第18話:王都冷温(コールド)チェーン作戦と、ビールを護る揺りかご
「アリス、これただの馬車じゃないわ。私の知ってる馬車は、乗ったらお尻の骨が粉砕されるマシーンだけど、これは……高級ソファが走ってるみたい!」
「当然よエレン。熱力学の次は『振動工学』よ。王都の喉渇ける貴族どもに、炭酸の抜けたぬるいビールを届けるわけにはいかないもの!」
王都のギルバート商会と大型契約を結んだシルバーストーン家。しかし、大きな問題が浮上した。
シルバーストーン領から王都までの街道は、お世辞にも舗装されているとは言えないデコボコ道。普通にビール樽を馬車に積んで運べば、王都に着く頃には激しい振動で中身がシェイクされ、泡だらけになって樽が爆発するか、気が抜けた泥水になってしまう。さらに、真夏の強い日差しが直撃すれば、ビールは腐り、アイスはただの甘いスープに成り下がる。
「前世の『コールドチェーン(低温物流網)』がいかに偉大だったか、骨身に染みるわね」
アリスがフハハと不敵に笑い、地面に複雑な数式(フックの法則と減衰振動の計算式)を描き殴る。
「でも、無いならDIYすればいいのよ。エレン、いくわよ!」
「オーライ! 異世界初の冷魔動コンテナ『シルバーストーン・エクスプレス』、着工!」
二人の『二心同体』が、大型馬車の改造現場でフル稼働を始めた。
アリス(理論・設計担当)が、馬車の総重量と悪路の凹凸から受ける衝撃をリアルタイムでシミュレーションし、最適な「バネ定数」を算出。エレン(実技・工作担当)がその数値を脳内でダイレクトに受信し、魔の森の極硬木と弾力性のある柔軟木を幾重にも重ね合わせた「木製リーフスプリング(重ね板バネ)」を、寸分の狂いもなく削り出していく。
「エレン、後輪の左側に受ける荷重の応力分布を投影したわ。そこ、あと0.5ミリ厚くして、しなりを均一にして!」
「了解! 『精密魔力彫刻』で微調整!」
ガリガリガリ! と、エレンの指先から火花(のような木屑)が飛び散る。
通常なら熟練の鍛冶職人が数か月かけて試行錯誤するサスペンション機構だが、アリスの正確な「物理演算ナビ」と、エレンの「限界突破した工作精度」の組み合わせにより、わずか数時間で「悪路の衝撃を90%カットする魔法の足回り」が完成した。
さらに、荷台のコンテナ部分には、ピザ窯で培った断熱技術を応用。
二重の木壁の間に、空気層と魔の森の断熱コルクをぎっしりと詰め込み、太陽の放射熱を完全にシャットアウトする構造にした。
そして、そのコンテナの心臓部に鎮座するのが、実験教室の優秀な生徒・ハンスたちが誇らしげに組み立てた「大型硝石冷却シリンダーポンプ」だ。
「ハンスくん、このレバーを馬車の車輪の回転と連動させるギヤ(歯車)の比率は、アリス様の計算通りだね?」
エレンが尋ねると、特製作業着を着たハンスが胸を張った。
「バッチリです、エレン様! 馬車が走ると、車輪の動きで自動的にポンプがシュコシュコ動いて、コンテナ内の硝石水溶液が循環します! 走り続ける限り、中は冬の魔の森より冷え冷えです!」
「素晴らしいわハンスくん! 単位時間あたりの吸熱効率が理論値の120%を超えているわ。あなた、やっぱりうちの工業高校(予定)の特待生ね!」
アリスに頭を撫でられ、ハンスは「へへへ、科学万歳!」と完全に信者の顔で悦に浸っていた。
こうして、外見はただの頑丈な大型馬車、しかし中身は「最新鋭の冷蔵コンテナ列車(馬車版)」が完成した。
詰め込まれたのは、出来立ての黒ビール(シルバーストーン・エール)が数百樽、そして厳重に保冷されたチョコレートアイスクリームがぎっしり。
御子を務めるのは、気弱から敏腕プロデューサーにジョブチェンジした父様だ。
「よし……アリス、エレン、父さん、この『悪魔のコンテナ』を絶対に無傷で王都に届けてみせるよ!」
「頼んだわよ父様。炭酸の内圧が上がったら、コンテナ横の安全弁(エレン製)をプシューって抜いてね!」
パカパカと馬の蹄の音を響かせ、シルバーストーン・エクスプレスが王都へと出発した。
数日後、夏の盛りの王都。
ギルバート商会の裏手にある納品所に、父様の馬車が到着した。
待ち構えていた大商人ギルバート氏は、馬車を見るなり、呆れたようにため息をついた。
「男爵、本当にこの炎天下の中を数日間走らせて、ビールが無事なのですか? 普通なら樽の中で発酵が爆発して酸っぱくなっているか、泡が抜けてただの麦汁になっていますぞ」
「フフフ、ギルバート殿。我が娘たちの『ロジスティクス』を侮ってもらっては困ります」
父様はニヤリと笑い、コンテナの頑丈なレバーを引き絞った。
カチャリ、とロックが外れた瞬間――。
――プシューーーーーッ!!!
