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第1話:二度目の人生は二人分(と、カブ地獄からの脱出)

「……あ、これ死んだわ」


それが、成瀬健一の人生最後の記憶だった。

週末のロングライド。心地よい風を切りながら峠を下る快感。昨晩飲みすぎたウイスキーが少し残っていたのかもしれない。一瞬のふらつき、ガードレールの向こう側に広がる青い空。


次に意識が浮上したとき、視界が二つあった。


「おぎゃあ!」

「おぎゃあ!」


右の視界には、自分を覗き込む金髪の優しそうな女性。

左の視界には、同じ女性が反対側から自分を覗き込んでいる様子。


(待て。ステレオカメラか? いや、視点が独立している……?)


混乱する思考。しかし、脳が処理を追いつかせようとフル回転する。

自分の右手だと思って動かしたものは、右の視界の赤ん坊の小さな手。

自分の左手だと思って動かしたものは、左の視界の赤ん坊の小さな手。


(……俺、分裂した?)


元教師として数多の生徒の屁理屈を裁いてきた成瀬だったが、この状況は「理科」の範疇を完全に超えていた。


それから数年。

「二人で一人」という奇妙な生活にも慣れ、アリス(姉)とエレン(妹)として生きる俺の生活は、一言で言えば「地獄」だった。

いや、虐待されているわけではない。両親は没落していても愛にあふれている。

問題は、圧倒的な「物資不足」だ。


「……ねえ、アリス。今日のスープ、具が見えないんだけど」

「エレン、それは贅沢というものよ。これは『カブの風味を最大限に活かした透明な白湯』と考えれば、ほら、ミシュランっぽいでしょ?」

「無理。お腹空いた。肉食べたい。せめてポテチ食べたい」


二つの体で同時にため息をつく。

俺の意識は一つだが、肉体は二つ。アリスが冷静に状況を分析し、エレンが感情的に文句を垂れる。これが最近のデフォルトだ。

そして、この二つの体を繋いでいるのが、特殊能力『二心同体デュアル・コア』である。


「アリス、ちょっと右目貸して。私、今手が塞がってるから」

「了解。エレンの左手は私が操作するわ。……よし、この重い薪を運ぶわよ」


アリスが重力を計算して踏ん張り、エレンが瞬発力で持ち上げる。

一人なのに二馬力。視野角は合計で300度以上。死角なしの完璧な布陣。

……が、そのスペックを使い道といえば、荒れ果てた屋敷の掃除と、裏山のカブの収穫だけだった。


「もう限界! 元教師のプライドにかけて、この生活環境をQOLクオリティ・オブ・ライフ爆上げさせてやる!」

「賛成よ、エレン。まずは……そうね、この『座るだけで腰が砕けそうなガタガタの椅子』から手をつけましょうか」


アリス(理論担当)の目が光る。エレン(実技担当)が拳を握る。


二人は屋敷の裏にある「ガラクタ置き場」へ向かった。没落貴族の悲哀か、そこには昔の栄光を感じさせる壊れた高級家具や、謎の金属パーツが山積みになっている。


「見てアリス! この錆びた鉄パイプ、クロモリ鋼に近い質感がするわ!」

「それは自転車脳すぎるわよエレン。でも、この板材は良質のオークね。乾燥具合もいい。……設計図は私の脳内でもう完成したわ」


アリスが地面に小枝で図面を引き始める。

「荷重を分散させるためのトラス構造……。この接合部はホゾ継ぎで。道具がないから、エレン、あなたの魔法で無理やり削って」

「任せなさい! 『魔力カッター・低出力モード』!」


エレンが指先に魔力を集中させ、木材をバターのように切り裂いていく。理科の教師だった俺にとって、魔法は「超便利な物理法則」でしかない。

アリスがミリ単位で指示を出し、エレンが超人的な身体能力と感覚で加工していく。

視界を共有しているから、アリスの脳内にある完成図を、エレンが自分の視界にAR(拡張現実)のように重ねて作業できる。これがデュアル・コアの真骨頂だ。


「よし、一丁上がり!」


出来上がったのは、人間工学エルゴノミクスに基づいた、背もたれのカーブが美しいウッドチェアだ。

座ってみると、腰を優しく包み込み、長時間の「漫画執筆(予定)」にも耐えられそうな極上の座り心地。


「ああ……これよ。この『自分の手で世界を修正する感覚』。DIYの醍醐味ね」

「あとは、この椅子で飲むビールがあれば最高なんだけど……」


二人は夕焼けを見ながら、一つの意識で同じ渇きを感じていた。

酒、料理、娯楽、そして愛車。

前世で愛したすべてをこの手に取り戻すまで、双子の快進撃は止まらない。


「次は、カブを百倍美味しく焼くための『レンガ造りのピザ窯』を作るわよ!」

「おー!」


銀髪の美少女が二人、夕日に向かって拳を突き上げる。

中身が三十代の元教師だとは、誰も気づくはずもなかった。

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