第17話:気弱な父様、王都で敏腕プロデューサーに覚醒するの巻
「いい? 父様。ビジネスの交渉で最も大切なのは『技術の解説』ではないわ。『相手の不利益を解消し、欲望を刺激すること』よ。つまり、主導権を握るの。弱気な顔を見せたら、王都のハイエナどもに骨までしゃぶられるわよ!」
「ひぇっ……! ア、アリス、顔が怖いよ……! 先生みたいだ……」
シルバーストーン家の応接間。そこには、小さな人差し指を突きつけて父親を熱血指導する銀髪のロリっ子アリスと、その迫力にガタガタと震える男爵(父様)の姿があった。
宅配ビジネスの成功で領地が潤い始めた今、双子が次に仕掛けたのは「外貨の獲得」だ。
いくら領内で経済を回しても、ここは辺境の没落領。王都から高度な金属材料(愛車のクロモリパイプや高性能なベアリング)を買い付けるには、国を動かす大金、つまり「外貨」が必要なのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、我が家の家長でありながら、これまで没落の重圧で影の薄かった父様である。
「アリス、カンペの準備はバッチリよ! 父様が噛み倒したとき用の『緊急遠隔アシスト・カンペ(AR仕様)』もシステム構築完了!」
エレンが親指を立てる。
双子の特殊能力『二心同体』は、今回、父親を陰から操る「最強のカンペ発射装置」として魔改造されていた。アリスが交渉相手の心理を理科教師の観察眼でプロファイリングし、エレンがそのデータを基に、父様の網膜(に似た魔力領域)へ「次に言うべきセリフ」を直接投影するという、悪魔の連携システムだ。
「よし、父様! これが我がシルバーストーン領の未来を握る『特許(技術独占契約)申請書』と、試作型の『ポータブル冷え冷え魔導ボックス(チェスター商会お墨付き)』よ。これを王都の商工商会に叩き込んできて!」
「う、うん……! 娘たちのチャリのために、父さん、頑張るよ……!」
こうして、気弱な男爵の「王都ビジネス出張」が始まった。もちろん、アリスとエレンも「荷物持ち兼チーフプロデューサー」としてちゃっかり馬車に同乗している。
王都の大商工商会、その最上階にある重厚な会議室。
シルバーストーン男爵の前に座ったのは、王都の流通を牛耳る冷徹な大商人、ギルバート氏。彼は男爵が持ち込んだ不格好な箱を鼻で笑った。
「これはこれは、シルバーストーン男爵。辺境の没落貴族が、我が商会に何の用ですかな? 借金の猶予なら、お門違いですが……」
(――キタわね。典型的なマウンティング。父様、怯んじゃダメよ!)
アリスの思考がエレンを通じて、父様の背後に立つ双子の視線から送られる。
二人は『二心同体』でギルバートの視線、手の動き、呼吸を完全スキャン。アリスの脳内メンタルマップが「この男、ハッタリでこちらの出方を見ている」と弾き出した。
(エレン、父様の右斜め15度の視界に『セリフA・強気モード』を投影!)
(了解! ガイド、射出!)
父様の視界に、アリスが構築した鮮やかな青い文字が浮かび上がる。
気弱だった父様は、その文字を読んだ瞬間、娘たちの圧倒的なバックアップ(実物資産の自信)を感じて、スッと背筋を伸ばした。その目が、かつてないほど鋭く据わる。
「ギルバート殿。ハッタリはそこまでにしましょう。私が今日持ってきたのは、お願いではなく、あなた方への『施し』ですから」
「な、何だと……?」
ギルバートの眉がピクリと跳ねる。
「こちらの箱をご覧あれ」
父様はアリス直伝の「アップル社の新製品発表会」のような流麗なジェスチャーで、保冷ボックスの蓋を開けた。
中から立ち上る、真夏にはあり得ない濃密な白い冷気。そしてその中から取り出したのは、霜の降りた、冷え冷えの『シルバーストーン・エール(ビール)』だ。
「……っ!? 氷の魔法を使わずに、なぜこれほどの冷気を……!?」
驚愕するギルバートに、父様はトドメのセリフ(アリス作)を叩き込む。
「これは我が領が開発した『硝石溶解熱・熱伝導制御システム』。平たく言えば、魔力も氷も使わずに、水と特定の鉱石だけで、いつでもどこでも食材をキンキンに冷やせる技術、その【独占実施権(特許)】です。これが王都の夏にどれほどの価値を生むか、商人であるあなたなら、計算できないはずがありませんよね?」
ギルバートの顔色が変わる。目の前にあるのは、夏の王都のパワーバランスを完全にひっくり返す「バケモノ技術」だ。
彼は慌てて、猫撫で声に切り替えた。
「素晴らしい……! 流石は男爵! よろしい、この技術、我が商会が金貨500枚で買い取りましょう!」
(アリス! 500枚だって! チャリのパーツが山ほど買えるよ!)
(甘いわエレン、買い切りなんて一番損するパターンよ! 教師の給与交渉並みにシビアにいくわよ! 父様、セリフCを爆射して!)
父様の視界に、今度は真っ赤な文字が踊る。
父様はフッと不敵な笑みを浮かべ、ギルバートが差し出そうとした契約書を、人差し指でピシッと押し戻した。
「ギルバート殿、勘違いしないでいただきたい。この技術が欲しければ、金貨の他に、条件がもう一つあります」
「条件……? 何なりとおっしゃってください」
「我がシルバーストーン領の『ホップ』と『黒ビール』を、今後十年間、王都の指定飲料として優先的に買い取りなさい。もちろん、適正価格でね」
「なっ……!?」
ギルバートが絶句する。技術の契約にかこつけて、領地全体の主要産業の「永久販路」を確保する。それは、没落貴族が思いつくような交渉術ではなかった。
「我が領の美味いエールを、この冷え冷えボックスで王都の民に届ける。それこそが、この技術の価値を最大化するマリアージュ(組み合わせ)です。……嫌なら結構。チェスター商会は、金貨700枚を提示してくれていますので」
もちろん、チェスター商会の話はアリスのついた「美しいブラフ(嘘)」だ。
ギルバートの額からタラリと冷や汗が流れる。彼は目の前の気弱そうな男爵の後ろに、まるで「巨大な敏腕プロデューサーの影」が見えるような錯覚に陥っていた。……実際は、泥だらけの銀髪ロリ双子が後ろでニヤニヤしているだけなのだが。
「……わ、分かりました。男爵、その条件、全面み(・)の(・)む(・)し(・)……いや、全面的に飲みましょう! 契約成立だ!」
ガシッと握手を交わす父様とギルバート。
その瞬間、シルバーストーン領は、王都の大商会を従えた「一大経済拠点」へと昇格した。
会議室を出た瞬間、父様は「アリス! エレン! 父さん、やったよ! 言えたよ!」と、涙目で双子に抱きついてきた。
「よくやったわ、父様。これで第一関門突破ね。大人の交渉術、完璧だったわよ」
アリスがヨシヨシと父親の頭を撫でる。
「さすが我が家のトッププロデューサー(仮)! これで王都の最高級クロモリ鋼、買い占め放題だね!」
エレンがパチパチと拍手を送る。
気弱だった父様が、娘たちの最先端技術(DIY)と教育(プレゼン術)によって、王都を揺るがす「敏腕プロデューサー」へ覚醒した瞬間であった。