凄まじい勢いで、冷え冷えの白い「冷気」が王都の熱い空気の中に噴き出した。周囲の地面に、一瞬でうっすらと霜が降りる。
「な、何だと……!? コンテナの中が、凍っている……!?」
ギルバート氏が目を丸くする。
父様が樽の蛇口をひねり、ガラスのジョッキに黒ビールを注いだ。デコボコ道を数日間走ったとは思えないほど、炭酸はきめ細かく、泡は完璧な黄金比率(7:3)。そして、ジョッキの表面は一瞬で真っ白に結露した。
「さあ、どうぞ。たった今、我が領の醸造所で注いだものと、全く同じ品質です」
ギルバート氏は震える手でジョッキを取り、喉に流し込んだ。
「……ッッッ!!!!」
言葉が出ない。喉を突き抜けるのは、強烈な冷たさと、完璧に保たれた炭酸の刺激。そして、悪路で一切劣化していないホップの芳醇な香り。
「美味い……美味すぎる……! 酷暑の王都で、これほど新鮮で、これほどキンキンに冷えたエールが飲めるなど……これは悪魔の飲み物か!?」
ギルバート氏の絶叫が、納品所に響き渡った。
すぐさま、この「冷え冷えエール」と、同時に納品された「極上チョコレートアイスクリーム」は、王都の貴族街へと運ばれた。
その日の夜、王都の貴族たちの夜会は、大パニックに陥っていた。
「おい、ギルバートの店に変な氷の食べ物があるぞ!」
「口に入れた瞬間、冷たさと甘みを残して消えた!? 魔法か!? どんな高位の魔導師が作ったのだ!」
「この黒いエールを見ろ! 霜が降りている! 喉越しが……喉越しが良すぎて、いくらでも飲めるぞ!!」
贅沢に飽き果てていた王都の貴族たちが、シルバーストーン領の「冷え冷えセット」を前に、完全に理性を失って狂喜乱舞していた。アイスクリーム一切れに金貨が飛び交い、ビール一樽を巡って伯爵と侯爵が掴み合いの喧嘩を始める始末である。
その頃、辺境のシルバーストーン領。
屋敷の庭で、アリスとエレンはチェスター商会から送られてきた「王都での大ヒットの速報」を読んでいた。
「フハハハ! 狙い通り、王都の貴族どもが私たちのDIYの奴隷になったわね!」
アリスが特製の冷たいエールを喉に流し込みながら、悪い顔で笑う。
「本当にアリスの計算通りだったね。リーフスプリングのおかげで、ビール瓶も一本も割れなかったよ。ハンスたちへのボーナスも、これでたっぷり払えるね」
エレンも満足げに、冷えたアイスをパクリと食べた。
『二心同体』の意識の中で、二人はすでに、王都から送られてくるであろう「莫大な売上金(金貨の山)」の使い道を、一瞬でコンパイル(最適化)していた。
(エレン、ついに資金が限界突破したわ。王都のギルバートに、最高級の『クロモリ鋼管』と、最高精度の『極小ボールベアリング』を発注しなさい!)
(了解! ついに真鍮の重いギヤともおさらばだね。フロント2速、リア11速、総重量7キロ切りの、異世界最強のロードバイクを組んであげる!)
没落貴族の庭で、冷たいビールとアイスを片手に、前世の「趣味」の完全再現へ向けて、双子の笑顔はどこまでも、お気楽に、そして不敵に輝くのだった。




