第132話:高圧の魔術師、全自動「魔導圧力鍋」と至高の豚汁
シルバーストーン特区の夜。今日もコタツBarには、だらだらと過ごす天才である双子――アリスとエレン、そしてすっかりその魅力に魂を売った大人たちが集まっていた。
「ねえエレン、冬(特区内は常春だけど)のコタツに一番足りないものって何だか分かる?」
アリスがコタツの天板に突っ伏したまま、手元の炭酸ジュースをストローで すする。
「なんだいアリス。ゲームの新作? それとも冷たいアイスのストックかい?」
「ノンノン、それは『極上の汁物』よ。それも、根菜の旨味がこれでもかと溶け出し、豚の脂が表面を覆っていつまでもアツアツな、あの和食の至高――『豚汁』よ!」
「豚汁!」と、コタツの対面にいた母親が目を輝かせた。「それは美味しそうだべさ! でも、ごぼうや大根、にんじんを柔らかく煮込むのって、結構時間がかかるべ?」
「ふふん、そこが非科学的なのよ、母さん」アリスが不敵に微笑む。「普通に煮込んだら1時間はかかるわ。でも、大気圧をハックして沸点を 120℃ 以上に引き上げれば、固い根菜の細胞壁なんてわずか『1分』で崩壊・軟化するのよ」
「1分で根菜が!? どんな魔法だべさ……」
エレンが楽しそうに腕をまくった。久し振りのまあるいチタン製の『魔導電気圧力鍋』(第96話仕様)の登場だ。
「おいおい双子たち、こんどは何を作るんだ……」
呆れ顔でやってきたのは、特区の警備を終えたアルドと、イゾルデだった。
二人の鼻が、すでにキッチンから漂う「ごま油」の香ばしい匂いにピクピクと反応している。
「さあ、調理開始よ!」
アリスの指示のもと、エレンが素早い手つきで材料を処理していく。
まず、丸めたアルミホイルでごぼうをシャカシャカと洗い、斜めスライスにして水にさらす。豚バラ肉を食べやすい大きさに切り、蒟蒻は手でちぎって一煮立ち。人参と大根はいちょう切り、長ねぎは斜め切り、油揚げは短冊切りにする。そして、味の決め手となるにんにくと生姜を丁寧にみじん切りにした。
「ここからが、美味しくなる科学的なアプローチよ!」
エレンが圧力鍋の『なべモード(火力5)』を起動し、内なべを十分に熱してごま油を馴染ませる。まずはごぼうを投入。
ジューッ!!!という小気味いい音と共に、ごぼうが黄金色に染まり、香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。
「焼き色がついたら、一旦あげるよ。お次は豚肉だ!」
ガッツリ強火(火力5)のまま、豚バラ肉を投入。表面を香ばしく焼き上げ、肉の旨味が詰まったジューシーな脂をこれでもかと引き出していく。
「今だ、アリス!」
「任せて!」
アリスが、みじん切りにしたにんにくと生姜を、そのアツアツの豚脂の中へ滑り込ませた。――10秒。
シュワシュワと泡立つ脂の中で、にんにくと生姜の香気成分が爆発的にパチパチとはじけ、コタツの周りの大人たちの胃袋を直撃した。
「くっ……! まだ煮込んでもいないのに、この匂いだけで白米が3杯食えそうだ!」アルドがゴクリと喉を鳴らす。イゾルデも無言で何度も頷いている。
エレンは手際よく、取り出しておいたごぼう、大根、にんじん、こんにゃく、油揚げ、長ねぎを内なべに戻し、[A]の調味料(白だし、酒、みりん、顆粒鶏ガラダシ、塩少々)と水400mlを注ぎ込んだ。
「ふたを閉めて、レバーを『密封』にセット!」
カチャリ、とチタンのレバーが完璧な気密性でロックされる。
アリスがタッチパネルを操作する。
「手動メニュー、圧力調理。時間設定は……『0:01(1分)』! 調理スタート!」
ピッ、と電子音が鳴り、魔導圧力鍋が静かに駆動を始めた。内部で魔力が急速に熱へと変換され、気圧が急上昇していく。普通の鍋ならここから何十分もコトコト煮込むところだが、この鍋の中はすでに異次元の高圧均一加熱空間と化していた。
しかし、ここでドタバタが巻き起こる。
「おい、双子! 鍋の上のピンが上がって、中にもの凄いエネルギーが封じ込められているのが魔力感知でわかるぞ! これ、暴発したらこの家ごと特区が吹き飛ぶんじゃ……!?」
イゾルデが、職業病の危機察知能力を働かせてガタガタと震え出した。
「い、イゾルデ殿、落ち着け! 双子たちのDIYだ、危険なはずが……いや、しかしあのチタンの肉厚感は確かに軍事用のバリケード並み……ま、まさかこれは新兵器!?」
アルドまで大誤解……しそうになった瞬間、アリスがコーラをストローで吸いながらピシャリと言った。
「ただのキッチン家電よ。兵器なわけないでしょ。ほら、もう1分経ったわよ」
ピー、ピー、ピー、と気の抜けた電子音が鳴り響く。しばらくして、内部の圧力が自然に抜け、安全ピンがストンと下がった。
「よし、オープン!」
エレンがレバーを解除し、ふたを開けた。
ふわあぁぁぁぁっ!!!
