第16話:爆走! シルバーストーン宅配便(と、元教師のシフト地獄)
「いい? みんな。私たちが今日から始めるのは、単なる『お使いの代行』ではないわ。これは領地の血液を循環させる、最先端の『ロジスティクス(物流システム)』よ!」
「つまり、チャリで爆走して、アイスが溶ける前に届ければ金になるってこと! 難しく考えなくていいからねー!」
シルバーストーン家の前庭。ツバのついた帽子を斜めに被った銀髪の双子、アリスとエレンの前には、先日「アイスクリームの配給」によって完全に胃袋を掴まれた子供たち(主に実験教室の生徒たち)が、キリッと引き締まった表情で整列していた。
チェスター商会との取引が決まり、アイスクリームの量産化に目処が立った双子。しかし、元高校教師の魂を持つアリスには、一つ気がかりなことがあった。
「子供たちをただの熱狂的な信者で終わらせてはダメよ。彼らに『労働と対価』の仕組みを教え、小遣いを稼がせ、領地の経済を回す……これぞ真の教育よ!」
というわけで、没落領地シルバーストーンに、異世界初の「フードデリバリー事業」が爆誕することとなったのだ。
配達の主役となるのは、エレンがガラクタ置き場の廃材と魔の森の素材で増産した「魔動自転車・ビジネス仕様」。
その最大の特徴は、後部にデカデカと搭載された、アリス設計の「超断熱保冷・保温ハイブリッドボックス」である。
「アリス、このボックスの断熱、マジで完璧だわ。魔の森のコルク樹皮と、ピザ窯で使った耐火粘土の空気層をサンドイッチにしたやつね」
エレンがボックスの蓋をパカパカしながら感心する。
「当然よ、エレン。熱伝導率の極限までの引き下げと、放射熱を反射するアルミ(風の魔導金属板)のコンビネーション。さらに『凝固点降下』を利用した硝石氷冷パックを敷き詰めれば、外気温が30度を超えても内部はマイナス5度をキープできるわ。熱力学を舐めないでほしいわね」
二人の『二心同体』が、この物流センター(自宅の庭)で凄まじい処理能力を発揮していた。
アリスが脳内で、領内の地図と子供たちの「体力・最高速度」をパラメータ化した配車シミュレーションを行い、エレンがその結果をダイレクトに受信して、次々と子供たちのチャリに保冷ボックスを固定していく。
「ハンスくん、君は俊足だから一番遠い『西の果ての農家』まで冷え冷えアイスと、焼き立てカブピザのセットね! 予定到着時間は12分よ!」
「ラジャー、アリス様!」
「無理しないで、下り坂はちゃんとブレーキかけなよー!」
エレンがハンスのヘルメット(木彫り)をポンと叩く。
「さあ、キャッチコピーを復唱しなさい!」
アリスが号令をかけると、子供たちが一斉に拳を突き上げた。
「「「冷たいエールと焼きたてカブピザ、冷え冷えアイスを、溶ける前にあなたの家へ!!!」」」
「シルバーストーン・サイクルデリバリー、配送開始!!」
ガガガガッ! と、一斉にペダルが漕ぎ出され、不格好ながらも機能美に溢れたビジネスチャリが、砂煙を上げて領内へと散っていった。
ここからのアリスの仕事は、前世の修羅場(文化祭のシフト管理および試験監督の割り振り)を彷彿とさせる激務だった。
「ハンスくんが西に向かったから、次の南東の開拓地へのオーダーは……体力的に余裕のあるトムくんに。あ、でもトムくんは午前中に薪割りをしてるから、労基法(自主規制)に引っかからないように、ここは30分のインターバルを挟んで……」
アリスが小枝で地面に凄まじい密度の「ガントチャート(工程管理表)」を描き殴っていく。
エレンはその横で、共有しているアリスの脳内キャパシティがオーバーヒートしないよう、冷たい水をアリスの口にストローで注ぎ込みつつ、戻ってきたチャリのメンテナンスを秒速で行っていた。
「はい、ギヤの噛み合わせがズレてる! 『ポイント・インパクト』で修正! 次、保冷パックの交換! 急いで急いで、ピザが焼けちゃうよ!」
