第15話:魔女の恋した冷々(ひえひえ)カカオ(と、硝石まみれの双子)
「アリス、私、今ならはっきり言えるわ。理科の先生って、たまにものすごく狂気的なことするよね」
「心外ねエレン。これは狂気ではなく、夏を生き抜くための正当な『化学』よ。ほら、そこを右から35度の角度で攪拌して!」
シルバーストーン家の裏庭は、現在、異世界とは思えないほど「理系の不審者感」に満ちていた。
原因は、照りつける夏の太陽。いくら川の水が冷たくても、屋敷のQOL(生活の質)を愛する双子にとって、ぬるい空気は耐えがたい。そして何より、前世で三十代の高校教師だった成瀬健一の魂が、強烈に求めていたのだ。
――風呂上がり、あるいは汗をかいた後に食べる、キンキンに冷えた甘いアイスクリームを!
しかし、ここは氷が金と同価値とされる世界。前世のような冷凍庫などあるはずもない。
だが、そこに立ちはだかるのが、アリス(理論担当・元理科教師の脳)と、エレン(実技担当・職人肌の肉体)による特殊能力『二心同体』である。
「アリス、硝石の準備できたわよ! 領内の古い土壁や灰からかき集めた、なけなしの結晶!」
エレンが泥まみれの麻袋を掲げる。
「素晴らしいわ、エレン。硝石、つまり硝酸カリウムが水に溶けるときの『吸熱反応』を利用するのよ。物質が水に溶解するとき、周囲の熱を奪う(溶解熱)。これを発見した先人に敬意を表しつつ……いくわよ!」
二人の共有視界に、アリスが脳内で演算した「熱量移動のシミュレーション」が、鮮やかな青と赤のグラデーションとなって投影される。
「目標温度はマイナス10度。エレン、外側の大きな木桶に水を張って、硝石を一気に投入! 同時に、内側の金属ボウルに材料をセット!」
「ラジャー!」
金属ボウルの中には、シルバーストーン領の元気な牛から搾った濃厚な牛乳、新鮮な卵黄、そして第10話で隣街から密輸(?)してきた「カカオっぽい何か」をすり潰した特製チョコレートソースが入っている。
「ここからがエレン、あなたの腕の見せ所よ。アイスクリームの命は『乳化』と『空気の抱き込み』。氷の結晶が大きくなるとシャリシャリのシャーベットになっちゃう。目指すは、王都の貴族も腰を抜かす滑らかな口溶けよ!」
「任せなさい! 『魔力カッター・攪拌モード』!」
エレンが指先をボウルに突っ込み、超高速で円を描く。
普通なら泡立て器で数十分かかる重労働だが、エレンの超人的な身体能力と魔力制御の前には赤子の手をひねるようなもの。エレンの視界には、アリスのナビゲーションによって「混ざり具合の均一性」がパーセンテージで表示されている。
『二心同体』の恐ろしいところは、エレンが秒速数十回転という人間離れした速度で手を動かしながらも、アリスの冷静な脳が「あ、今ちょっと脂肪球が分離しかけたから、速度を3%落として」とリアルタイムでフィードバックを返せる点だ。
「アリス、外側の木桶がどんどん冷たくなってきた! 霜が降りてるわ!」
「よし、溶解熱による一次冷却は成功ね! 次は、内側のボウルに少しだけ塩を投入して『凝固点降下』をブーストさせるわよ!」
「物理法則をこれでもかと贅沢に使い潰す美少女双子、ここに参上!」
ガタガタガタガタ! と、エレンの手の動きに合わせて金属ボウルが鳴り響く。
アリスはエレンの感覚を通じて、チョコレートクリームの「粘度」を感知していた。
「……手応えが変わったわね。液体から固体への相転移が始まった。エレン、ラストスパートよ! 空気を細かく均一に混ぜ込んで、ベルベットのような質感に仕上げて!」
「うおおおおお! 私のロードバイクのペダリング(ケイデンス120)に比べれば、この程度の腕の回転、軽い軽い!」
バシャバシャという音が、次第に「ぽってり、とろり」とした重い音へと変わっていく。
そして――。
「……ストップ! 完璧よ、エレン」
エレンが指を引き抜くと、そこには、見るからに濃厚そうで、わずかに冷たい湯気(水蒸気)をまとった、芸術的な「チョコレートアイスクリーム」が完成していた。
