第23話:ステルスマーケティングの恐怖と、胃痛のプロデューサー
「いい? エレン。人間、特に可処分所得の塊である王都の貴族階級という生き物はね、『他人が持っている、手に入りにくい美しいもの』を見た瞬間、理性が蒸発するのよ。漫画でエンタメの導線を作ったら、次は流行という名の欲望を刷り込む……これぞ前世のメディアが培った『ステルスマーケティング(ステマ)』の極意よ!」
「アリス、やってることが完全に敏腕悪徳広告代理店(電○)のそれなのよ。でも、この印刷されたビールの『シズル感』、自分で描いておいて何だけど……喉が鳴るわね!」
全自動カラー輪転印刷機の稼働により、王都からの「1万冊」という鬼のオーダーを昼寝しながらクリアした双子。
しかし、アリス(頭脳は三十代のオタク理科教師)の進撃は止まらない。創刊号のチャリ熱血漫画で王都をオタクの沼に突き落とした彼女たちが、第2号『週刊シルバーストーン』に仕込んだのは、異世界初の「ファッション&グルメグラビアページ」だった。
目的は、領地の特産品であるビール、アイス、そしてカカオの「大・販路拡大」である。
「エレン、脳内レイヤーに私の『購買心理学(アイドマの法則)』に基づいた視覚心理補正データを送るわ。見開き左ページ、ビールのグラス表面の『結露(水滴)』の光の屈折率を1.33に固定して、水滴の立体感を脳にダイレクトに誤認させるのよ!」
「了解! 『精密魔力ドット切削』で、インクが重なったときに一番美味しそうに見える網点の隙間をミリ以下で調整するよ!」
二人の特殊能力『二心同体』は、今回「人間の脳の視覚バグ」を突くためにフル回転していた。
アリス(理論・演出担当)が、前世の広告で使われていた「シズル感(食欲や購買意欲をそそる質感)」の色彩データ、すなわちビールの黄金色とカカオの濃厚なブラウンが最も引き立つコントラスト比を算出。エレン(実技・作画担当)がその完璧な色彩設計の通りに、寸分の狂いもないグラデーションを木版ドラムへ刻み込んでいく。
特に右ページの「ファッショングラビア」は気合が入っていた。
モデルを務めたのは、元・都会育ちの気品を持つ我らが母様。エレンの超精密作画によって、魔の森の蜘蛛の糸から紡いだシルバーストーン特産の生地(DIY製)が、まるでシルクのように滑らかで、かつ機能的な「最新ドレス(前世のクラシックモダン風)」として描かれている。
アリスの脳内プロファイリング通り、王都の令嬢たちが「これを着れば、私も辺境の妖精(母様)になれるのでは……!?」と勘違いするような、計算され尽くしたライティング(陰影)が施されていた。
「ガッチャン! ガッチャン! ガッチャン!」
全自動輪転機が快音を立て、欲望のステマ雑誌『週刊シルバーストーン第2号』が秒速で刷り上がっていく。
「ふふふ、これを王都へ出荷しなさい。王都の財布が爆発する音が聞こえるわね」
アリスは特製ジュースを啜りながら、不敵に微笑んだ。
数日後、夏の王都。
ギルバート商会を通じて市場に放たれた『週刊シルバーストーン第2号』は、王都の貴族街に創刊号を遥かに凌駕する「大災害(※経済的な意味で)」を引き起こした。
とある公爵家のティーパーティー。
集まった令嬢たちが、届いたばかりの第2号を開いた瞬間、一斉に動きを止めた。
「な、何よこのページは……!? この、黄金に輝く、ガラスに冷たい水滴をまとった琥珀色の液体は……!?」
「隣のページをご覧になって! この、まるで夜の闇を溶かしたような漆黒の焼き菓子を、口に運ぶ麗しい貴婦人の姿……ああっ、見ているだけで喉が渇いて、胸が苦しくなるわ!」
