第20話:ツール・ド・シルバーストーン! 鉄の馬、平原に吼える
「いい? エレン。人間が最も財布の紐を緩めるのはいつだと思う? そう、『お祭り(非日常)』の熱狂に包まれた瞬間よ。このクリテリウム(周回レース)で領民の興奮を最高潮に叩き込み、ビールとアイスを浴びるように消費させるの!」
「アリス、顔が完全に『悪徳プロモーター』のそれだよ。でも、子供たちのチャリのセッティングは完璧。いつでもいけるよ!」
シルバーストーン領のメインストリートは、未だかつてない熱気に包まれていた。
究極のロードバイク『シルバーストーン・レジェンド』を完成させた双子が、そのノウハウを応用して次に仕掛けたのは、異世界初の自転車ロードレース「第一回シルバーストーン・クリテリウム」の開催である。
前世で高校教師だったアリスの「イベントマーケティング」と「集団心理学」の知見が、ここで遺憾なく発揮された。
開催一週間前から、ガリ版印刷機をフル稼働させて「レース告知チラシ」と、ハンスたち宅配便の子供たちをカッコよく描いた「選手名鑑(描き下ろし漫画付き)」を領内および隣街へ大量配布。
「誰が一番速いのか!?」というシンプルな競争心とスター性を煽られた領民たちは、開催前から推しの選手(子供たち)の話題で持ちきりだったのだ。
さらに、ちゃっかりチェスター商会を公式スポンサーに迎え、コース沿いには特設ビアガーデンとアイスクリーム売り場を設置。熱狂と喉の渇きをダイレクトに売上に変える、完璧な導線(マネタイズ環境)が構築されていた。
「アリス、隣街からの観客数が想定の150%を超えたわ。南側のコーナーの警備を強化しないと危ないかも」
「了解。エレン、脳内マップに警戒エリアをレッドゾーンで表示するわ。ハンスたちに『あそこのコーナーは砂が多いから、バンク角30度でインを突け』って伝令を飛ばして!」
二人の『二心同体』は、今や大会本部の超高性能な「管制タワー」として機能していた。
アリス(理論・運営担当)が全体の観客動向やレース展開を秒単位で分析し、エレン(実技・現場担当)がそのデータに基づいて、ピットエリアで子供たちのビジネスチャリの最終調整(チェーンの注油やタイヤの空気圧管理)を施していく。
そして、ついに運命の号砲が鳴り響いた。
――パァン!!!
「スタートしたあああ! 一斉に飛び出したのは、シルバーストーン宅配便の精鋭たちだ!」
アリスが自作の集音魔導具を握りしめ、前世のスポーツ実況さながらのハイテンションで声を張り上げる。
ガガガガガッ! と、激しいギヤの金属音を立てて、ハンスたちの駆る「ビジネス仕様チャリ」が一斉に加速する。
コースは領内の目抜き通りをぐるぐると回る1周1.5キロの特設周回コース。
最初は「子供のチャリ遊びだろ?」と生温かい目で見ていた領民や隣街の観客たちだったが、そのあまりの「速度」に、一瞬で度肝を抜かれることになった。
「は、速い……! 馬の速さじゃないか!?」
「おい見ろ! ハンスのやつ、前のチャリの真後ろにピタリと張り付いてるぞ!」
(ふふん、気づいたようね。あれが前世のロードレースの基本技術『スリップストリーム(空気抵抗の削減)』よ!)