一人が完全に頭脳となり、一人が超高速の端末として動く。このデュアル・コアによる「ワンオペ物流センター」は、王都のどの商業ギルドよりも効率的に機能していた。
一方、領内は未だかつてない大混乱(※良い意味で)に陥っていた。
「な、なんだあの銀色の物体系は!?」
畑を耕していた農夫が、背中にバカでかい箱を背負い、鼻歌を歌いながら時速30キロで爆走していく子供を見て腰を抜かす。
そして、そのハンスが農夫の家の前で急ブレーキをかけた。
「毎度! シルバーストーン宅配便です! 旦那さん、奥さんから『お昼休みに冷たいものでも飲んで』って、注文が入ってます!」
「はあ!? 冷たいものって、お前、このクソ暑い農地に――」
パカッ、とハンスが背中のボックスを開ける。
そこから立ち上る、信じられないような「白い冷気」。
中から出てきたのは、硝石冷却でキンキンに冷やされた『シルバーストーン・エール(黒ビール)』と、まだ湯気が立っている『熱々カブピザ』だった。
「な、ななな、なんじゃこりゃあああ!! ビールが、ビールに霜が降りておるぞ!?」
農夫が震える手で木樽のジョッキを受け取り、一気に喉に流し込む。
「……くぅぅぅぅぅっ!!! 喉がッ! 喉が生き返るようだ!! なんだこの冷たさは! そしてこの焼きたてのピザ……美味すぎる、カブが黄金の味がするぞ!!」
この「爆速デリバリー」の衝撃は、瞬く間に領内を駆け巡った。
「家にいるだけで、冷たい酒と熱々の飯が届く」
それは、中世ヨーロッパ風のこの世界において、貴族ですら味わったことのない究極の贅沢だった。
「おい、うちにもあの『チャリ』を呼んでくれ!」
「畑までアイスを届けてくれ!」
「双子様の冷やしカブ、美味すぎる!」
午後になると、シルバーストーン家には領民からの注文(伝書鳩や、通りがかった子供への口頭伝達)が殺到し、前庭は文字通りの「お祭り騒ぎ」の活気に包まれた。
夕方。
すべての配達を終え、戻ってきた子供たちが、庭にチャリを並べて大の字に寝転ぶ。その顔は疲れ果てていたが、誰もが最高の笑顔だった。
「アリス様……! 畑のおじちゃんがさ、美味すぎて泣きそうって、チップ(お駄賃)で果物くれたよ!」
「エレン様、俺、今日でチャリの変速のコツを完全に掴んだ! 明日はもっと早く走れる!」
アリスとエレンは、そんな子供たちの前に立ち、チェスター商会から入ったばかりの「ピカピカの銅貨」を、一人ひとりの手に丁寧に握らせていった。
「みんな、お疲れ様。これが今日の君たちの『労働の成果』、給料よ。これで家族においしいものでも買ってあげなさい」
アリスが優しい、しかし誇らしげな「教師の顔」で微笑む。
「みんなの爆走のおかげで、この領地がちょっとだけ元気になったよ! ありがとう!」
エレンが満面の笑みでハイタッチを交わす。
子供たちは、自分が稼いだ人生初の給料(銅貨)を握りしめ、「双子様、万歳!!」「明日も絶対働く!!」と、今や完全にシルバーストーン宅配便の熱血社員と化していた。
その様子を、屋敷の窓から見ていた父様は、
「……なあ、妻よ。我がシルバーストーン領が、なんだかものすごい勢いで『近代化』している気がするんだが……気のせいだろうか?」
と、ガタガタ震えながら母様に問いかけていた。母様は冷たいビールを片手に、「あらあなた、良いことじゃない。お給料をもらった子供たちが、嬉しそうに市場へ走っていくわよ」と、すっかり達観した様子で微笑んでいた。
「ふふふ、経済の循環が始まったわね、エレン」
「そうだね、アリス。これで資金はかなり貯まるはず……」
双子は、夕日に映える自分たちの魔動自転車を眺めながら、一つの意識で同じ「黒い野望」を燃やしていた。
「……よし、この調子で資金を稼ぎまくって、次は……ついに王都から『最高級のクロモリ鋼のパイプ』を買い付けるわよ! 究極のロードバイクDIYの始まりね!」
「おーっ!」
没落領地シルバーストーン。
そこが、世界で最も「物流がハイテクな自転車の聖地」になる日は、そう遠くないようだった。