アリスが仕掛けた色彩工学と購買心理学の罠に、令嬢たちの脳は完全にハッキングされていた。見開きいっぱいに印刷されたビールの「冷たさ」とチョコの「濃厚さ」が、夏の王都の熱気で干からびていた彼女たちの野生の食欲をダイレクトに直撃したのだ。
「お、お母様ー!! 私、このドレスが欲しい! この『シルバーストーン・ドレス』を着なければ、来週の夜会には絶対に出ませんわ!!」
「ギルバート商会へ使いを出しなさい! あの冷たい黄金の液体と、黒いお菓子を今すぐ我が家へ! 売り切れ!? 嫌よ! 飲めなければ私、死んでしまいますわーーーっ!!」
王都のあちこちの屋敷で、令嬢や貴婦人たちが地団駄を踏み、叫び、集団ヒステリーを起こしていた。
ただの漫画雑誌だと思って読んだら、そこは最先端のトレンド発信地。王都の貴族たちは、双子の手のひらの上で完全に踊らされていた。
その翌日、ギルバート商会の納品所。
シルバーストーン領から「コンテナ馬車」で到着した父様(敏腕プロデューサー)は、待ち構えていた大商人ギルバート氏に両肩を激しく掴まれ、激しく揺さぶられていた。
「男爵ッ!!! あなたの娘さんたちは、一体王都に何を仕掛けたのですか!?」
「ひえっ!? ギ、ギルバート殿、顔が怖いですよ……!?」
ギルバート氏は血走った目で、山のような注文書の束を父様の目の前に突きつけた。
「『週刊誌に載っていた、あの冷たいビールを100樽寄こせ』! 『あのチョコレートを馬車一台分買い取る』! 『あのドレスと同じ生地を、我が公爵家の娘のために今すぐ仕立てろ』! 注文が、前回の【10倍】です!!! 商会がパンクしますぞ!!」
「じゅ、10倍……!?」
父様はあまりの数字の桁違いに、その場でサーッと血の気が引き、胃のあたりをギュッと押さえて蹲った。
「あ、頭が痛い……胃に、胃に穴が空きそうだ……。娘たちのDIY、スケールが大きすぎて父さんもうついていけないよ……」
「男爵、胃痛薬なら我が商会の特製を差し上げます! ですから今すぐ、シルバーストーン領の生産ラインをフル稼働させてください! 王都の金貨が、全てあなた方の領地へ流れ込もうとしているのですからな!!」
ギルバート氏の叫び声と共に、またしても大量の金貨の袋が、父様の馬車の荷台へと積み込まれていくのだった。
その頃、辺境のシルバーストーン領。
屋敷の地下工房で、アリスとエレンは戻ってきた父様からの連絡(10倍の注文)を受け、ハイタッチを交わしていた。
「フハハハ! 見なさいエレン、ステマ大成功よ! 王都の貴族ども、チョロすぎるわね!」
アリスが勝ち誇った顔で胸を張る。
「さすがアリス、購買心理学って凄んだね。でも、ビールの増産とドレスの生地(蜘蛛の糸の精製)は、ハンスたちだけじゃ手が足りないよ?」
エレンが嬉しい悲鳴を上げる。
「フッフッフ、想定内よ。この莫大な資金を使って、次は領民の大人たちを『パートタイマー(高時給)』として大量雇用するわ。没落領シルバーストーンを、完全な『工業・商業特区』へとコンバートするのよ!」
『二心同体』の意識の中で、二人はすでに、領地全体の求人票の作成と、ついに発注可能となった「ロードバイク用・最高級チタンボルト」や「超軽量カーボン(もどき)リム」の素材リストを、満面の笑みで同期させていた。
「アリス、これで私たちのロードバイク、いよいよ『時速80キロ』の世界が見えてくるね」
「ええ、エレン。技術の進歩(DIY)は止まらないわ。王都の令嬢たちにドレスを売って、私たちは最高にマニアックなチャリのパーツを組む……これぞウィン・ウィンの関係ね!」
胃を押さえて帰路につく父様の苦労などどこ吹く風。
銀髪の双子によるお気楽な情報DIYは、王都の流行を完全に支配し、領地を謎のハイテク工業都市へと変貌させようとしていた。