「できた……異世界初、ソフトクリーム寄りの極上アイス……!」
二人は我慢できず、小さなスプーン(もちろんDIY製)で、同時にその黄金(茶色)の結晶をすくい、口に運んだ。
「「……う、んまああああああああ!!!」」
口に入れた瞬間、カカオの濃厚な香りと濃厚なミルクのコクが広がり、次の瞬間には、冷たさと共に文字通り「儚く、滑らかに」溶けて消えた。
「何これ、前世のデパ地下で買った高級ブランドのやつより美味しいんじゃない!?」
「素材が新鮮だからね。それに、私たちの完璧な攪拌の賜物よ!」
二人が庭で手を取り合ってクルクルと踊っていると、ちょうど「シルバーストーン理科実験教室」の生徒であるハンスたちが、お家の手伝いを終えてゾロゾロとやってきた。
「双子様ー! 今日のお引っ越し(炎色反応)の続きはー?」
「あ、ハンスくん。良いところに来たわね。今日は実験の代わりに、これを食べさせてあげる」
アリスが不敵に微笑み、木べらで小さく小分けにしたアイスクリームを子供たちに配る。
子供たちは「なんだこれ? どろどろの冷たい土?」と怪訝な顔をしていたが、ハンスが意を決してペロリと舐めた瞬間、その目が限界まで見開かれた。
「……う、うわあああああ! 冷たい! 甘い! 溶ける! なんだこれ、すんごい美味い!!!」
「えっ、ずるい! 俺も! 私も!」
庭は一瞬にして狂乱の坩堝と化した。
「冷たいお菓子」なんて概念が存在しない辺境の村だ。子供たちにとっては、口の中で消える冷涼な甘みは、奇跡そのものだった。
「双子様……これ、やっぱり魔法だよね? 氷の魔法だよね!?」
「違うって言ったでしょ、これは化学の――」
「いや、もう魔法でいいよ! アリス様、エレン様は神だ! 氷の女神様だ!!」
ハンスを筆頭に、子供たちが庭で五体投地のようにひれ伏し始める。
「ちょっと、やめなさい! 宗教を開くつもりはないわよ! 教育者として、科学の原理を――」と慌てるアリス(中身:元高校教師)だったが、エレンは「あはは、神様になっちゃった。じゃあ、明日の薪割りも手伝ってね、信者のみんな!」と、すっかり調子に乗っていた。
しかし、この「お気楽な冷やしスイーツ計画」は、双子の想像以上のスピードで外の世界へと漏れ出していく。
数日後。
シルバーストーン家のボロい門の前に、一台の立派な馬車が止まった。
中から現れたのは、隣街で手広く商売を営んでいるチェスター商会の主人、恰幅の良いチェスター氏だった。彼は、額の汗を高級なハンカチで拭いながら、応接間で双子と、何事かとオロオロしている両親(領主夫妻)と対峙した。
「シルバーストーン男爵。……単刀直入に申し上げましょう。街の子供たちの間で、『辺境の没落貴族の屋敷には、口に入れると消える、至高の氷の果実がある』と噂になっておりましてな」
チェスター氏はギラリと商人の目を光らせた。
「最初は子供の戯言と思っていましたが……我が商会のハンス(実は商会主の親戚の子だった)が、あんなに必死に『神の食べ物だ』と言うのを聞いて、居ても立ってもいられず、こうして馳せ参じた次第です」
チェスター氏は、テーブルの上にドン! と、ずっしり重い金貨の袋を置いた。
「どうでしょう、男爵。その『冷たいお菓子』の製法、あるいは販売権を、我がチェスター商会に譲っていただけませんか? 我が街、いや、王都に持っていけば、文字通り『金銀の山』が動くビジネスになりますぞ……!」
「えっ……えええっ!? い、氷のお菓子……!?」
何も知らない父様と母様が、目を白黒させて双子を振り返る。
当のアリスとエレンは、テーブルの下でこっそり手を繋ぎ、一つの意識で「ニヤリ」と邪悪な笑みを浮かべていた。
(アリス、どうする? 釣れちゃったよ、大物が)
(計画通りね、エレン。これを足がかりに、没落貴族の財政を立て直しつつ……私たちの『真の本命』である、ロードバイクの最高級パーツの買い付け資金にするわよ!)
銀髪の美少女双子(中身:三十代の趣味人元教師)による、異世界商業ギルドを震撼させる「スイーツ無双」の幕が、今、お気楽に上がろうとしていた。