その瞬間、部屋中に広がったのは、およそこの世のものとは思えないほど濃厚で、甘やかで、香ばしい「世界平和の匂い」だった。
大根やにんじんは角がまったく崩れていないのに、中心まで完全にスープが染み込んで半透明に輝いている。
「すごいべさ……本当に1分で火が通ってるべ……」母親が感嘆の声を上げる。
エレンが手早く表面のアクをすくい、味噌を大盛り1杯半、丁寧に溶かし入れた。
「最後の仕上げだよ! 『なべモード・火力5』で、調理スタート!」
再びスイッチを入れると、多層内なべが瞬時に反応し、豚汁が中央から「コトコト、グラグラ」と一気にひと煮立ちした。にんにくと生姜の風味、根菜の甘み、豚の脂、そして味噌の香りが完全に融合した瞬間だ。
「よし、取消ボタン! 出来上がり!」
エレンが大きなお椀にドサドサと具沢山の豚汁を盛り付け、コタツの上に並べていく。
「さあみんな、アツアツのうちに食べて!」
「いただきますべさ!」
全員が一斉にお椀を手に取り、ズズッ……と汁をすすった。「――っ!!!!」言葉を失ったのはアルドだった。
「な、なんだこの深みは……! 大根が、口に入れた瞬間にとろけるように崩れて、中から豚の脂と白だしの旨味がじゅわっと溢れてくる! ごぼうの歯ごたえと香ばしさも完璧だ! にんにくと生姜が効いていて、体の芯から熱くなってくるぞ!」
「美味い……美味すぎる拙者……! こんにゃくにも完全に味が染みている。この油揚げのコクもたまらん……!」
イゾルデは涙目を浮かべながら、ハフハフと具材を口に放り込んでいる。
「これなら、どんだけでも食べられるべさ! お父さん、おかわりあるべ!?」
「おう、内なべにまだまだたっぷりあるべ!」
大人たちは完全に『魔導電気圧力鍋』が生み出した至高の豚汁の虜になり、お互いのお椀をぶつけ合いながら猛烈な勢いで平らげていく。外部の隠密がどうだとか、王都の政争がどうだとか、そんなことはこの極上のコタツ空間の前には一切関係なかった。あるのは、ただ「美味い」という絶対の幸福だけ。
気がつけば、山ほどあった豚汁はすべて大人たちの胃袋に消え去り、全員がパンパンに膨らんだお腹をさすりながら、コタツの中にズブズブと沈み込んでいた。
「ぷはぁ……食った食った。美味すぎて、もう指一本動かしたくないべ……」
「拙者も、このままここで心地よい満腹感と共に永遠の眠りにつきたい……」
イゾルデにいたっては、すでに目が半分閉じかかっており、コタツの敷布団の上でゴロゴロと芋虫のように丸くなっている。アルドも座椅子の背もたれに完全に体重を預け、幸せそうなマヌケ面で天井を見上げていた。
コタツBarは、一瞬にして「満腹のダメ人間製造工場」と化してしまったのだ。
アリスとエレンは、自分たちの分のお椀を綺麗に飲み干すと、満足そうに顔を見合わせた。
「大成功ね、エレン。圧力調理のQOLもこれで完全ハック完了よ」
「うん、アリス。ボタン一つでこんなに美味しい豚汁ができるなら、僕たちはこれからもっと、料理の時間をダラダラする時間に回せるね」
「さあ、お腹もいっぱいになったことだし、私たちもコタツの最深部へ潜行しましょう」
「そうだね、おやすみアリス」
究極の時短インフラで最高の美味をハックし、領地の重要人物たちをまとめてコタツで骨抜きにした双子たちは、今夜もまた、香ばしい余韻に包まれながら、最高にお気楽極楽な夢の中へと落ちていくのだった。




