第2話:カブ地獄の救世主、ピザ窯を爆誕させる
「……ねえアリス。私、もうカブのスープで顔を洗う夢を見たわ」
「それは重症ねエレン。でも安心して。今日、私たちの食卓に革命が起きるわよ」
辺境の没落貴族、シルバーストーン家の庭先。銀髪をなびかせた愛らしい双子、アリスとエレンは、およそ美少女には似つかわしくない「泥まみれ」の姿で向かい合っていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
一人の意識が二つの体に分かれた『二心同体』の特性は、成長とともに研ぎ澄まされていた。
今や、アリスが左目で「設計図のAR投影」を確認しながら、エレンの右目を通じて「粘土の練り具合」をチェックするなんて芸当もお手の物だ。
「さあ、オペを始めるわよ。メス……じゃなくて、コテ」
「はいよ、ドクター・アリス。粘土の粘度はバッチリよ。理科の実験で作った火山モデルを思い出すわね」
二人の前には、ガラクタ置き場から発掘した耐火レンガと、裏山で採取した良質の粘土、そして何かの建材だったらしい鉄板が並んでいる。
今回のミッションは『本格派石窯(ピザ窯)』の建造だ。
なぜ椅子に続いてピザ窯なのか。理由は単純。この領地の唯一と言っていい特産品「カブ」を、焼いて食いたい。ただそれだけである。
「いい? エレン。ピザ窯の心臓部は『熱対流』よ。ドームの高さと開口部の比率は、黄金比の1:0.6。これに私の精密な計算を加えれば、薪のエネルギーを余すことなくカブに叩き込めるわ」
「理屈はいいから、早くその『ARガイド』を出してよ。私の手がうずうずしてるんだから」
アリスがふっと目を細めると、二人の共有視界に半透明の青いグリッド線が浮かび上がる。これはアリスの持つ「空間把握」と「理論構築」の力が具現化したものだ。
「ガイド、ロックオン。エレン、作業開始!」
「ラジャー!」
ここからが『二心同体』の真骨頂である。
普通なら二人で声を掛け合いながらやる作業も、彼女たちには必要ない。
アリスがレンガの角度を微調整するのと同時に、エレンが最適な量の粘土を隙間に流し込む。
右手の指先の感覚と、左手の指先の感覚が、一つの脳で完璧に同期している。
まるで、四本の腕を持つ一人の職人が、超高速でレンガを積み上げているような光景だ。
「アリス、ちょっと左に三ミリ」
「修正済みよ。エレン、次のレンガに魔力で『微細振動』を加えて。粘土の中の気泡を抜くわよ」
「了解! 『バイブレーション・タッチ』!」
エレンが魔力を指先に込め、レンガを細かく震わせる。
理科教師だった前世の知識「コンクリートの締め固め原理」の応用だ。
普通の大工が見たら「魔法の無駄遣いも甚だしい」と卒倒するような贅沢な技術投入。だが、彼女たちに妥協はない。すべては美味しいカブのためだ。
作業開始から数時間。
庭の片隅に、没落貴族の屋敷には不釣り合いなほど完璧な流線型を描くドーム状の窯が完成した。
「ふふふ……美しい。レオナルド・ダ・ヴィンチもびっくりの造形美ね」
「見た目はいいけど、肝心なのは性能よ。アリス、余熱いくわよ!」
エレンが窯の中に薪を放り込み、初等魔法の火を灯す。
アリスは窯の横に立ち、共有している感覚を「熱感知」に集中させた。
「……対流が始まったわ。熱気がドームの天井を伝って、完璧に循環している。エレン、温度計代わりの『焦がしパン』を入れて」
「おっけー。……よし、十秒でこんがり。推定温度、350度。いつでもいけるわ!」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
取り出したのは、今朝収穫したばかりの立派なカブだ。
皮を剥き、厚めにスライスする。本来ならここにオリーブオイルと岩塩、パラパラとハーブを振りかけたいところだが、今のシルバーストーン家には、母様が隠し持っていた「なけなしの岩塩」しかない。
「素材の味を楽しむ……それが本当の贅沢」
「いくわよ、カブ・イン・ザ・オーブン!」
鉄板に乗せられたカブが、熱い窯の中に吸い込まれていく。
数分後。
扉を開けた瞬間、弾けるような音とともに、香ばしい香りが広がった。
「見てアリス! カブが……カブが黄金色に輝いてる!」
「糖分がキャラメリゼされたのね。表面はパリッと、中はホクホクのはずよ」
二人は熱々のカブをフォーク(これもエレンが端材を削り出したDIY品)で突き刺し、同時に口に放り込んだ。
「「……んんんんんまいいいいいいいい!!」」
脳内に、前世で食べた高級イタリアンの記憶がフラッシュバックする。
カブ特有の甘みが凝縮され、遠赤外線効果で芯まで熱が通り、まるで別の野菜に生まれ変わったかのようだ。
「ただの塩だけなのに……何これ、ステーキより美味しくない?」
「これが熱力学の勝利よ、エレン。次は……そうね、麦を見つけて、ビールを自作(DIY)して、このカブと一緒に流し込む。それが当面のゴールよ」
「最高じゃない。教育者として、この領地の食文化を根底から叩き直してやるわ!」
カブを頬張りながら、銀髪の美少女二人は泥だらけの顔で笑い合う。
屋敷の窓からその様子を見ていた母様が、「あらあら、あの子たち、また変なものを作って……でも楽しそうね」と微笑んでいることにも気づかず、彼女たちの意識はすでに「次の工作」へと飛んでいた。
「アリス、次はやっぱり『燻製器』じゃない?」
「いいわね。でも、その前にこの窯で焼くためのパン生地をなんとかしましょう。没落貴族のプライドにかけて、最高にモチモチのやつをね」
没落領地、シルバーストーン。
そこが「世界一楽しい大人の遊び場」に変わるまで、あと数回のDIYが必要なようだった。




