第14話:寺子屋シルバーストーンと、怪火の正体
「いい? エレン。優れた指導者とは、答えを教える者ではないわ。『なぜ?』という種を植える者よ」
「それはいいけどアリス、今うちの庭に集まってる子供たちの目、完全に『魔法のショーが始まるぞ!』っていうワクワクの目だよ? 大丈夫?」
シルバーストーン家の前庭。そこには、近所の農家や領民の子供たち十数名が、目をキラキラさせて集まっていた。
きっかけは、先日公開した「幻灯機アニメーション」だ。
動く光の絵に腰を抜かした子供たちが、「シルバーストーン家の双子様は、すんごい魔法が使えるらしい!」と噂を聞きつけ、毎日のように屋敷に押し寄せるようになってしまったのだ。
「フッ、いいのよ。入り口はエンタメでも、出口はガチの『科学』。元高校教師の教育手腕、見せてあげるわ」
アリスがフハハと不敵に笑う。
「それにね、私たちがこれからもっと高度なDIY……たとえば、真鍮の精密ギヤの量産とか、安定したクオリティのビール醸造とかをするには、手足となる『アシスタント(弟子)』が必要なのよ。ここで未来のエンジニアを青田買いするの!」
「結局、自分が楽をしたいだけじゃない!」
エレンがツッコミを入れるが、二人の意識はすでに「授業モード」へと切り替わっていた。
「さあ、みんな集まって! 今日は『シルバーストーン式・びっくり理科実験教室』の第1回目よ!」
アリスの声に合わせて、エレンが「ウェーイ!」と両手を叩いて盛り上げる。双子による息の合ったコール&レスポンスだ。
「今日みんなに体験してもらうのは、魔法を使わない『怪火(お化けの火)』の召喚よ!」
アリスがそう宣言すると、子供たちから「おおおっ!」と歓声が上がる。
アリス(理論・進行担当)が教壇の代わりに置いた廃材のテーブルの前に立ち、エレン(実験助手・実技担当)がガラクタ置き場から調達した実験器具を素早く並べていく。
『二心同体』のおかげで、アリスが子供たちの表情を見ながら「よし、ちょっと飽き始めてる子が右奥に一人。エレン、あっちに向かって派手なアクションを」と思考を送ると、エレンが瞬時に反応して、大げさな身振りで怪しげな粉末をアピールする。台本なしの完璧な連携だ。
「ここに、魔の森で拾ってきた『緑色の怪しい鉱石(孔雀石の粉末)』があります。これを、お酒(精製エタノール)に混ぜます」
エレンが指先から微量の魔力を出し、すり鉢の中の粉末を均一に、超高速で攪拌していく。アリスの共有視界には、粉末の粒子が完全に液体に分散したことを示す「最適濃度グラフ」が緑色の発光となって投影されていた。
「よし、エレン。そのまま『噴霧器』にセットして」
「了解。これ、チャリの空気入れの構造を応用した特製スプレーね!」
エレンが木製のポンプ式スプレーを構える。
「さあ、エレン、点火した種火に向かって、一気に霧を吹き付けなさい!」
「いっけえええ!」
シュウウウッ! とエレンがレバーを押すと、細かな霧が火床に向かって放たれた。
その瞬間。
――ボウッ!!!
窯の火が、一瞬にして鮮やかな「エメラルドグリーン」へと姿を変え、激しく燃え上がった。
「うわああああっ!?」
「緑の火だ!!」
「やっぱり魔法だ! 双子様、かっこいい!」
子供たちが大騒ぎで飛び跳ねる。
「ふふん、これが『炎色反応』よ」
アリスが胸を張る。
「物質にはね、火に get されたとき(熱励起されたとき)、それぞれ特有の色の光を放つ性質があるの。これは魔法じゃない。この世界の誰もが、同じ条件を揃えれば起こせる『再現性のある法則』……つまり、科学よ!」
子供たちはポカンとしている。
そこでアリスは、すかさず共有思考でエレンに指示を出した。
「エレン、次はナトリウム(塩)とカリウム(灰の水)よ。視覚的に理解させるわ」
「お任せあれ! 次はオレンジと紫のコンボよ!」
エレンが二丁のスプレーを両手に持ち、まるで二丁拳銃を構えるガンマンのように、火床に向かって交互に霧を噴射する。
青い火、オレンジの火、紫の火が、庭先で次々と踊るように燃え盛る。
アリスがその横で、「はい、ここテストに出まーす! 『リアカー(Li:赤)無き(Na:黄)K村(K:紫)……』って、この世界にはリアカーも軽トラックもないわね!」と、一人で前世のゴロ合わせにノリツッコミを入れていた。
「ねえ、アリス様! どうして塩を入れるとオレンジになるの!?」
一人の少年が、興奮で身を乗り出して聞いてきた。
「いい質問ね、ハンスくん! それはね……」
アリスの目が輝く。元教師の本能が、知的好奇心に火をつけられた生徒の姿に大歓喜していた。
アリスは地面に大きく、原子の構造(原子核の周りを電子が回っている図)を小枝で描き始めた。
「ここに、目に見えないほど小さな『粒(電子)』があると思って。これが火の熱でエネルギーをもらうと、上の階の部屋に引っ越しちゃうの(励起状態)。でも、そこは居心地が悪いから、すぐ元の部屋に戻ってくる(基底状態)。その戻るときに、余ったエネルギーを『光』としてポイって捨てるの。その捨てたエネルギーの大きさによって、オレンジに見えたり、緑に見えたりするわけ!」
「ええっと……よく分からないけど、お引っ越しするんだ!」
「そう! お引っ越しよ! 科学っておもしろいでしょ?」
アリスが熱弁を振るう後ろで、エレンは「あーあ、アリスのガチ授業モードが始まっちゃった」と苦笑いしながら、子供たちに「はい、みんなも実際にやってみようねー。火傷に気をつけてねー」と、安全管理に奔走していた。
『二心同体』のおかげで、アリスが授業に集中しすぎて周囲の危険(子供が火に近づきすぎる等)を見落としても、エレンの視界がそれをカバーし、即座に体が動いて子供の襟首を掴んで下がらせることができる。
「アリス、左側の子がスプレーを自分に向けそう!」
「しまっ……エレン、止めて!」
「ホイサッ!」
エレンが超人的な身のこなしでスプレーを取り上げる。一人なのに完璧なチームティーチング。これぞシルバーストーン校の強みだ。
やがて夕方になり、実験教室が終わる頃には、子供たちは「科学」という新しいおもちゃに完全に魅了されていた。
「アリス様、エレン様! 次はいつやるの!?」
「次はね、『水の色が一瞬で変わる魔法のジュース(pH指示薬の実験)』をやるわよ。だからみんな、お家のお手伝いをしっかりやって、また集まりなさい!」
「はーーーい!」
元気よく帰っていく子供たちの背中を見送りながら、双子は庭の椅子にどさりと腰掛けた。
「あー、疲れた! でも、やっぱり授業って楽しいわね」
アリスが満足げに額の汗を拭う。
「そうだね。あのハンスって子、エレンのスプレーの構造をじっと見て『これ、井戸のポンプと同じだ』って気づいてたよ。筋がいいわ」
エレンがニヤリと笑う。
「ふふふ、計画通りね。彼らを立派な『シルバーストーン・エンジニアリング』の金の卵に育て上げて、数年後には、私たちのロードバイクのギアボックスを組んでもらうわよ!」
「結局そこかい!」
夕暮れのシルバーストーン領に、またしても三十代の野望を孕んだ双子の笑い声が響き渡るのだった。




