
(ナイスよエレン! その修正データを工場の自動織機に直結(Wi-Fi同期)させて! 1時間後に完成させるわよ!)
二人の『二心同体』を通じて、エレンの精密スキャンデータがアリスの脳内CADで型紙に変換され、そのまま川辺のコンビナートの全自動織機へと転送される。令嬢たちが店内で「まぁ、この冷たいカカオジュース、なんて美味しいのかしら!」と、アリスに勧められた高級おやつ(別料金・金貨1枚)を優雅に楽しんでいる間に、裏ではドレスが爆速で編み上がっていくのだ。
「お待たせいたしました。お客様だけの、シルバーストーン・ドレスでございます」
わずか1時間後、出来立てホヤホヤのドレスを身に纏い、例の「着痩せの鏡」の前に立った公爵令嬢は、感動のあまりその場に崩れ落ちた。
「な、何ということでしょう……! 100キロの山道をチャリで激走してきたとは思えないほど、わたくしが……美しく、高貴に輝いているわ……! ギルバート商会を待たずに、チャリを漕いで直談判に来て大正解でしたわーーーっ!!」
「わたくしも!」「わたくしも仕立てて頂戴!」と、店内は金貨が乱れ飛ぶ狂乱のオークション会場と化した。
アリスの脳内ソロバンが、チリンチリンと鳴り止まない。売上メーターは、ついに前回のコンビナート建設時のさらに数倍へと跳ね上がっていた。
夕暮れ時。
ホクホク顔で「買ったばかりのドレス」を背中のリュックに詰め込み、再び自慢のチャリに跨って王都へと爆走して帰っていく令嬢たちの後ろ姿(時速30キロ)を、双子は屋敷のテラスから見送っていた。
「フハハハ! 見なさいエレン、王都のセレブたちが、自ら汗を流してチャリを漕ぎ、私たちの財布に金貨をダイレクトアタックしていくわ! 直営店(直販)こそ最高のイノベーションね!」
アリスが金貨の袋を積み上げてタワーを作りながら、悪い教師の顔で笑う。
「みんな楽しそうだったねー。あ、アリス、公爵令嬢のチャリのサドル、お尻が痛そうだったから、次は『衝撃吸収魔力ジェル入りサドル』をDIYして、ブティックの横で売ろうよ」
エレンがストローを咥えながら、さらなる商売のアイデアを閃く。
「採用よエレン! 巡礼路の途中に『シルバーストーン公式サイクルステーション(エイドステーション)』を作って、そこで冷たいビールとアイスを売れば、往復で2回毟り取れるわ!」
二人の『二心同体』の意識の中で、辺境の没落領はもはやただの工業都市ではなく、王都のセレブたちがこぞってチャリで押し寄せる「一大サイクル・リゾート聖地」へと、お気楽にアップデートされようとしていた。




