第22話:水車は回り、インクは踊る、双子はジュースを啜る
「いい? エレン。真の天才DIYクリエイターとは、自らハンマーを振り続ける者ではないわ。物理法則をパズルのように組み合わせて『自動で富を生み出す永久機関(不労所得システム)』を完成させ、自分は優雅にジュースを啜る者のことよ!」
「アリス、言ってることは完全に怠惰な悪の組織のボスだけど、目の前で組み上がっていく機械の変態的なギヤ比を見てると、私も何も言えないわ……!」
シルバーストーン領を流れる小川のほとり。そこには現在、辺境の没落領にはおよそ不釣り合いな、ガタガタと怪音を立てる木と真鍮の巨大な建造物がそびえ立っていた。
事の発端は、王都の大商人ギルバートから舞い込んだ「カラー漫画『週刊シルバーストーン』1万冊、大至急増産せよ!」という狂気のオーダーだ。
前世で三十代のオタク高校教師だったアリスには、最初から「徹夜で同人誌を泥臭く手刷りする」なんてガッツは1ミリもなかった。
「1万冊を手作業? 私たちの華奢な美少女ボディが腱鞘炎で爆発しちゃうわよ。人間にはね、『自動化』という知恵があるのよ!」
こうして、二人の特殊能力『二心同体』が、異世界初の「水力駆動式・全自動カラー輪転印刷機」というバケモノを生み出すためにフル回転を始めた。
設計の肝となるのは、アリス(理論・設計担当)が前世の近代産業史から引っ張り出してきた「輪転印刷」の機構だ。
アリスは脳内で水車の回転数を計算し、それを寸分のロスなく減速・分配するための複雑なカムとクランク、そしてギヤの噛み合わせをシミュレーション。エレンの視界に、完璧な「構造応力マップ」を3Dレイヤーとして投影する。
(エレン、水車からの主軸の回転を4つの色版(CMYK)に等速分配するわよ。シアンからブラックまでの胴間距離は正確に42センチ。紙が秒速2メートルで駆け抜けるから、1万分の1秒のズレも許されないわ!)
(ラジャー! 任せなさい、私の『超精密魔力彫刻』で、円筒状のドラム(版胴)に直接網点を刻んであげる!)
エレン(実技・工作担当)の指先が、切り出された頑丈なオークの丸太を撫でる。
バチバチと火花を散らしながら、丸太は一瞬にして完璧な真円のドラムへと削り出され、その表面にはアリスのナビ通り、目に見えないほど微細なハンスの熱血劇画の「色分解データ」が刻まれていく。
さらに、アリスの理科教師としてのガチ知識が「インクの揮発性制御(乾燥速度)」で爆発した。
「異世界の植物油ベースのインクじゃ、秒速で重ね刷りした瞬間に色が混ざってドロドロの闇鍋になっちゃうわ。だから、精製エタノールを絶妙な比率で配合して、紙に触れた瞬間に揮発する『超速乾性マゼンタ・インク』を化学合成したのよ!」
「よし、エレン! 最終アッセンブル(組み立て)、すべてのギヤを噛み合わせなさい!」
「オッケー! 変速クランク、接続完了!」
ガチャン!!!
エレンが最後の巨大な真鍮レバーをカチリと倒した、その瞬間。
小川の水車が激しく水飛沫を上げ、連動した巨大な木製ギヤが「ゴゴゴゴゴ……!」と地鳴りのような音を立てて回り始めた。
「ハ、ハンスくん! ロール紙(弟子たちが開発した超長い再生紙)の先端を、給紙フィーダーにセットして!」
アリスが叫ぶ。工場長に任命され、おめかし用の頭絡を巻いたハンスが、「はいっ!」と緊張でガタガタ震えながらレバーを引いた。
シュルルルルルルルッ!!!!
巨大なトイレットペーパーのようなロール紙が、バケモノ機械の内部へと吸い込まれていく。
内部では、水車の動力によって、シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4つの円筒ドラムがシンクロして高速回転していた。アリスが設計した「カム機構」による間欠駆動が、紙の送り速度とドラムの回転を完全に同調させている。
コンマ数秒の間。機械の内部を紙が駆け抜ける。
そして、排紙口から――。
――ガッチャン! ガッチャン! ガッチャン! ガッチャン!
「……す、涼しい顔をしたハンスが……色つきで飛び出てくる……!!」
ハンスが白目を剥いて絶叫した。
排紙トレイには、アリスの計算通り、完璧に見当が合わさった、ズレ1ミクロン以下のフルカラー漫画の表紙が、文字通り「秒速」で次々と刷り上がり、自動カッターで綺麗に裁断されて積み重なっていく。
ガッチャン! と機械が鳴るたびに、王都の貴族たちが発狂して買い求める高級カラー冊子が、1冊、また1冊と、全自動で錬金されていくのだ。
「ひえええええええ!!! 魔法じゃない! 誰も呪文を唱えてないのに、機械が勝手にカラーの絵を描いてるぅぅぅ!!! これが……科学の力……物理の暴力……!!」
ハンスはその圧倒的な「工業の自動化」の光景に脳の処理が追いつかず、そのまま白目を剥いて芝生の上にパタリと失神しかけた。エレンが慌てて「工場長! しっかりして、まだ製本ラインの検品が残ってるよ!」と抱き起こす。
一方、その横では。
「ズズズズズ……。んー、この冷やしカカオジュース、最高ね」
「ズズズー。本当、アリス。川の風が涼しいし、パラソルの下で飲むジュースは格別だわ」
アリスとエレンは、エレンがDIYした最高級の寝椅子(リクライニング機能付き)に寝そべり、硝石アイスでキンキンに冷やしたジュースをストローで啜っていた。
二人がやることと言えば、たまにインクの残量メーターを見て、アリスが「あ、エレン、マゼンタが3%減ったから、ちょっと魔力でインクバルブ開けて」と言い、エレンが寝そべったまま指先をピッと動かしてバルブを調整するだけ。
まさに、前世の三十代オタク教師が夢にまで見た「完全なる不労所得・自動化ライフ」の実現だった。
「ハハハ! 見なさいエレン、これぞ産業革命よ! 私たちがジュースを一口飲む間に、王都の金貨が1枚、また1枚とシルバーストーン領に吸い寄せられていくわ!」
アリスがグラスを掲げて高笑いする。
「これなら1万冊なんて、お昼寝してる間に終わっちゃうね。ギルバートの驚く顔が楽しみだわ」
エレンも悪い笑みを浮かべる。
二人の『二心同体』の脳内では、すでに1万冊のノルマ達成など過去のこと。
この凄まじい「水力パワー」と「精密ギヤ技術」があれば、次は何が作れるか、という次の趣味の妄想が、秒速で同期(同期)されていた。
(アリス、これだけの動力伝達システムが作れたなら、次は……チャリのギヤに『超小型の遊星ギヤ(内装変速ハブ)』が組めるよ!)
(素晴らしいわエレン! 資金も動力も揃った。私たちのロードバイクを、異世界の技術レベルから完全に切り離して『オーパーツ』の領域へ持っていくわよ!)
ガチャン、ガチャンと、心地よい近代工業の爆音をBGMに、双子のお気楽な異世界サイエンス・ライフは、領民たちの常識を置き去りにしたまま、いよいよ手の付けられない領域へと爆走していくのだった。