アリスの脳内計算では、時速30キロ後半に達したハンスたちの速度域において、空気抵抗は最大の敵。ハンスはアリスから教わった「前の奴を風よけにしろ」という戦術を忠実に実行していた。
「エレン、ハンスのケイデンス(足の回転数)が落ちてきてるわ。最終周に向けて乳酸が溜まってきたのね」
「オッケー、ピットサイン出すわ! ハンス、ギヤを一枚下げて回転で稼げ! 後ろからトムが来てるよ!」
エレンがコース脇から特製のサインボード(黒板)を掲げる。
『二心同体』を通じて、アリスがハンスの筋肉の疲労度を視覚的に予測し、エレンが的確なギアチェンジの指示を出す。さながら、F1のピットクルーとドライバーのような超本格的な無線通信(?)だ。
最終周、残り200メートル。
トップを激しく争うのは、やはりエースのハンスと、パワー型のトムだった。
二人のビジネスチャリの後部からは、お馴染みの保冷ボックスが取り外され、軽量化された車体が激しく左右に揺れる。
「ハンス! 負けるなーーーっ!!」
「トム! 差せ! 漕げ! 踏み込めーーーっ!!」
この時、メインストリートの熱狂は頂点に達していた。
ガリ版の漫画でハンスたちのバックボーン(「毎朝、誰よりも早く起きてチャリを磨くハンス」等)を知っていた領民たちは、もはやただの観客ではなく、熱狂的な「サポーター」と化していた。集団心理学に基づいたアリスのプロモーションが、領民の心を完全にロックオンしたのだ。
そして、強烈な日差しと興奮で、観客の喉はカラカラだった。
「おい! 冷えたビールだ! ビールを持ってこい!」
「こっちのアイス、もう一つおかわり!!」
特設ビアガーデンでは、チェスター商会の売り子たちが「はい毎度! 冷え冷えエールお待ち!」「溶ける前に食べてね!」と、悲鳴を上げながらアイスとビールを捌きまくっていた。売上メーター(アリスの脳内ソロバン)が、カチカチと恐ろしい勢いで金貨の音を立てて回っていく。
「ラストスプリント! ハンスか、トムか! 両者一歩も譲らない!」
アリスの実況が響く中、ハンスはハンドルを低く握り直し、エレンから教わった「レジェンド直伝のダンシング(立ち漕ぎ)」を炸裂させた。
「うおおおおお! 科学と、双子様のためにぃぃぃ!!!」
ガガガッ! とギヤが噛み合い、ハンスの車体がわずかに前に出る。
チェッカーフラッグが振られた瞬間、ハンスのフロントタイヤが、トムをわずか数センチの差で抑えてゴールラインを駆け抜けた。
「ゴールイン!!! 勝者、シルバーストーン宅配便ファーストクラス・ハンス!!!」
「うわあああああああ!!!!」
地響きのような歓声が領内を揺るがした。観客たちがハンスに群がり、彼をモッシュのように揉みくちゃにする。ハンスは涙目を流しながら、「やった……やったよ双子様!」と、遠くの管制席に向かって拳を突き上げた。
夕暮れ時。
興奮冷めやらぬビアガーデンで、売上の集計を終えた双子は、文字通り「金貨と銅貨の山」を前にして、悪い笑みを浮かべていた。
「フハハハ! 計算通り、いや、計算以上の大勝利ね、エレン! ビールとアイスは完売、チェスター商会からのスポンサー料を含めて、今回の純利益は……ふふふ、笑いが止まらないわ!」
アリスが金貨の袋をジャラジャラと鳴らす。
「子供たちもすごく良い顔してたね。ハンスなんて、賞品の『特製高級潤滑油』をもらって泣いて喜んでたよ。これでまた、うちの宅配便のクオリティが上がるね!」
エレンがパチパチと拍手する。
二人の『二心同体』の意識は、早くもこの莫大な資金を使った「次なるDIY計画」へとシフトしていた。
(アリス、これだけお金があれば……ついにあれができるんじゃない?)
(ええ、エレン。領地の経済も回った、足回りも整った。次は……私たちのオタク文化の集大成、領民全員を巻き込んだ『娯楽の王様』を創り出すわよ!)
興奮と熱狂、そしてビールの泡に包まれたシルバーストーン領。
没落貴族の庭から始まった双子のDIYは、いまや一つの領地を丸ごと「最先端のエンタメ都市」へと変えつつあった。




