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第21話:異世界オタク絵巻・色の三原色は没落領を救う

「いい? エレン。モノクロのガリ版漫画で胃袋の次に『脳』を掴んだなら、次にやるべきは視覚の拡張アップデートよ。人間はね、カラーがついた瞬間に、その情報量を何倍にも錯覚するの。王都の目の肥えた貴族どもを、私たちの『色彩工学』で一網打尽にするわよ!」

「アリス、言ってることはただの同人作家の野望だけど、やってる工作の次元が違いすぎるよ! これ、木版画の域を超えて半導体のエッチングだよ!」


一大自転車レースを大成功に導き、莫大な資金を得たシルバーストーン家の地下工房は、今や「異世界初の印刷工場」へと変貌を遂げていた。

ガリ版印刷によるモノクロ漫画『週刊シルバーストーン』は、領内だけでなく隣街でも大ヒット。しかし、元理科教師のアリス(脳内は三十代のオタク)は満足していなかった。ガリ版は手軽だが、大量生産には向かず、何より「色が使えない」という致命的な限界があったからだ。


「活版印刷は文字には良くても、イラストの大量印刷にはまだ遠いのよね。だからこそ、今こそ日本の伝統技術『浮世絵(木版画)』のシステムを召喚するわ!」

アリスがフハハと笑い、地面に光の三原色(RGB)ならぬ、インクの「色の三原色(CMY)」の重なり合うグラフを描き出す。


「目指すは、異世界初の『多色刷りカラー表紙付き・週刊漫画誌』の創刊よ!」


二人の特殊能力『二心同体デュアル・コア』が、この超精密なアナログ印刷システムを構築するためにフル稼働を始める。

まずアリス(理論・設計担当)が、描き下ろしの表紙イラスト(主役はチャリレースで優勝したハンスの熱血劇画)を、脳内で「シアン(青緑)」「マゼンタ(赤紫)」「イエロー(黄)」、そして輪郭線用の「ブラック(黒)」の4色に分解(色分解)。

色彩工学における「減法混色」に基づき、どのインクをどれだけの密度で重ねればグラデーションが再現できるかを完全に計算し、エレンの視界に直接「切削ガイドライン」として投影する。


(エレン、これがマゼンタ版のグラデーションね! 網点ドットの細かさは1ミリに10個。絶対にズレちゃダメよ!)

(ラジャー! 任せなさい、『精密魔力切削カッター・ミクロンモード』!)


エレン(実技・工作担当)が指先から超高密度の魔力刃を出し、魔の森の極硬木(梨の木風のキメの細かい木材)の版木を削り出していく。

通常なら熟練の彫り師が数週間かける「色版」の切り出しだが、エレンの人間離れした指先の動きと、アリスの完璧なナビゲーションの前では、まるでレーザー加工機だ。エレンの視界には、削るべき深さと位置がコンマ数ミクロン単位でカラー強調表示されており、木目を完璧にいなしながら、芸術的な版木が次々と仕上がっていく。


しかし、木版画の最大の壁は、印刷時の「レジストレーション(見当合わせ)」――つまり、紙を重ねる際の色ズレだ。1ミリでもズレれば、ハンスの顔がホラー映画のように崩壊してしまう。


「そこは『工程管理ロジスティクス』のプロたる私に任せなさい」

アリスがドヤ顔で提示したのは、版木の隅に刻まれた「見当(見当用のL字の溝)」と、チャリのギヤ構造を応用した「自動給紙レバー(木製)」だ。

紙をセットしてレバーをガチャンと倒すと、寸分の狂いもなく4つの色版が順番に紙にプレスされる。


「エレン、いくわよ! シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4重奏カルテット! プレス!」

「いっけええええ! カチャン、ドスン! カチャン、ドスン!」


エレンが驚異的なリズム感と速度でレバーを動かし、ハンスたちがガリ版で増産した特製の高級再生紙が次々と吸い込まれていく。

そして、排紙トレイに滑り出てきたものを見た瞬間、地下工房にいた全員――ハンスたち弟子も含めて――が息を呑んだ。


「……できた。これが、異世界初の『4色フルカラー印刷』よ!」


そこには、モノクロとは比較にならないほど鮮やかに、朝日に照らされて爆走するハンスの姿が描かれていた。赤く燃える背景、青い自転車のメタリックな質感、飛び散る汗の黄色い輝き。色が重なり合うことで、ただの紙が「命を持った絵画」へと昇華していた。


「す、すげえ……! 俺が、俺が色つきで生きてるみたいだ!!」

ハンスが自分の顔が載った表紙を見て大号泣している。

「よし、これにガリ版で刷った本文(モノクロの漫画ページ)を製本して、創刊号『週刊シルバーストーン』の完成よ! これを試しに、王都のギルバート商会へ送るコンテナに数冊、混ぜておきなさい!」

アリスが不敵に命じた。


数日後、夏の王都。

ギルバート商会の応接室で、大商人ギルバート氏は、シルバーストーン領から届いた定期便の中に紛れていた「謎の冊子」を手に取り、ひっくり返りそうになっていた。


「な、なんだこれは……!? 氷の魔法でもないのに、これほど鮮やかな色が、なぜこんな安価な紙に定着しているのだ!? 一体、何人の天才絵師にこれほど同じ絵を何枚も描かせたというのだ!?」


彼が恐る恐るページをめくると、そこには文字の読めない者でも一目で理解できる「絵による対話」――すなわち漫画が広がっていた。前回大ヒットした自転車レースのドラマが、臨場感あふれるコマ割りとセリフで描かれている。


「な、ななな、なんだこの動かない幻灯機アニメーションは! ページをめくる手が止まらん! ハンス、後ろからトムが来ているぞ! 漕げ! 漕ぐのだハンスーーーッ!!」


王都の流通を支配する冷徹な大商人が、オフィスで冊子を握りしめながら大興奮で絶叫していた。

ギルバート氏は本能的に察した。「これは、ビールやアイスを遥かに凌駕する、国家規模の『依存症(オタク文化)』を生み出すバケモノだ」と。


彼はすぐさま、その数冊を王都の暇を持て余した貴族たちの社交界へ放り込んだ。

結果は、言うまでもなかった。王都の貴族街は、一夜にして大パニックに陥った。


「おい、ギルバート! あの『シルバーストーン』という本の続きを早く持ってこい!」

「ハンスのチャリのギヤ比はどうなったのだ! 気になって夜も眠れん!」

「表紙のあの鮮やかな青は、一体どんな宝石をすり潰した絵の具なのだ!? 我が肖像画もあの技術で描かせたい!」


文字の読めない下級貴族から、目の肥えた公爵家までが、こぞって『週刊シルバーストーン』を奪い合い、一冊の回し読みに金貨が飛び交う異常事態。双子の個人的な趣味(同人誌)が、王国のトレンドの頂点へと上り詰めた瞬間だった。


辺境のシルバーストーン領。

王都から「至急、金貨1000枚を前金で払うから、あの『カラーの本』を1万冊増産してくれ!」という、悲鳴のようなギルバートからの速達を受け取った双子は、庭の特設パラソルの下で優雅に冷たいハーブティーを飲んでいた。


「フハハハ! 見なさいエレン、王都の貴族どもが、私たちの計算された色彩の奴隷になってひれ伏しているわ!」

アリスが手紙をパタパタと扇ぎながら、悪い教師の顔で笑う。

「アリス、1万冊だって。ハンスたちのガリ版の手作業じゃ、みんなの腕が爆発しちゃうよ?」

エレンが苦笑いする。


「問題ないわ。この資金があれば、次は……完全自動の『水力駆動式・多色輪転印刷機』をDIYできるもの。ハンスたちには『印刷ラインの工場長』になってもらうわよ」

「あはは、子供たちがどんどん近代的な役職になっていくね」


『二心同体』の意識の中で、二人はすでに、次の増産体制のガントチャートと、ついに買い占めることができる「最高級ロードバイク用・特注パーツ」のリストを、満面の笑みで同期させていた。


没落貴族の小さな庭から始まったDIYは、ついに「印刷革命」を引き起こし、国家の文化そのものを自分たちの趣味色に染め上げようとしていた。

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